光を支えてくれませんか
遠くから、雷鳴がひびく。
ヴェムネルとの戦いがはじまったのだと、ネフェリは察した。
ネフェリたちはすでにヴァントールへ着いていた。
王国騎士たちの協力もあり、人々の避難がはじまっている。
しかし当然と言うべきか。避難に応じない人々もいた。
彼らからすれば、朝早くに突然現れ、逃げろと言われたのだ。
いくら王都からの指示とはいえ、簡単に納得できないだろう。
「お願いいたします、どうか皆さんのことを守らせてください」
避難に応じない人々に、ネフェリは頭を下げて回った。
旧王都ヴァントールは、結界だけでなく、城壁も壊れている。
このような場所でヴェムネルの襲撃を受ければ、半日と持たないだろう。
ネフェリは焦りつつも、人々の反発を招かないよう必死に感情を押し殺した。
多大な努力の甲斐あって、ヴァントールの住民全員が街を出ることになった。
避難先はもちろん、王都ケテルゼナンテだ。
「……間に合うでしょうか」
ネフェリは不安の声をこぼす。
傍にいたグランが、微かに目を細めた。
このままヴァントールの人々がケテルゼナンテに殺到すれば、どうなるか。
確実に渋滞が起こり、王都への避難は想定以上に進まなくなるだろう。
「……すべての人を、このまま進ませるのは、危険かと」
「ですわね」
「……考えがあります」
そう答えたグランが、北西を指差した。
そこには、ケテルゼナンテ西部に広がる緩やかな丘がある。
グランの主張は、丘を越えてケテルゼナンテの西門を目指すというものだった。
「……半数、その道を行けば、おそらく」
「ですが、この状況で高地へ向かわせるというのは……」
「……止むを得ません、せめて、足の達者な者だけを、選びます」
とにかく、巨大ヴェムネルの侵攻方向に人々がいてはならない。
ケテルゼナンテの南から西は、迫りくる巨大ヴェムネルとは逆の位置だ。
もし北西を目指す人々の足が遅れたとしても、大きな脅威に晒されることはない。
しかし――
「――西部にヴェムネルがいないとは限りません」
「……おそらく、いるでしょう。北からの禍々しい気に呼応して。……そのためには再び、聖女さまのお言葉が必要です」
「そうですわね……嫌な役回りですが、仕方ありません」
ヴェムネルに襲われる危険を承知のうえで、人々を行かせなければならない。
聖女の言葉で、北西の避難路へ向かう志願者がどれだけ現れるだろうか。
(……不甲斐ない)
聖女なんて持ち上げられていても、結局は大した力もない。
神殿で多くを学んで得た智でさえも、この未曽有の危機の前では無力だ。
ネフェリは思わず俯く。
「……顔をお上げください」
グランの声が、ネフェリの背を叩いた。
顔をあげると、途方に暮れる人々の姿が目に映った。
「……やりきったあと、その結果に俯かれたらよろしい」
「……なかなか厳しいことを仰いますのね」
「……お支えすることが使命でありますゆえ」
「たしかに、その通りでしたわ」
ネフェリは大きく息を吸い込み、両足に力を込める。
そうだ。逡巡する暇などない。
わずかな停滞が、人の命を刈ってしまうのだ。
「――お願いいたします、皆さん。必ずわたくしたちがお守りしますから」
「ですが聖女さま、我らがそこまでしたとして、ヴァントールはどうなってしまうんで?」
「ヴァントールを救う光が、必ず現れます」
「それならここにいれば……」
「わたくしたちがここにいれば、救いの光は私たちをも守るために陰ってしまうことでしょう。……すべてを守るためには、わたくしたちひとりひとりもその身を賭さなければならないのです。その行いが救いの光をさらに強くするでしょう」
「我らが……光のために……?」
「ええ、ひとりでも多く、光を信じてくださいませ。どうかわたくしとともに駆けてくださいませ。その想いを聖女であり聖なる指に仕える神官でもあるわたくしが届けてみせます。必ず」
ネフェリは地に膝を突き、請願した。
その必死さに、ヴァントールの人々が動揺する。
ただ高く、貴く、別世界の存在のようだと思っていた聖女がここまでするのか、と。
思いもしなかった光景に、皆の心が揺り動かされた。
「……やってみせまさあ、聖女さま!」
ひとりが、ネフェリに応じて声をあげる。
その声を皮切りに、続々と声があがりはじめた。
「こんな古い街に好き好んで暮らしてる俺たちの足腰が、どれだけのもんだか! 王都の奴らとは違うってところを見せてやる時が来たってわけでね!」
「さあ、立ってくだせえ! こうなりゃ聖女さまと一緒にトコトンだ!」
「おう!!!!」
ヴァントールの人々の心が、天高く放たれる。
押し寄せてくる禍々しい圧を祓い除けるように。
人々の士気が上がったのを見計らい、王国騎士たちが誘導をはじめた。
目指すは北西の高地。およそ百騎が周囲を警戒し、進んでいく。
「グラン副長、やはりヴェムネルが潜んでいます」
警戒にあたっていた聖護騎士のひとりが、グランに耳打ちした。
傍にいたネフェリにも伝わる。
「……やはり、北の群れに反応したかと」
「そのようですわね。ですがわたくしたちには援軍などありません。この辺りのヴェムネルはわたくしたちだけで対処しなくては」
「……御意」
グランが短く答え、剣を抜く。
ネフェリも拳を握り締め、魔法を放つための魔力を練り上げはじめた。
自ら言った通り、ここには援軍も、他の聖女もいない。
そして、ヴェムネルの息の根を断てるのは、この手だけだ。
「南西より、ヴェムネル! 二体!」
「さらに、西より三体! こちらを狙っています!」
方々からの敵襲の報せに、ヴァントールの人々の悲鳴があがった。
列を乱し、逃げ出そうとする者もあらわれる。
それを素早く察したネフェリは、両手を天へ向けた。
淡い光を宿した水球が生みだされ、人々の視線を集める。
「わたくしがここにいます。最後まで必ず! どうか皆さん、わたくしに力をお貸しください!」
そう言ったネフェリが、水球をぐるりと回転させた。
光を宿した水球が五つに分かれ、ヴェムネルに向かって飛んでいく。
水球の勢いはすさまじく、まるで槍のようになり、迫るヴェムネルの身体を貫いた。
同時に、水がヴェムネルの身体を溶解させ、力を奪う。
「……ネフェリさま、その力は……?」
「新しい魔法です。あらゆるものを溶かす水の力……聖女らしくない魔法なので、あまり見ないでいただきたいですが……」
「……御意。その力は止めに使っていただきます」
グランが剣を構え、馬を走らせた。
三十騎ほどが彼の後を追い、さらに押し寄せてくるヴェムネルを押し留める。
その騎士たちの壁を活用し、ネフェリは人々に魔法の効果が見えないようヴェムネルを仕留めていった。
「……どうやら、エリーさんたちと合流するのは難しいようですわね」
水槍を乱れ撃つ最中も迫る、ヴェムネルの群れ。
北方から押し寄せるヴェムネルよりは少ないだろうが、ここも二十体を超えている。
ハイアランゼでの防衛戦をひとりでやるようなものだ。
だが、しかし――
「聖女さま! すべてを倒さねばならないわけでは、ありません! ヴェムネルを払い除けながら、少しずつでもケテルゼナンテの西門へ参りましょう! 門の近くまで行けば……王都からの救援も期待できます!」
王国騎士の言葉が、ネフェリを励まし、支える。
さらには、巧みな誘導でヴェムネルの群れを分断し、ネフェリの魔法を援護してくれた。
まともにぶつからなければ、なんとか対処できる。そう証すように。
その中で守られているヴァントールの人々も、静かに耐えていた。
騎士たちと聖女を信じて、なるべく寄り添い合い、戦いの邪魔にならないように。
それらの様子を見て、ネフェリが心を熱くさせる。
ひとりで戦っているわけではない。
皆が心をひとつにして戦っているのだと。
「……グランさん!」
「……はっ」
「必ず、誰ひとりとして命を落とさないように! 皆で生きて帰るのです!」
「……御意!」
ネフェリの意思に応え、グランの剛剣がヴェムネルを打つ。
よろめくヴェムネルの頭部を、ネフェリの水槍が貫いた。
泡立ちながら溶解するヴェムネルが、徐々に霧散していく。
そうしている最中も、北方から雷鳴がとどろいていた。
(……ユーリさま、どうか……!)
ネフェリは、ケテルゼナンテの王宮を横目に戦い、心の内で祈った。




