表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
15/41

大樹のハイアランゼ


鋼鉄の大樹が、街を抱いている。

比喩ではない。

ハイアランゼの街の城壁は、硬い鱗で覆われた巨木そのものに見えた。



「アルアランという、ここでしか生えていない樹らしいですわ」



城壁を見上げるアリアとエリーの傍で、ネフェリが言う。

普段は冷静な彼女も、その壮大な光景には感嘆を隠せないようだ。


大きな翼を広げるように伸びる、五本の巨木。

その太い枝が、幾重にも重なりあい、街を包み込むように分厚い壁を形成している。

城壁の上には、数人の魔法使いがいた。

ネフェリが言うには、彼らの魔法によって大樹の枝の伸びる方向が定まるらしい。



「火で燃えたりしないのですか」



アリアは首を傾げた。

どれほど立派な壁にしても、火事になってはひとたまりもない。

しかしネフェリは首を横に振る。



「アルアランの大樹には火が付かないのですわ。しかも硬い鱗が刃をはじくので、城壁にはちょうど良いというわけです」


「刃をはじくなら、家を建てる材料には不便で使えないですね……」


「ふふ、国宝のようなものですからそもそも建材には使わないと思いますが、そこだけは難点かもしれませんわね」



ネフェリが困り顔で笑った。

たしかにそうだとエリーとフィナスも口元を緩めた。



大樹の城壁をくぐりぬけると、活気にあふれた街が広がっていた。

黄色い声をあげて遊び回る子供たち。

笑顔でのんびりと買い物を楽しむ大人たち。

まるで、街の外にヴェムネルが跋扈していることなど知らないかのような平和な日常。



「やはり結界のおかげで、街の中までヴェムネルの影響は出ていませんわね」



ネフェリが確信を込めて頷き、大樹の城壁を見上げた。

城壁の上には、宙に浮かぶ膜のようなものが見える。

風に靡くように波打ち、キラキラと煌めくそれは、ハイアランゼの街をすっぽりと覆っていた。



「あれが、結界ですか!?」



アリアは驚きの声をあげた。



「そうです。あれが魔法人形さまが作り上げる結界ですわ」


「すごく……綺麗ね」



エリーがうっとりと呟く。



「そうですわね。ですが、この美しい結界を視認できるのは魔法人形さまと聖女だけ。他の方には見えないのです」


「……そうなのですか? でも、帝都の結界は私たちにも見えなかったような」


「帝都の城壁は、ここの城壁よりもはるかに高いですから。その上にある結界は高すぎて見えづらかったかもしれませんわね」


「……なるほど」



アリアは帝都の城壁を思い出す。

たしかに帝都の城壁は異様な厚さと高さを誇っていた。

せっかくなら城壁に登ってでも見ておくべきだったと、少し悔やまれる。

広大な帝都に張られている結界は、さぞ美しい光景だったに違いない。



「魔法人形さまと、聖女さまでいらっしゃいますか?」



不意に、男性の声が背後からひびいた。

振り返ると、役人らしき三人の男性が立っていた。

ユーリがアリアたちの前に進み出て、頷く。

すると彼らは膝を突き、恭しく頭を垂れた。



「お迎えが遅くなり、大変申し訳ありません」


「君たちは、ハイアランゼの役人か?」


「左様でございます」



ユーリの言葉に、彼らはさらに深く頭を下げる。

人通りの多い道であったため、多くの人々が、役人とユーリたちへ視線を向けた。

面倒に思ったユーリが、彼らに立ち上がるよう促す。



「ところで、この街に聖女がいると聞いたのだが」



ユーリが問うと、役人たちは大きく頷いた。

ただの噂ではなかったことに、アリアたちは安堵する。

その様子を見て、役人たちもホッとしたのか、表情を明るくさせた。



「ぜひお会いになってください。聖女さまの証である花の痣も、間違いないと思われます」


「すぐに会えるのか?」


「もちろんです。領主さまの大館にいらっしゃいます」


「領主の? その聖女を保護してくれていたのか」


「いいえ、魔法人形さま。聖女さまの証が浮かび上がったお方は、領主さまのご息女なのでございます」



役人のひとりが、大通りの先を手のひらで指し示す。

そこにはアルアランの大樹に半分覆われた、古めかしくも荘厳な大館が見えた。

エリーが歓声を上げ、とんと跳ねる。

アリアもまた、その美しい大館の姿に目を丸くした。



「ところで」



ネフェリがやや低い声を漏らした。

怪訝な表情でネフェリが役人を見据えている。



「聖女の花の痣が浮かんだのはいつ頃なのです?」


「……たしか、一月ほど前でございます」



役人の答えに、ネフェリの目が鋭くなった。



「なぜ一月も前に聖女の証が認められたのに、帝都の神殿へ行かなかったのですか?」



聖女となった者は、その身を世界に捧げる義務がある。

それを隠すことは、罪とされていた。

一か月も前に判明したのなら、アリアたちと帝都で合流していてもおかしくはない。

神官であるネフェリは、領主の娘が聖女の義務を果たさないことに強い不快感を覚えたようだった。


ネフェリの怒気に、役人たちは恐れて両膝を突き、深く頭を垂れた。



「お許しください。ですが、そのことについて私たちがお答えできることはありません」


「どういうことでしょう?」


「どうか、大館にいらっしゃってください。きっとご理解いただけると思います」



役人たちは声を震わせるばかり。

ネフェリは怪訝な表情を崩さなかったが、ユーリが彼女を宥めた、

今ここで彼らを問い詰めても、何も変わることはない。

しばらくしてネフェリがわずかに落ち着くと、ユーリは彼らに対して「すぐに大館へ伺う」と告げた。



「ネフェリ」



役人たちが去ったあと、ユーリがネフェリの背をとんと叩いた。



「君は神官だったから規則に厳しいのは分かるが、それほど凄まなくてもいいだろう」


「……失礼いたしました」


「規則ごとの話になると、君はいつも目の色が変わるな」



ユーリの言葉に、ネフェリが申し訳なさそうに頭を垂れた。

たしかにそうかもと、アリアは心の内で頷く。

ネフェリは普段、神の御使いかと錯覚するほど理知的で優しい。

しかし勉強の最中に、規則のことでアリアが反発すると、彼女の瞳に怒りの色が宿るのだ。

そうなるとアリアは、すぐに謝るしかなかった。

放置すれば、その怒りは数日つづくこともある。


ネフェリを馬車の中で落ち着かせた後、アリアたちは領主の大館へ向かった。

役人たちが話を通してくれていたのか。

大館に近付くと、衛兵たちがアリアたちの馬車を出迎えにきた。

フィナスが先行して彼らと話し、門が開かれる。



「……この世とは思えない雰囲気ですね」



アリアはポツリと声を漏らした。

美しい前庭と、アルアランに抱きこまれた荘厳な大館が、七色の光をまとい輝いている。

ロクナンド神殿のセリアノ宮もそうだったが、この世から隔絶されたような、神聖な空気がここにも満ちていた。



「ようこそおいでくださいました」



大館の前で馬車を停めると、ハイアランゼの領主が自ら出迎えにきた。

彼の後ろには妻と息子、そして多くの娘たちがいた。

そのうちの誰かが聖女なのだろうと、アリアはひとりひとりの顔を窺う。

しかし聖女を見極められるユーリが顔をしかめた。



「聖女はいないようだが」



ユーリの言葉に、領主の顔色がさっと変わった。



「大変申し訳ありません。その娘は今、伏せていると言いますか……」


「会えないのか」


「い、いえ、会うことはできます」


「……要領を得ないな。なにか問題があるのか?」


「……娘の部屋へ案内いたします。お会いいただければ、ご理解いただけるかと」



そう答えた領主が、大館へ手のひらを向けた。

ユーリは顔をしかめたまま頷き、領主に促されて大館へ足を進める。



「……何かあったのでしょうか?」



アリアは眉根を寄せた。

エリーが小さく首を横に振る。

次いで彼女は、ネフェリの顔色を窺うように頭を下げた。



「ネフェリ、ユーリが怒るから機嫌悪くしちゃダメだよ?」


「機嫌を悪くしたりなんてしませんわ」


「さっき怒ってたじゃない」


「怒ってません」



ネフェリが目を細め、そっぽを向く。

「やっぱり怒ってるじゃない」とエリーが揶揄うように言うので、アリアはふたりの間に立ち、「早く行きましょう」と大館の玄関を指差した。

ユーリはすでに大館の中へ入っていて、姿も見えない。



「……参りましょう」



アリアたちの後ろに立っていたグランが、低い声を落とした。

身体の大きいグランの圧力に、三人は黙って頷き、大館の中へと入っていった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ