無力
咽かえるような血の匂い。
真っ赤に染まった大地。
アルアランの大樹を焼き尽くす炎が、空さえも赤く爛れさせる。
踏み出した足元に、ぐにゃりとした感触。
視線を落とすと、それは血の海に沈む、共に戦ってくれた衛兵たちの亡骸だった。
「あ、ああ……」
苦しみに顔を歪め、こちらを見つめる無数の目がアリアを責める。
――どうして、守ってくれなかったのか――
――どうして、なぜ――
彼らの声なき声に耳を塞ぎ、目を逸らす。
その視線の先に、一台の馬車が駆け抜けていった。
「や、やめて!!」
アリアは叫び、手を伸ばす。
馬車が、ヴェムネルの爪に砕かれ、車内にいた人々を引き裂いた。
「あ、ああ……! う、あああ……!!」
――どうして。
どうして、私は、こんなにも無力なの――
泣き叫びながら、目が覚めた。
滝のような汗が、全身を濡らしている。
起きあがろうとすると、手を誰かに引っ張られた。
「ア、アリア! 良かった、目が覚めて……!」
エリーだった。
夢にうなされていたアリアの手を握ってくれていたのだ。
彼女は、一晩中うなされているアリアを起こそうと、何度も試みたという。
しかし目を覚ますことを拒絶するように、アリアはエリーの手を振り払ったらしい。
「……ごめんなさい、困らせてしまって」
「そんなこと、全然ない」
エリーが首を横に振る。
窓から射しこむ朝の光が、目元を赤く腫らす彼女を照らした。
「ユーリがね、三日ほどここで休もうって」
「三日も……?」
「フィナスさんとグランさんも大きな怪我をしたでしょ? ジーンが治してくれたけど、体力や気力が回復するのはそう簡単なことじゃないから」
「で、でも」
休んでいる場合じゃない。
一刻も早く、サンクトロの王都へ向かうべきではないか。
そう言おうとしたが、エリーが怒るような目でアリアを見据えた。
「アリア、今だけは、言うことを聞かないとダメなんだからね」
「は、はい……」
「よろしい!」
エリーが満足げに頷く。
アリアは困り顔を見せつつも、エリーの言いつけ通りに大人しくすることにした。
しばらくして、アリアが目を覚ましたことを知ったユーリたちが、アリアの部屋へ訪ねてきた。
アリア同様に満身創痍だったフィナスとグランも一緒だ。
聞いていた通り、ふたりの傷はすっかり良くなっているようで、アリアは胸を撫でおろす。
「気晴らしに散歩でも行ってくるといい」
ユーリがエリーを指差して言った。
少し歩き回ったほうが、身も心も本調子になりやすいだろうと。
たしかにそうかもと、アリアはエリーに向く。
アリアを治癒したジーンも、そのほうがいいと勧めてくれた。
エリーは心配そうな表情を崩さなかったが、仕方なしと頷いてくれた。
領主の大館を出ると、否応なく街の様子が目に映った。
しかし、夢で見たような地獄絵図ではない。
街を包むアルアランの大樹の城壁が崩れているのは一部だけで、そこ以外は綺麗に残っていた。
街の様子も、混乱しているようではない。
「……エリー、城壁のほうまで行ってもいい?」
「今日はダメよ。明日になったら考えてあげる」
「……うん」
アリアは素直に頷いた。
理由を言葉にしてもらわなくても、わかる。
今あそこへ行けば、きっと冷静ではいられないだろう。
この三日で、前を向くことができるのだろうか。
色を失った想いの中で、アリアは俯くのだった。




