挽回の道
「そうではありませんわ」
ネフェリの鋭い声が馬車の傍でひびいた。
彼女の前で唸り声をあげるエリーが、眉根を寄せる。
ふたりは、魔法の訓練をしていた。
道中の集落、そこの綻びた結界を更新している最中の、空いた時間を利用してのことだ。
ネフェリとエリーの魔法には、未だヴェムネルを退けるほどの力がない。
戦い方そのものが違うアリアと比べることではないのだが、戦力不足は否めない。
とはいえ、ネフェリには高い魔法技術力がある。
彼女の主導による訓練は、ふたりの力を見違えるほどに高めていた。
現状高い戦力にあるジーンも、ネフェリたちの訓練に参加した。
ジーンは魔力量こそ高いが、技術的には素人同然で、時折魔法を暴発させることもある。
アリアの負担をわずかでも減らそうとしてはじまったこの訓練は、ジーンにとってもなくてはならないものになった。
「余所見をしている暇はありませんよ」
フィナスの声が、剣撃とともにアリアへ迫った。
アリアは慌ててフィナスの剣を受け止め、後方へ跳ね飛ぶ。
「アリアさま、今のその気の散りようが命取りとなります」
「……すみません!」
「気にかかることも多いでしょうが、集中を切らしてはなりません」
フィナスが厳しく告げる。
アリアは本来、高い集中力を持つ剣士だ。
しかしまだ雑念が多いと、フィナスとグランに指摘された。
雑念のもとは言わずもがな。
「アリアさま。短期集中して動き、意図したとおりの効果を上げることができれば、直前の失敗を挽回し、その後の流れを制することもできます」
「挽回して……流れを制する……」
「そうです。それがすべてとは言いませんが。しかしそれができてこそ、先の道でさらなる力を操ることもできるでしょう」
「……はい!」
大きく頷き、アリアは剣を構え直す。
それに応えるようにして、フィナスも剣を構えた。
未だ、サンクトロ王都までの道中。
ユーリとの言い争いがあってからも、結界の綻びがある集落には立ち寄っている。
先を急ぐべきという思いが薄れたわけではない。
しかし結局のところ、誰も、助けを求める声を見捨てることができないのだ。
焦燥感を拭うため、アリアも剣の訓練をするようになった。
現役の騎士であるフィナスとグランのおかげで、剣筋に鋭さが増した気がしないでもない。
得意気になると必要以上におだてられるので、微塵も態度には見せないが。
「アリアさま、ユーリさまとはお話しをしていらっしゃいますか」
陽が傾き、ユーリの姿が遠目に見えたとき、フィナスが言った。
アリアは顔をしかめ、首を横に振る。
あの日から、ユーリとの間には明らかな溝が生まれていた。
互いの想いを尊重しようと納得し合ったものの、必要最低限にしか話せないでいる。
このままではないけないと、頭ではわかっていた。
それでも、ユーリを前にすると苛立ちが勝る。
「……どうすればいいのか、わからなくて」
アリアは俯いて、視界からユーリの姿を外した。
察したフィナスが困り顔で頷く。
「きっと、正解などありません。ですから、考えすぎず、眼前の道をよく見るだけのほうがいいこともあります」
「目の前を……」
「ええ、少し顔を上げてみてください」
フィナスの声に、アリアはつい顔をあげる。
先ほどより近くまで来ていたユーリと、目が合った。
少し驚いた顔をしたユーリが、間を置いて目を細め、困り顔をする。
「ほら。アリアさまと同じようなお顔をなさっています」
「……そうでしょうか」
「そうですとも」
フィナスが微笑んで頷いた。
(ユーリも、私と同じように……?)
困り顔のユーリに滲む、疲れの色。
魔法人形という神にも近い存在の彼でも、悩み、悔い、模索するのだろうか。
まるで人間のような苦悩の表情に、アリアは唇を結ぶ。
「……後で少し、話してみます」
アリアが小さくこぼすと、フィナスがにこりとして頷いた。
未来への不安は、まだ多くある。
画期的な解決策などなく、ただ泥臭く、皆で藻掻いている。
でも、そうすることがもっとも大事なことなのではないか。
アリアはぐるりと、皆の顔を見回す。
笑顔を返してくれたエリーたちに、夕陽の赤が優しく揺れた。




