真贋の聖女たち
ロクナンド神殿への入殿を諦めたアリアは、ハザトロト神殿へ向かった。
ハザトロト神殿は、ロクナンド神殿と対になるラデルナル聖教の貴き社だった。
そこには、すでに目覚めているであろう魔法人形がいるという。
「魔法人形さまに、私たちのことを見極めてもらえばいいってこと」
エリーが名案とばかりに笑顔を見せた。
それが名案なのかどうか、帝都の事情を知らないアリアには分からなかった。
しかし今は、エリーに頼るほかない。
聞けば、エリーは伯爵家の令嬢であるらしかった。
そのおかげか、ハザトロト神殿に辿り着くまで、アリアは迫害を受けずに済んだ。
「花の痣を見せていただけますか」
ハザトロト神殿の神官が、険しい表情でアリアとエリーに手を差しだした。
多数の自称聖女たちが来訪していることで、疲弊しきっているようだった。
アリアとエリーが花の痣を見せると、神官は特に疑うことなく、入殿許可証となる木札を二枚手渡してくれた。
「……え、え、良いのですか」
「明らかな偽証でない限り、私には痣の判別ができません。どうぞお進みください」
神官は険しい表情のまま頷く。
アリアとエリーは彼に深く頭を下げ、入殿した。そして、神官は次に来た聖女候補の対応をはじめた。
神殿の外と同様、内にも、多くの女性で溢れかえっていた。
目に映るだけで、自称聖女の女性たちは数百人いる。
これほど多くの聖女候補をひとりひとり確かめるのかと、まだ見ぬ魔法人形の苦労を想像して、アリアは肩をすくめた。
しばらくして、神殿の奥にあるらしい大広間から悲鳴がひびいた。
悲鳴は時とともに大きくなり、神殿全体を包み込むほどになった。
間を置いて、怒号のような声と、扉を開く音が聞こえる。
やがて音が鳴ったほうから、百を超える女性たちが騎士に連れられ歩いてきた。
彼女たちは、なんらかの方法で聖女の真偽を確かめられたようだった。
誰も彼も、顔面蒼白で、顔を歪め、涙を流している。
その中に、見知った顔があった。
ロクナンド神殿で、アリアを引っ叩いた甲高い声の女性だった。
彼女はアリアの姿を見るや、言葉にならない叫び声をあげた。
しかし騎士たちが彼女をすぐさま取り押さえ、神殿から追い出した。
「……アリア、大丈夫?」
「……うん」
「ざまあみろ」などと、口汚く罵ってやりたい衝動は、たしかにあった。
あれほどの屈辱、これまで受けたことがなかったのだ。
けれど、それと同じくらい虚しさや哀しさのような想いも胸に広がる。
それらの想いが複雑に絡み合い、アリアはただ、俯くことしかできなかった。
それから、数度。
大広間から悲鳴が聞こえた。
そのたびに、顔面蒼白の女性たちが神殿から追い出された。
彼女たちの姿を見るたび、エリーは自信を失っていったようだった。
ふたりの手にある痣と酷似した花の痣を持つ娘もいたからだ。
もしかすると偶然が重なって出来た、まったく関係のない痣なのかもしれない。
そう思わずにはいられなかったのだろう。
痣の真偽などどちらでも構わないと思っていたアリアも、ここまで来ると、本物であってほしいような思いに駆られた。
「君たちで最後だ。さあ、入りなさい」
重厚な大扉の前にいた神官が、意気消沈するアリアとエリーたちをよそに、異様な自信に満ちた女性たちを手招いた。
彼女たちが、大扉をくぐりぬけていく。
アリアたちは気後れし、最後に大扉をくぐった。
直後、扉の外にいた神官が重々しい大扉を閉じた。
「……荘厳な広間ですね」
扉の先に広がっていた、厳かな大広間の只中。
アリアは圧倒され、深いため息を吐いた。
「……だねぇ。私も入ったのは初めて」
エリーが同意して頷く。
すると、その会話を聞いていた自称聖女たちが、アリアの姿を見た。
彼女たちは一斉に、「みすぼらしい娘が紛れ込んでいるわ」と、口汚く罵りはじめる。
その罵声に、アリアは顔を歪めて耐えた。
「……大丈夫よ、アリア」
俯くアリアに、エリーの優しい声が触れた。
アリアは顔を上げる。
エリーも不安な表情のままだったが、アリアの手を握り、寄り添おうとしてくれた。
直後。
大広間の灯りが、突如として消えた。
大広間にいた自称聖女たちが一斉に騒ぎだす。
身分の高そうな女性でさえ、周囲につられて大声をあげた。
エリーとアリアは、驚きのあまり身を縮ませた。
暗闇と共に流れこんできた冷気もあって、全身が震える。
その中で、エリーの手が、アリアに向かって伸びた。
「……ア、アリア、離れないでね」
「え、ええ」
震えるエリーの右手。
アリアは頷き、右手で掴む。
すると、ふたりの右手に、微かな温もりが宿った。
同時に、大広間の天井から透き通るような声が下りてくる。
その声は、その場にいた全員の身体を透過し、細かく震えながら広間全体を駆け巡った。
間を置いて。
大広間に流れ込んできていた冷気が、ふわりと消えた。
その冷気を打ち消したのは、大広間の中心に宿った、淡い光と温もりだった。
「……エリー、これって」
「……私と、アリアの花の痣が、光ってる……?」
アリアとエリーの視線が、ふたりの右手に落ちた。
アリアの右手の甲にある花の痣からは、淡く白い光が溢れている。
エリーの手のひらの花の痣は、淡い桃色の光が溢れていた。
どちらの光にも微かな温もりが宿っていて、周囲にゆっくりと広がり、広間を柔らかな光で満たした。
誰が説明せずとも、その光と、光を持つふたりが何者か、皆が理解した。
「まさか! ありえないわ!」
大広間に、百を超える自称聖女たちの悲鳴がひびきわたった。
その声は、瞬く間に怒号の嵐へと変わる。
「ありえない! あんな娘たちが、選ばれるなんて!」
己こそが本物の聖女だと信じて疑わなかった女性たち。
アリアだけでなく、貴族のエリーにまで罵詈雑言を放ちはじめた。
しかしここへ来ての罵声は、かえってアリアとエリーの心を落ち着かせた。
まるで自分たちの周りに見えない壁ができたようで、静けさがふたりを包む。
しばらくして、大広間の大扉が開かれた。
大扉の外から、数十の騎士たちが雪崩れ込んできた。
騎士たちは叫び騒ぐ自称聖女たちを取り囲み、暴れる女性がいれば力強く取り押さえていった。
「選ばれた聖女さま以外は、広間から出て行くように!」
神官の声がひびく。
偽りの聖女たちは、怒りと絶望に顔を歪ませながら、騎士たちに広間から追い立てられていく。
「追い出すべきは、あの娘たちよ!」
逆上したひとりが、アリアたちに向かって手を振り上げた。
彼女は、大広間にいた女性たちの中でもっとも身分の高そうな令嬢だった。
淑女とは思えない悪魔のような形相で怒り狂っている。
しかし、騎士たちの迅速な行動が、その冒涜を許さなかった。
騎士のひとりがアリアの前に立ち、身分の高そうな令嬢の手を掴んだ。
そうしてすぐさま、彼女を拘束した。
驚き固まるアリアに、騎士が振り返った。
「お怪我はありませんか?」
アリアははっとして、顔を上げた。
銀髪の騎士が、心配そうにアリアの顔を覗いていた。
「……だ、大丈夫、です」
「良かった」
銀髪の騎士がにこりと微笑んだ。
その笑顔に、アリアの緊張はかすかに解けた。
わずかの間を置いて、銀髪の騎士が周囲の騎士たちに指示を出した。
騎士たちが、さらに自称聖女たちへ詰め寄る。
諦めきれずに抗い暴れていた自称聖女たちは、ついに顔面蒼白となって、叫ぶのを止めた。
そうして、騎士たちに促され、すごすごと広間から出て行った。
やがて大広間に、確かな静寂が訪れた。
残されたのは、ふたりの聖女だけ。
「さあこちらへ。聖女さま」
恭しく頭を下げる神官たちに、アリアとエリーは我に返った。
エリーが、アリアの手をそっと握る。
「アリア、行こ?」
小さく頷くアリア。
ふたりは神官に促されるまま、大広間の奥へと足を踏み出した。




