長城
「……ど、どうやって、防ぐの、ですか」
城壁を降りてすぐ、ジーンがエリーに尋ねた。
相手をするのは、ヴェムネルの群れだけではない。
山のような大きさのヴェムネルも足止めしなくてはならないのだ。
しかもまだ、群れがヴァントールへ向かっていると決まったわけではない。
王都ケテルゼナンテを攻撃し、結界の破壊を試みてくる可能性も十分に残っている。
群れから王都ケテルゼナンテまでの距離は、もうあまりない。
ユーリが言っていた通り、陽が高くなる前には到達するだろう。
闇雲な進行の妨害では、無意味だ。
確実で、強力な妨害をしなければ。
「考えていたことがあるの。それを試してみるわ」
エリーは口元に手を当てながら言った。
脳裏に、これまでの失敗と反省が瞬くように閃く。
その中に、ハイアランゼの光景もあった。
もう二度とあのようなことが起こってはならないと、エリーは唇を強く結ぶ。
「……考えて、いたこと、ですか?」
「あ、ううん、いつか、こんな戦いもあるかなって、予想していたというか……」
「……す、すごい、です」
ジーンが驚き、目を輝かせる。
その視線を受け、エリーは戸惑った。
余計なことを言ったかもしれないと。
「エリーさま、ジーンさま、馬の準備が整いました。お乗りください」
エリーとジーンのために残ってくれた聖護騎士たちが、ふたりの傍へ駆け寄った。
エリーは頷き、騎士の手を借りて馬に跨る。
もちろん、ふたりは馬に乗ったことがない。
騎士が同乗し、馬を駆ってくれた。
エリーたちが目指す先は、ケテルゼナンテの北東。
ヴェムネルの群れが進む先だった。
そこは森林の只中で、樹木だけでなく、いくつもの小さな沼がある。
騎馬で素早く駆け抜けていくのは至難な場所だ。
「ここに壁を作って、穴も掘ろうかなって思うんだけど」
「い、今からですか?」
騎士たちが驚きの声をあげる。
とてもではないが、そんな時間と工員はない。
しかしエリーが首を横に振る。
「大丈夫! 私の聖女の秘術で作るんです」
「土の力で……そんなことが……!?」
「やったことないけどね。でも、できると思う。でもそのためには、ジーンと皆さんの協力が必要で」
「なんでもお申し付けください」
「……が、がんばる」
騎士たちとジーンが力強く頷く。
エリーは皆の期待の目を受け、唾を飲み込んだ。
作り上げようとする壁と穴は、大規模なものになった。
広範囲でヴェムネルの進撃を妨害するには、東西に長く、高い壁にする必要があるからだ。
壁を作るための多量の土砂は、壁の北側から掘り上げることにした。
そうすることで、壁の前には深い溝ができる。
北から迫るヴェムネルから見れば、土壁が高くそびえているように映るだろう。
壁をどれだけ長く東西へ伸ばすべきか。
有効な壁の形はどのようなものか。
戦いについて無学なエリーのために、騎士たちが助言をしてくれた。
その甲斐あって、森の中にできあがった土壁は本格的なものとなった。
「……ありがとう、ジーン」
早々にできあがった壁の上で、エリーは疲労困憊の声をこぼした。
ジーンが申し訳なさそうにして首を横に振る。
「……せ、聖女の力を分けることなんて、ど、どこで知ったのですか?」
「え……、あ、うーん、なんとなく、できるかもって」
エリーは苦笑いして答えた。
そうして、完成した壁を眺める。
これほどの壁を築くための魔力は、ほとんどをジーンから補った。
人並外れた魔力量を持つジーンの力を借りれば、大規模な壁が作れると考えたからだ。
「とりあえずこれで、あのヴェムネルの群れを足止めできるわ。できあがった溝に、沼の水も流れこんできてくれたしね」
「……で、でも、水の量は少ないです」
「十分よ」
エリーは確信を込め、片眉を上げる。
しかし足止めできるのは、普通の大きさのヴェムネルのみ。
あの山のようなヴェムネルは、この壁をいとも容易く踏み砕くだろう。
その不安を払い除けつつ、エリーとジーンはしばらく休んだ。
もうじき、ヴェムネルがこの壁へ迫る。
戦いは長くつづくだろう。
途中で力尽きることなど、許されない――
「――エリーさま! 来ました!」
聖護騎士の声が、エリーの耳を打った。
その声で、エリーはいつの間にか眠っていたことに気付いた。
目を開けると、すでに立ち上がって杖を構えているジーンの姿が映る。
エリーも慌てて立ち上がり、北方を見据えた。
「……ねえ? ……三十体って、誰か言ってなかった?」
「……そ、そのはず、でした」
「百以上はいると思うんだけど……」
築き上げた壁の北方。
森の木々をなぎ倒しつつ迫る、ヴェムネルの群れがはっきりと見えた。
最前列に見えたヴェムネルだけでも、二十は超えている。
その後ろで揺れる木々の範囲を見れば、少なく見積もっても百から二百のヴェムネルがいるだろう。
「しかも、アレ……おっきいねえ……」
じわじわと迫ってくる巨大ヴェムネルに、エリーは思わず苦笑いした。
ハイアランゼを襲った魔女に匹敵するほどの禍々しい圧。
左右にある十の足が、大地を踏みつぶし、天を震わせていた。
山のような背には、ヴェムネル特有の無数の角が生えていて、それが遠目には黒い森のように見える。
頭部は三つもあった。
それぞれの大きな口から吐きだされる赤い息が、広大な森を地獄のような光景に作り変えている。
もはや恐れを通り越し、笑う他ない。
ずっと震えていたジーンも、一周まわって落ち着いたようだった。
ズズン、と。
大地が揺れ動く。
土壁へと殺到するヴェムネルの最前列。
禍々しい圧とともに、狂気を孕んだ咆哮を一斉に放った。
「グガガガガガガアアアアア!!!!」
天地を震わす咆哮が、ふたりと、聖護騎士たちの全身を撃つ。
あまりの圧に、全員の表情が歪んだ。
それを振り払うように、エリーは一歩進み出る。
手を高く上げ、全身に喝を入れた。
「ジーン、やろう!」
「……は、はい!」
エリーの声に意を決し、ジーンが杖を掲げた。
青紫色の光が膨れあがり、雷の矢が放たれる。
その威力は、ハイアランゼの時とは比べ物にならなかった。
土壁へと殺到するヴェムネルの最前列が、次々に雷に撃たれていく。
「グギャガガガガ、ガガ……ガ……!!」
雷の矢が、ヴェムネルの放つ咆哮を押し潰した。
それだけではない。
壁下の溝に流れこんできた水が、見事にヴェムネルの足を捕らえ、広範囲に電撃を伝播させた。
「……す、すごい、エリーさん! すごいです!」
「次は私の番だね!」
動けなくなったヴェムネルの群れ目掛け、エリーが生みだす岩塊の雨が飛ぶ。
避ける力を残していないヴェムネルが、岩塊に押しつぶされ、霧散した。
しかし、その数は十にも満たない。
後続のヴェムネルの群れの動きをわずかに遅くしただけの、焼け石に水だった。
「まだまだ……!」
気が塞がないよう、エリーはこぶしを突き上げる。
その意思に突き動かされ、ジーンが再び杖を掲げた。
それでも、かすかな光明も見えない、絶望。
この抵抗と、にわか作りの壁で、いったいいつまで、どこまで耐えられるだろう。
無数の岩塊と雷撃にひるまず押し寄せる、暗黒の波。
その後ろには、巨大な大津波が控えている。
(……でも、やるしかない!)
脳裏に瞬く地獄のような光景を振り払おうと、エリーは拳を握りしめた。
瞳の中に、消すことのできない光。
漆黒の只中で、片腕を落として剣を振るうあの姿。
「……今度こそ、絶対……絶対に守るんだから」
震える声にも魔力を込め、エリーはもう一度奮い立つのだった。




