妹が欲しがるのでぬいぐるみの中にうっかり父のお気に入りの懐中時計をいれてしまったまま川へ捨てられた事実を知ってブチギレると妹は叩き出されて追放。奪われるのなら家族も貴族もまとめて捨てるしかないよね
「ずるいずるい!ずるいずるい!」
手足をばたばたさせて、ひたすら欲しい欲しいという妹に今日もかとため息を吐く。それに父が面倒くさがって、あげなさいなんて言葉をかけるまで八秒前。
「うるさいぞ。いつまでも喚くのではない。はぁ、渡しなさい」
「お父様……本当にいいんですか?」
「ああ」
面倒だから適当に返事をしている。割をもう一人に食わせておいて自分は何も失わないから。他人事なのも、どうでもいいのだろう。
そんな父にも引導を渡す計画を開始することにした。
まずは父の大切なものを自分の私物に混ぜる。例えば小さなジュエリーケースの中に懐中時計を入れておくとか。
可愛い置物の中に父の自慢のトロフィーや記念コインを入れておくとか。
普通なら、妹の部屋で安全に保護されているのだろうが妹には悪癖があり、欲しがって欲しがって貰うと直ぐに捨てるのだ。ゴミ箱なんて回収できるような柔なやり方ではない。
川だ。うちの近くを通っている上流を流れる川。その先になかなか高い岩や川下がある。そこへ固いものを落としたら最も簡単に砕け散る。
「欲しい欲しい欲しい〜!!」
また爆音で傍迷惑なことを言い始める妹に、父はまた食べかけのままこちらを向いてあげなさいと言う。そして、こちらは本当にあげてもいいんですか?
本当に?と聞くのだ。
「お父様、本当に私のもの(父のものも含む)をあげますわよ?」
なんて、聞くのだが今まで一度とてやらなくていいと言う言葉は聞いたことがない。自分が失うわけじゃないものね?
でもね、お父様……今回からあなたのものもなくなるんですよ??
思わず心の中がパーリーナイトになる。
「ああ、構わん」
構わんの要約って、お前のものはあげてしまえ。ってことなのだ。どこまで人を踏みつけたら潰れるのか耐久テストでもしているのかと、前は思っていた。
だから、父の耐久テストもしてあげるのだ。なんて父親思いの娘なのだろう。うっとりとこの後のことを考えたら愉悦に笑うのも仕方ない。
ふふ、ふふふふ!!!
父に知られないように、必死で顔に出ないようにするのが大変だ。これを知った時どんなことが起こるのか楽しみで楽しみで。
父に言われて泣く泣く渡すというのを敢えてやってやると妹は顔を赤くして楽しげに笑う。相変わらず、精魂が腐り果てているらしい。
そうして、気まずい食事が終わり逃げるように、というか実際足早に逃げていく父。
「お姉様、またくださいね?」
「……バカじゃないのかしら」
「え?」
悪態をつくと妹はキョトンとした顔をして、こちらを見つつ目をパチパチさせると見やった。
「え、おね、えさま?」
のたのたとわざとらしい演技だわ。
「我が家の血を継げないくせに」
「え、あ、な、なんておっしゃったの?」
聞こえないように言ったものの、なにかまずいことをしたという顔を浮かべる手遅れな相手に、無視をして立ち上がる。
「お姉様!待って」
呼び止められるが、物も取られたばかりなのに時間まで?
ふざけるなと、足を止めずに自室へ向かう。フレルルーは颯爽と使用人を伴いうっそりと笑う。今までで一番、あの妹に物をあげて最高の気分になったと浸る。
父の悲鳴はいつ聞けるのだろう?
妹の言い訳に満ちた悲鳴はいつ聞けるのだろう?ああ……!
「待ち遠しいわぁ」
頬が高揚と共に熟すのを止められず、恋する乙女のように染めた。そうして、いつもの日課であるペンフレンドに向けて手紙へ書き綴る。
この家には妻という立場も、母親という立場の女はいない。
離縁したのだ。妹が連れてこられた時。半分しか血の繋がりがないと知ったとき、己の血筋を穢らわしいと嘆いた。
嘆いて嘆いて、ペンフレンドに向けて生きていたくないと弱音をついつい、吐いてしまう。
そうしたら、彼は遠い異国の地から、自分の住む場所にはとても綺麗な湖があって、そこに入って洗えばいいと慰めてくれた。歓喜する。
嬉しくて手紙を抱きしめるなんて子供っぽいことをしてしまうくらいに。
「優しい人」
手紙から淡く香る異国のもの。吸い込むと幸せな気持ちになる。
「ないっ、どこだ、ないっ!どこにあるっ!おい、あれはどこだ!ここにあったはずだっ」
幸せな気分に浸っていると声が聞こえる。とうとう、メインディッシュが提供されるときがきたらしい。デザートが楽しみだ。
「お父様、どうなさったの?」
何も知りません、心配しておりますを貼り付けた表情をして父の執務室に向かう。すでに妹が部屋の外で様子を窺っていた。
底意地が悪いくせに、こういう時は引き腰になる。息を吐いて父にたずねたが話をまともに聞いていない。
「フレルルー!ここにあった私の記念コインは、どこにあるか知っているか!?ないのだ!」
記念コイン。父が大切にしている、紳士クラブ主催の上位になったときにもらったコインのことだ。
フレルルーの大切なもの、友達とお揃いで買ったペンとノートと同じくらいの価値を持っている、アレのことだろう。
内心鼻で笑いながら首を緩く動かして知らないことを伝えた。
「どこかに転がったのかもしれません」
「ああ!この部屋にあるなら、ものを動かさなければっ」
当主の父の言葉で使用人は駆り出されて、家具を退かしカーペットをめくりあげたりとおおわらわになる。しかし、コインは見つからない。
「あのコインは、私の、自慢の……!」
ペンとノートも宝物でしたよ、お父様。
「お父様、見つかりますわ」
雑に慰めて寝屋へ戻る。ついぞ、最後まで部屋に入ってこなかった妹に一瞥もせず。
父のコインがなくなればあんなに慌てるのに、人には大切なものを簡単にあげろという性格の歪みに気づけやしない。
次の日も次の日も記念コインは見つからず、見つかったのはフレルルーの私物が無惨に川に浮いていたもの。
「川に」
「ああ、それはいい」
父がそれを聞き、いつものように聞き流したが……記念コインも川にたまたまひかかり、残っていたのを見つけたと聞いた時は顔色を変える。
「は?」
「これでございます」
差し出されそれは確かに私物だ。男は見つけたものとコインを交互に見ては混乱する。
「なぜ、私のコインが?」
「さあ、私にはなんとも」
男、二人の娘の父親は全てを結びつけるまでに時間を要しなかった。
コインの他に懐中時計もぬいぐるみの中から見つけられ、疑惑は確信に染まる。
長女のものだったものが捨てられようと、無視して聞いていたのに己のものが被害に遭うと、一時間もせずに次女の部屋へ怒鳴り込む。
「おい!」
自己が一番可愛いのだ。部屋が近くにあるフレルルーはそれを聞き取りまた口元を上げる。
「きゃあああ!!ぐふ!?」
強く叩かれたのか殴られたのか、壁にぶつかる音と使用人達の止める声が聞こえる。今のは一撃、お腹に入ったような感じがした。頬ならば声を出していないし。
「今まで散々、食わしてやっただろう?ドレスも宝石も好きなだけ買わせてやった。なのに、なぜ人のものを盗む手癖の悪さを覚えた?」
「いだい!おどうざま!いだい!」
痛いらしい。
「姉のものだけで満足していたらよかったのに、私のものに手を出すとは……お前は今日から私の娘ではない。何も持たせない。今まで好きなだけ貰っていたのに、恩を仇で返す者に持つ権利はない」
それは父にも当てはまる。フレルルーは聴きながら屋敷の外に出る。ひっそり、手紙を書いておいておいたので、知る頃には三日後くらいになっているのかもしれない。
また二撃三撃と打ち込まれたらしく、鈍い音がする。しかし、これだけで済まないことはわかる。
父親がコインを探し当てたことで油断して、他のものに目が向かないことを加味した上で、もう一つなくしていることに気付くまでどれほどかかるのだろう。
「あなたは私に全て差し出させた。だから、私もあなたに全て失わせるわ?」
靴が地面を打つたびに、船の床を踏むたびに、胸のドキドキはまだあると手を当てた。
船の上は綺麗で、今まであった物を全て売り切った手元にはかなりの金銭が残っているので不安はない。ペンフレンドに会いに行くついでに、その国へ向かうことにした。
働いたことはないが、なんとかやっていけたらと。ほとんど自暴自棄みたいな物だ。
なんせ、父の当主証明書をノートに貼り付けて、妹の欲しがり攻撃に耐えきれなかった父の渡せの合図で、渋々手を離した。
そのノートはのちのち見たら川に浮いていた。すでに何日も経っているので紙だってふやけてバラバラになっているのだろう。
分かりやすく川べりに、木の棒で雑に打ち上げさせておいたから見つかりはする。あれは王から賜ったもの。つまりは内容関係なくバラバラにした時点で終わる。
妹はその日には外に放り出されているので、早く国から出ないと今まで放置してきた父親に何かをされてしまうかもしれない。それとも、王に牢屋にでも入れられるのか?もうどうでもいい。
「あの子も、なにがしたかったのか」
フレルルーは婚約者が今までいなかったけれど、どうせ婚約者がいてもいなくても妹な横取りされていたのは想像に容易い。
なので、作らないようにした。そうしていたら、このまま貴族として生きていける未来が浮かばない。もし、父にいつものようにあげなさいと言われたら?
フレルルーは妹に婚約者を取られた傷物。もう結婚もできない。ちっとも未来に希望を持てないのだ。
そう思えば、父が貴族でなくなるのも自分が貴族令嬢として死ぬのも、対して差がないのではないか。笑えるわ。
当主印も妹にあげた物の中、お気に入りのペンのインク瓶の中に落とした。妹がそのまま捨てたのを確認したので、インク壺との重さで今頃は川の中。
それに、そちらも川にあった時点で王を怒らせるだろう。簡単にどうなるかわかる。妹が一度でも、どちらかを開封したり見たりすれば一瞬でわかったことだ。
「使用もせずに捨てる。それなのにあんなに欲しがるのなんて、紛れもなく病気なのよ」
異常行動だ。あんな狂人と暮らさせられた自分を生贄に、肉壁にした父が悪い。
本来ならば矯正ものであり、どこかに連れていくべき案件だった。
それをやらずに、人を壁にして自分だけのうのうと暮らしていた結末にはお似合い。
船を降りると黒い髪が揺れる、少し癖のある髪質をした男性がいた。こちらを見たときに目が合い、自然とお互い近寄る。
「もしかして、フレルルー……さん?」
名前を言い当てられて、ペンフレンドの彼なのかと驚く。そうして、確かに近々そちらの国に行くとは書いたが日付なんて曖昧で、数年後になるかもはれないという風にも考えられる書き方にしたのに。
「毎日、来ておられたのですか?」
聞いてみると真っ赤にした顔が目を閉じる。
「ごめん、気持ち悪いよね。こんなのが手紙の相手、なんてさ」
「……いいえ、想像通りで逆に驚きました」
彼は「え」と声を上げて顔をこちらに再度向けるとマジマジとフレルルーを眺めた。
「フレルルーさんは、その、想像していたよりも」
「釣り目、ですか?」
「え、ううん。違う。想像していたよりも、僕とは釣り合わないくらい、可愛いから」
「ふふ、ありがとございます。いつもより質素なワンピースなのに」
「令嬢をやめたの?」
「はい。やめちゃいました」
事情は軽く書いておいたが、平民になるだろうと最初の頃から匂わせておいたからすぐに把握した顔をして、問いかけてくる。
「そっか、僕さ、実は貴族の四男で」
「それはうっすら知ってます」
なぜ?と本気で驚いている彼にふふふ、と心から笑う。
「手紙が上品すぎます」
「え、でも、ちゃんとお店で買えるものを聞いたんだけどな」
「店員があなたの出立ちを見て、相手が女性と知り、見栄を張らせるつもりで、いいものを勧めたのかもしれませんね。上質な紙は平民の女性からすると、驚かせることになりますし」
意中の女性に向けた手紙かと早とちりした店主が、想いを告げやすくなるようにとお節介を焼いたのかもしれない。それか、いいものを売りつけたくて嘘をついたのかもしれない。
「そ、そっか。驚かせるかと思ってドキドキしてたけど、バレてたかぁ。へへ……えっと、本邸じゃないけどちょっと大きめの別邸で暮らしていて、画家をしてるって書いたでしょ」
頷く。彼は手紙によく絵を書いてくれる。
「持ってきました」
絵を見せる。
「私の宝物です。他のものは全部取られてしまって、もうこれしか残ってないから、必死に見つからないようにしてました」
「そうなんだ」
彼は目にうるりと涙を流しかけたが、首を振り我慢して絵を取って懐かしいなと、微笑む。
「私はこの花の絵が、好きです。花さえも奪われて生けられなかったから」
花を指で指すと彼は、嬉しそうに肩をモニョモニョさせる。
「これ、これは、僕の好きな花」
「え、ああ、書かれてませんでしたけど、そうだったのですね」
生けられていた花を描いただけかと思っていた。思わぬ好きなものの共通点に笑う。
「あ、その、で、でね。その家で兄の補佐をしながら暮らしてて……飢えることはなくてね」
「はい」
いまいち、何が言いたいのかわからないけれど、何かを必死に伝えたがっていることだけはわかる。
「皆、実は僕の家族は君との手紙のやり取りを知ってて」
「仲がよくて、いいことです」
本心だ。彼くらいは家族仲が良心的でいてほしい。彼の不幸を喜ぶ隙は、そもそもないから。
「あ、いや、家族公認ってことを言いたくて!」
彼は急に足元に傅き、足を片方曲げる。
「え、あ、あの?」
そのポーズは知っているけど、彼は今まで、ただのペンフレンドなのだけれど?
「ぼ、僕と婚約をしてほしい」
彼はわたわたとして、懐から出したものは紙に描いた花束。
ぽかんとなる。
「花束の絵?」
「いやぁ、ものを渡して断られたらどっちも残るものがあって、気まずいから、すぐに捨てられる紙ならいいかなぁって、ね?」
彼らしい思考に、思わずふふ!と息が出る。耐えきれない。お腹から声がでてしまう。
「ふふ!ああ、もう!わかりましたっ。はい!婚約しましょうか」
応えを返すと今度は、彼がぽかーんとなる。
「え?はい?え、せ、せ、成功した〜!?」
紙の花束がぽろりと手から離れていくのを、慌てて回収する。これもフレルルーの宝物になるに違いない。
紙の皺を伸ばしていると、まだ唖然とする彼の手を引いて聞き出した彼の家の馬車を見つける。
そこに相手を押し込めて扉を閉めようとすると、ドアの隙間から手を差し込まれた。
「待って、君も乗るんだ!」
気付くとフレルルーは馬車に乗せられていた。馬車の中の空気は気まずいけれど、気恥ずかしいからだ。
「実はもう君に告白することも伝えている」
「え、早い」
目を点にしてつぶやいて、家に着くと告白が成功した事を知った彼の実家の人たちに、その日に盛大な婚約パーティを開かれる豪快さにまた目を白黒させた。
「おめでとう!」
「おめでとう!歓迎するわ!」
彼の家にはたくさんの家族がいて、大家族といえる場所で息つぐ間もなく次々と声をかけられて目まぐるしい。
今日は従姉妹の人の誕生日パーティーだったので豪華な食べ物が並んでいた。
そんな大切な日に、兼用してこちらの婚約も祝うなんて。
申し訳なさに主役の女性を見ていると、彼女は笑って「光栄よ!私の誕生日は、今まで誰かのものと被らなかったから憧れていたのよね!」などと豪快に喜ばれた。
他の女性たちもきゃらきゃらと笑い、よろしくねと握手をしたり笑みを見せたりして、悪意が見当たらない。
「疲れたよね、休む?」
まだまだ続きそうな宴会に首を振る。
「寝たら夢かもしれないから……目を閉じたくない」
「そんな、そんなこ」
「じゃあ!今日は女子会よ!今のトレンドは独身最後の徹夜なの。やりましょう」
どんと彼が言い切る前に突き飛ばすくらい、勢いよく女性たちがさよなら独身女子会をしましょうと、彼女たちに連れ去られる。
それを床に寝そべってこちらへ手を向ける彼に笑ってまた明日ねと、手を振った。こちらも逃れられそうにはない。流されるしかないのだ。
彼へ他の男性陣が駆け寄り、自分たちも独身さよなら男子会しような!と肩を叩かれて咽せていた。
「あなたって、元令嬢なのよね?しかも、次期当主の勉強をしていたって」
「はい。なので、平民なんです」
「え?うん?そんなことはいいのいいのー。私たち、あなたのような賢い子をすごく待っててね?」
三人よればというが、女子が集まるともうわけがわからない。けれど、実務ができるから、余計に歓迎されていることはわかった。
「社交は不得意で、実務は得意です」
そう告げると余計に喜ばれる。社交なんて得意なものがやればいいのだと笑い飛ばされて、不安だった気持ちも空へポーンと飛んでいくのを感じた。
今の自分は生まれて初めて、呼吸ができるようになったらしい。
最後まで読んでくださり感謝です⭐︎の評価をしていただければ幸いです。




