城壁
城壁に辿り着くや、アリアたちは馬車を飛びだし、城壁の階段を駆け上がった。
城壁の上には、百を超える衛兵たちと、数人の魔法使いの姿。
駆けつけてくれたアリアたちの姿を見て、彼らから歓声が上がる。
「ヴェムネルは!?」
アリアが叫ぶと、数人の衛兵が城壁の外を指差した。
その光景に、アリアは息をのむ。
大小さまざまなヴェムネルが複数、ひしめき合い、城門を含めた城壁に体当たりをしていた。
今のところ、結界で強化されている壁には、傷ひとつない。
だが、ヴェムネルがぶつかるたびに土煙が舞い上がり、結界が波打って震えている。
結界が壊れるのは時間の問題だと、警告するようだった。
ヴェムネルの群れの中に、人の身体の五倍はある巨大なヴェムネルがいた。
その巨躯から放たれる、禍々しい圧と、凶暴な咆哮。
城壁の上にいる衛兵たちが皆、慄く。
咆哮とともに繰り出される一撃に、城壁と結界だけでなく、大地さえも揺れ動いた。
「ヴェムネルの数は、十五体です」
「十五も!?」
「弓矢や投槍、魔法でも応戦しましたが、全く歯が立たず……」
衛兵たちが悔しそうにうなだれる。
だが、その目にはまだ闘志が残っていた。
「何かできることはないか」と、アリアたちに詰め寄る。
その間も、ヴェムネルによる結界への攻撃は止まず、大地は絶えず震動しつづけた。
「アリアさま、あれを」
不意に、フィナスが城壁の上にあるものを指差した。
それは、丸太などの建材だった。
アリアはフィナスの目を見て、何をするべきかはっきりと悟る。
衛兵たちに振り返り、丸太を工作するよう指示をだしていった。
「あの丸太で、どうするの??」
衛兵たちに指示を終えたアリアとフィナスに、エリーが不安そうな顔を見せた。
アリアも不安だったが、顔には出さずに微笑む。
いや、微笑まなければ、恐怖で頬が引き攣りそうだった。
ヴェムネルの絶え間ない攻撃により、結界に広がる波は歪になり、わずかな亀裂すら見えはじめている。
(……もう、やるしかない)
これまでの戦いで、自身の力を過信していたわけではない。
しかし、今わずかにでも逡巡すれば、どうなるか。
誰かが、また犠牲になるかもしれない。
アリアは恐怖は押し殺し、一歩でも踏み出す勇気を捻りだし、剣を抜いた。
「聖女さま! 準備できました!」
衛兵たちの声に、アリアは振り返る。
用意されたものは、丸太を何本も組み合わせた二本の橋板だった。
その橋板の長さは、城壁の上から下まで届くほどに調整されている。
片側には何本ものロープが結ばれていて、その先を城壁の上にいるすべての衛兵が握りしめていた。
「え、まさか、これで降りるの??」
「降りるというより、上から襲撃するんです」
アリアが自分の身体にロープを結びながら言う。
フィナスとグランも同様にロープを結び、橋板の先へ繋いだ。
「エリーとネフェリは、城壁の上から援護してください」
「アリアだけ、危ないよ!?」
「大丈夫です。フィナスさんとグランさんもいますから」
「だけど!」
「時間が無いの。ユーリが結界を張り直すまで、何とか食い止めないと」
アリアはエリーの制止を振り切り、自らに結んだロープの先をフィナスとグランに託す。
フィナスが意を決して頷き、アリアのロープを握り締めた。
覚悟が揺らがないうちに、アリアは橋板の先へ移り、突き立てられていた金具を掴む。
フィナスとグランも、アリアとは別の橋板へ行き、金具を掴んでから衛兵たちに合図した。
「おおおおおおお!!!!」
衛兵たちが一斉に声をあげる。
アリアが乗る橋板と、フィナスとグランが乗る橋板を、城壁の外へ突き出された。
突き出た橋板が一気に落ちないよう、反対側の先端に結ばれた何本ものロープを、衛兵たちが必死に引っ張る。
「降ろせー!!」
フィナスが合図の声をあげる。
すると、アリアが乗る一本の橋板が、城壁の下にいるヴェムネル目掛けて倒された。
橋板の先が、ヴェムネルに激突する寸前。
アリアは剣を構えて飛び上がる。
輝く光を剣身に宿し、城壁を攻撃しているヴェムネルの頭上へ迫る。
「はああああ!!」
アリアは吠え、一息にヴェムネルの頭部へ剣を突き立てた。
光がヴェムネルを斬り裂き、禍々しい圧を霧散させていく。
地面に着地したアリアは、立てつづけに周囲のヴェムネルを斬りつけた。
眼前の城壁ばかりを見ていたヴェムネルは、突然の襲撃に慌てふためく。
「やった! 成功!?」
城壁の上で歓声を上げたエリーを、ネフェリの声が抑えた。
「いえ、まだですわ!」
ネフェリはすぐさま巨大な水球を作りあげていく。
城壁の上から見るかぎり、アリアの襲撃に驚いたヴェムネルは五体ほどだった。
それ以外は、アリアの動きに惑わされることなく、城壁への体当たりをつづけていた。
ネフェリはそれらのヴェムネルに向け、水球を落としていく。
エリーもやや遅れて、土塊を落としていった。
地上で戦うアリアは、焦っていた。
最初こそ頭上を狙えたが、今は違う。
目の前のヴェムネルは、これまでのそれより二倍以上はある巨体だった。
足元を斬りつけても深手を与えられない。
むしろ、一瞬でも気を抜けば踏み潰されてしまう。
「アリアさま! 引き上げます!」
上から、フィナスの声。
アリアは剣を振って合図する。
アリアの身体に括りつけていたロープを、フィナスとグランが引き上げた。
同時に、アリアが乗っていた橋板も上がっていく。
「お怪我はありませんか」
「上でフィナスさんたちが見てくれていますし、エリーとネフェリの援護もありますから」
「ご無理はなさらず。次はもう少し短い時間で引き上げましょう」
「わかりました」
アリアは頷き、自分の橋板へ飛び移る。
機を見て、フィナスが衛兵たちに合図を出した。
再びアリアが乗る橋板が、眼下のヴェムネル目掛けて落ちていく。
アリアは剣を構え、ヴェムネルたちを見据えた。
一体だけでは足りない。
一度に二体ぐらいは倒さなければ。
震える手を叱咤し、ヴェムネルの頭部に光り輝く剣を突き立てる。
霧散して消し飛んだヴェムネルから、アリアはもう一体の頭部目掛けて、飛んだ。
上からアリアの動きを見て察したフィナスとグランが、ロープを操り、アリアの動きを補助する。
「いけえええ!!」
叫び、剣を振り下ろす。
頭部からわずかに逸れ、赤い息を吐きだす大きな口元を斬り裂いた。
ヴェムネルがアリアに向き直り、大きな口を開く。
真っ赤な口の中の、無数の牙。
喰われたら、即死だ。
アリアが歯噛みした直後、フィナスとグランがロープを引き上げる。
その動きに合わせ、アリアは剣を振りあげて再びヴェムネルの大口を斬り裂いた。
怯むヴェムネルの頭部に、アリアは剣を突き立てる。
三体目。光に千切れて、霧散した。
「アリアさま! もう一度上がりましょう!」
「お願いします!」
アリアが剣を振って合図する。
すると複数のヴェムネルが咆哮を上げた。
驚いて、周囲を見回す。
先ほどまで城壁に向かって殺到していたヴェムネルが、一斉にアリアへ襲いかかった。
フィナスとグランはすぐさまアリアのロープを引いたが、間に合わない。
アリアのロープと橋板は、ヴェムネルの鋭い爪に無惨にも断ち切られた。
城壁の上へ戻る手段を失ったアリアは、ヴェムネルに取り囲まれる。
「ど、どうして!?」
城壁の上にいたエリーが、声をあげた。
先ほどまではたしかに、半数以上のヴェムネルはアリアに目もくれず、城壁を襲っていた。
なのになぜ、反転してアリアを襲ったのか。
「ヴェムネルは知能の低い獣じゃないの!?」
「そんなこと言ってる場合じゃありませんわ!」
ネフェリとエリーは、必死に水球と土塊を生みだし、ヴェムネルへぶつけていく。
その必死の集中力が功を奏してか。
ネフェリの水球は勢いを増し、エリーの土塊は大岩と化し、ヴェムネルを傷つけるほどになった。
しかし、足りない。
ヴェムネルの数を減らすには、どうしても至らない。
焦ったのは、フィナスとグランも同様だった。
ふたりは、自分たちが乗る橋板を下ろすように合図し、自らに括りつけたロープを断ち切る。
「行くぞ、グラン! アリアさまを護るんだ!」
「……承知」
二人が意を決した瞬間、橋板が勢いをつけて降ろされた。
眼下に、護るべきアリアの姿。
アリアに迫る、十二体のヴェムネル。
もはや勝ち目はない。
ここで命尽きるだろう。
(せめてアリアさまを逃がさなければ!)
フィナスとグランは雄叫びを上げ、アリアに迫る一体のヴェムネルに剣撃を加えた。
無論、斬れはしない。
それでも、一瞬怯めばいい。
生じた隙を、アリアは逃がさない。
フィナスとグランの後ろからアリアは飛び掛かり、剣の光をヴェムネルに叩きつけた。
なんとか霧散したヴェムネルと、わずかに生きる時間が延びたフィナスとグラン。
アリアはふたりのもとへ駆けつけ、剣を構え直す。
「アリアさま! お逃げください!」
「ダメです! そんなこと!」
逃げれば、フィナスとグランは死ぬ。
それは間違いない。
だが、ここで戦いつづけても……
(……ううん、諦めない! きっと――)
アリアは天を見上げた。
直後。
空が、青紫色の光に染まった。
何ごとか? 考えるまでもない。
信じていたのだから――




