表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
21/41

真紅


「ジーン、疲れているところ悪いのですが、フィナスさんとグランさんの傷を治してくれますか」


「……は、はい!」



アリアに請われ、ジーンが駆けてくる。

フィナスとグランが、アリアを先に治療するよう求めたが、アリアは固辞した。

見た目はボロボロだが、さほど辛くはない。

ユーリが結界を更新してから、身も心も妙に軽い気がするのだ。



「……なんとか、なりましたね」



誰に言うでもなく、アリアは空を見上げて声をこぼす。

剣を鞘に納めると、気が抜けたのか、膝がガクリと折れた。

身体が、斜め後ろへ揺らぐ。

倒れるかと思った瞬間、いつの間にか駆けてきていたエリーが、アリアの身体を支えた。



「誰かさんの無茶のおかげでね」



エリーがアリアを抱きとめながら、かすかに声を震わせる。



「無茶はしていません」


「んー? 噓つきさんのこの腕の、この赤いのはなーにかな?」



エリーはアリアの腕の酷い傷に、撫でるような仕草をする。

アリアはびくりと身体を跳ねさせ、目を瞑った。



「や、辞めてください。ごめんなさい、ごめんなさいって」


「わかればよろしい」



エリーがにかりと笑う。

しかし彼女の目は、涙を湛えていた。

本当はきっと、怒りたいのだろう。

怒りを抑えるエリーに、アリアは深く謝罪した。



「……アリア、さん……治療、してもいい、ですか」



フィナスとグランの治療を終えたジーンが、アリアのもとへ来た。

アリアは頷き、ジーンに腕を差し出す。

その腕は、本当にひどい怪我を負っていた。

改めて見ると、どうやって剣を握れていたのか不思議に思える。



「……じゃ、じゃあ、楽にして、ください、ね」


「ええ、お願いしま――」



ジーンに答える最中。

強烈な禍々しい気配が、アリアたちを襲った。

驚いたエリーが、アリアを護るようにして周囲を窺う。

ジーンもアリアの腕を握りながら、禍々しい気配の出どころを探った。



「い、いったい、何ごとです??」



駆けつけてきたネフェリが声を震わせる。

少し離れたところで、フィナスとグラン、そしてユーリも周囲を警戒しはじめた。


直後。

地の果てから伸びてきたような真紅の翼が、天を衝いた。

その真紅の翼はアリアたちの頭上を通りすぎ、ハイアランゼの城壁に達する。

アリアは、ぞくりと全身を硬直させた。


赤よりも赤い、アレは、ダメだ。

絶対に――



「や、やめ! に、逃げてええ!!」



真紅の翼が迫った城壁に向け、アリアは力のかぎり叫んだ。

だが、その声も虚しく、真紅の翼は鋭利な刃へと変じ、一閃する。

結界の光が、大きく波立って、歪んだ。

次の瞬間。甲高い音がひびきわたり、結界の膜はひび割れて粉々に砕け散った。


城壁の上の、衛兵たち。

なにが起こったのか理解する間もなく、真紅の刃に斬り伏せられた。

いかなる刃も通さないはずのアルアランの大樹の城壁も、たやすく引き裂かれ、吹き飛んでいく。



「え、え……そ、そんな……」



数瞬前まで勝利に沸いていた光景が、地獄絵図に戻っていく。

いや、ヴェムネルの群れに襲撃されていたときよりも酷い。

轟音とともに降り注いでる樹の破片。紅く染まっている。

燃えるはずのないアルアランの大樹の城壁が、この世の光景とは思えないほど、燃え盛っていた。


絶望に伏すアリアたちの頭上で、再び真紅の翼が開かれていく。

それにいち早く反応したのは、ジーンだった。

魔力を込めた杖を振りかざし、雷の矢を上空へ放つ。

すると開きつつあった真紅の翼が閉じ、翻ってから地上へ降り立った。



「ネ、ネフェリ、あ、あれは……なんですか……?」



聖教の教えに精通するネフェリに、アリアは尋ねる。

しかしネフェリは首を横に振った。



「わ、わかりません。この気配は、ヴェムネル……ですが、あれは……そんなはずは……」


「ヴ、ヴェムネル……なんですか?? 」


「わかりませんわ! 人の形をしたヴェムネルなんて、聞いたことがありませんもの!」



そう叫ぶネフェリの視線の先。

人の姿をした何かが、アリアたちに向かって歩いてきていた。

ヴェムネルとは比較にならないほど、禍々しい邪悪の圧。

抗う気すら起こさせないそれが、冷徹な笑い声をこぼす。



「……お、女の!? 女の人の声だわ!!」



エリーが半歩後ずさりながら、驚きの声をあげた。

アリアも、たしかに聞いた。

女のような笑い声をこぼすそれは、豪華絢爛な赤いドレスに身を包み、まるで炎を纏っているかのよう。

肌は陶磁器のように白く、一切の血色がない。

表情を浮かべているにもかかわらず、その感情は凍てついているようで、冷酷な光が瞳の奥に宿っていた。



「ど、どちらにしても、敵です!」



アリアは傷付いたままの身体を叱咤し、立ち上がる。

全身に力を込め、剣を抜き放った。

それを見ても、歩み寄ってくる邪悪な女はかすかにも動じない。

歯噛みしたアリアは、剣を構えて駆けだした。



「あ、あの! イノシシ……アリア!」



ユーリが叫び、アリアを止めようとする。

しかし、アリアはユーリの制止を振り切った。

城壁の上で散っていった衛兵たちの姿が、脳裏に焼き付いている。

ほんの少し前まで、喜びに満ちていたのに。



「――どうして!!?」



アリアは剣から光を迸らせた。

巨躯のヴェムネルを撃ったときと同様に、剣から噴き出す光の帯がアリアの背へと流れていく。

今、アリアが放てる最大の力。

全身の血肉からすべての力を捻りだし、邪悪な女へ迫る。



「はああああ!!!!」



咆哮とともに、光を帯びた剣を振り下ろした。

狙うは、女の左肩。

人間の女ような姿をしているが、知ったことではない。

この女は、悪魔。いや、魔女だ。



「ふふ」



アリアの剣を前にして、邪悪な魔女が凍てつく笑みをこぼした。

次いで、左手を掲げてアリアの光の剣を迎え撃つ。

数度、空気が破裂するような音が鳴りひびいた。

剣の衝撃が、周囲へ広がる。



「そ、そんな……」



アリアの渾身の一撃が、魔女の左手をかすかも傷つけることなく、止まった。

剣の光こそ消えてはいないが、どれほど力を込めても魔女の左手はびくともしない。



「アリア!!」



アリアの攻撃が防がれたのを見て、エリーたちも攻撃の構えを取った。

水球と岩塊、そして雷。

さらにはユーリが放つ漆黒の槍。

間髪おかずに魔女を攻め立てる。



「ふふ、あはは」



魔女の冷たい笑い声。

すべての攻撃を片手で弾いて防ぎきる。

やがて飽いたのか。魔女の両手が左右へ広げられた。

真紅の翼が現れ、天高く伸びていく。



「させない!!」



アリアは剣に再び光を宿し、魔女に向かって駆けた。

まだわずかに残っているハイアランゼの結界。

それがすべて破られたら、どうなるか。

世界の人々はなにを拠り所にして、どう生きていけばいい?



「絶対、ダメです!!」



アリアは魔女の懐まで駆け、全力で剣を振り上げた。

合わせるように、真紅の翼が振り下ろされる。

光に、血のような赤が重なり、幾度も空気が弾けた。



「ど、どうして……」



凍てつく笑みをこぼしつづける魔女に、アリアは声を投げつけた。



「どうしてこんなことを!!」



真紅の翼の重みで、徐々に身体を沈ませるアリア。

それを見て、魔女の口がわずかに開いた。



「愚かな聖女よ」


「な、なにを!?」


「真実を見抜く目もなく、ただ与えられた役割を盲信するとは」


「ど、どういう……ぐ、くっ」


「お前たちごときでは、この絶望に満ちた世界を覆すことなどできはせん」



吐きだされた、魔女の言葉。

ただの嘲りだけでなく、底知れぬ深淵の響きが感じられた。

まるで、この世界の根源に巣食う邪悪そのものが、彼女を通じて語っているように。



「だが、よい」



そう言った魔女の顔が、アリアへ寄った。

アリアの顔と、身体と、握っている剣を舐めるように見回していく。

そうしてなにかに納得して、顔を引いた。

同時に、振り下ろしていた真紅の翼も解く。



「もうしばらく、猶予をやろう」


「ゆ、猶予って……?」


「愚かな聖女よ。いたずらに歩めば、次はない」



冷ややかな声が、ずしりと重く落ちる。

アリアは再び問おうとしたが、魔女はその場から忽然と消え去った。


まるで、幻でも見ていたようだ。

アリアはそう思い、辺りを見回す。

しかし、城壁の残骸と、衛兵たちの亡骸が、そこに起きた絶望的な現実を物語っていた。

面白いと思っていただけたら、

下にある「☆☆☆☆☆」に評価を入れたり、

ブックマーク登録していただけたら嬉しいです。


最新の情報につきましては

X(旧Twitter)でご確認いただけます。


遠野月アカウント:@tonotsuki2020。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ