分け合っていきたい
どうすればいいのか。
これまでも。これからも。
多くの人を助けるために、どうすれば。
自分が強く、迷わず行動できていれば、あの馬車の中にいた人は死なずに済んだ。
もっと強ければ、魔女の刃を阻止し、ハイアランゼの衛兵たちは死なずに済んだ。
しかしそれは、浅はかな理想論だ。
本当は、ユーリの言葉も、エリーの言葉も、間違いではないとわかっている。
(だけど……)
泣き腫らした顔で、夜空を見上げる。
震えるほど眩しく輝く月が、夜を照らしていた。
「アリア!」
不意に、エリーの声がアリアの背に届いた。
驚いて、振り返る。
月明かりに照らされ、神々しく映えるエリーの姿が、そこにあった。
やはり聖女というのはこういう人なのだろうと、アリアは息を呑む。
「……エリー、どうして」
「ふふ、私が難しいこと考えて追いかけてくると思う?」
「そんなこと……」
「ちょっとは思ってる?」
「…………ちょっと、は」
アリアはつい、小さく頷く。
それを見たエリーがにかりと笑い、アリアの手を掴んだ。
逃がさないと言わんばかり。
なぜか、振り払う気が起きず、アリアは俯く。
「アリア、ごめんね」
アリアの両手を握り締め、エリーが頭を下げた。
唐突の謝罪に、アリアは困惑する。
どうしてエリーが謝るのか。
エリーはきっと、アリアとユーリの間に立ってくれただけだ。
アリアだけでなく、みんなのことを心配して、考えて言っていた。
そうと知っていたのに苛立ってしまったことを、アリアは深く反省した。
「そ、そんなことないです。エリーはなにも悪くない」
「ううん、アリアをひとりにさせてしまったもの」
「別に、そんなこと気にしません……」
「私は気にするの!」
アリアの手を握る、エリーの手の力が強くなる。
ほんの少し痛い。
しかしその痛みが、温かく感じた。
なんだか、母親の傍にいるような気分になる。
いつの間にか、心の内に広がっていた暗い靄が消えていた。
代わりに、月明かりが心に光を移している。
「……エリーが羨ましいです」
ぽつりと声をこぼした。
エリーが目を丸くさせる。
「どうして?」
「本物の聖女さまは、エリーみたいな人だって……ずっと思ってました」
「私が? まさか……!」
「本当です。綺麗で、家柄が良くて。でも誰に対しても分け隔てなく優しくて。明るくて、純粋で――」
エリーの良いところを挙げていけば、きりがない。
一晩中語れるほどに、エリーは聖女の中の聖女だ。
そう思うほど、アリアは自分を卑しく思う。
粗野で、貧しくて、貴族やお金持ちを見れば壁を感じ、考えが暗く、そしてよこしまだ。
もっとも聖女に相応しくない。
仲間と喧嘩別れしたのが、その証だ。
「ダメよ、アリア」
塞ぎこむアリアの両頬を、エリーの手が掴んだ。
なにを考えているのかお見通しとばかりに、アリアの頬を抓る。
「アリアの前髪係として言っておくけどね」
わずかに乱れたアリアの前髪に、エリーの手が乗った。
そうして、エリーの口から堰を切ったようにアリアへの賛辞が並びたてられていく。
曰く、アリアは清く、美しく、謙虚で、正しく真っすぐ生きていて、相手がどのような立場の者でも熟考し、辛抱強く、思いやりがあり、過去から未来まで愛し、泣いている者の傍で涙を流し、笑っている者の傍で笑顔を添え、怒る者のために立ち上がり、すべての人の平和と幸せを祈り、自己犠牲を惜しまない。
止まらない賛辞に、アリアは戸惑い、身じろいだ。
しかしエリーの手がアリアを逃さない。
「そんなアリアだから、ここにいるのよ?」
エリーが、アリアの前髪をそっと撫でる。
その手の動きに、アリアは目を送った。
やがてエリーと目が合う。
「アリアは優しすぎるんだから。ちょっと自覚したほうがいいと思うわ」
「優しいのは、エリーですよ」
「そういうところもだよ」
エリーの目が、アリアへ寄った。
額が触れ、ふたりの吐息が混ざる。
「ねえ、アリア」
頬を紅潮させ、かすかに涙を浮かべるアリアに、エリーが囁く。
「アリアが抱えているもの、私にも少し持たせてほしいの」
「……え」
「良いことも悪いことも、ひとりで抱え込まないで。どんなことも、私と分け合ってほしいの」
「分け合う……」
アリアの心に、温かい光が満ちていくのを感じた。
それは、加護の力ではなく、たしかな人の温もりだ。
「そうよ。だって、仲間だもの」
そう言ったエリーが、後ろを向いた。
暗闇の向こうに、小さくも暖かな色の灯りが揺れている。
ユーリたちも、アリアを捜しにきたらしい。
アリアは途端に気恥ずかしくなり、エリーから半歩身を引いた。
「わ、私、皆に良くない態度を取ってしまって……今更、顔を合わせられません……」
「アリアが気に病むことなんてなにもないのに。ユーリなんてきっと、地面に頭を擦りつけて謝ると思うわ」
「そんなこと……」
「絶対しなさそうだけど、でも、見てみたいでしょ?」
エリーがいたずらな顔を見せる。
アリアは苦笑いし、小さく頷くのだった。




