竜の谷ドランヴァ ― 告白と共鳴
――王都から南へ三日の旅路。
山を越えた先に、世界で最も古い生命が眠る場所があるという。
そこが、竜族の聖域――竜の谷ドランヴァ。
ミアの提案で、俺たちはそこへ向かっていた。
リリスとの戦いで“心動魔法”が不安定になった俺の治療、
そして、ミアが「確かめたいことがある」と言ったからだ。
険しい山道を登りながら、俺は文句をこぼす。
「……はぁ、死ぬ……。
なんで異世界ってこう、全部徒歩なんだよ……」
「体を鍛えるのも修行のうち」
ミアは相変わらず無表情。
それがまたムカつく。
てか、服装が普通に薄い。
「なぁミア、寒くないの?」
「氷の魔力があるから問題ない」
「そうじゃなくて……目のやり場が」
「じゃあ目を閉じれば?」
「閉じたら崖から落ちる!!」
「落ちても死なないでしょ。あなた、頑丈だし」
「褒められてる気がしねぇぇぇ!!」
山頂近く。
谷を見下ろすと、青白い光がゆらゆらと漂っていた。
「ここが……竜の谷か」
空気そのものが魔力を帯びている。
息を吸うだけで体が軽くなるような、不思議な場所だった。
やがて、谷底の祠から一人の女性が現れた。
白銀の鱗を持つ美しい女性――竜の巫女、エリュシア。
「久しぶりね、ミア」
「……あなた、まだ生きてたのね」
「氷の民は簡単に死なないもの。
でも、まさか“心無”のあなたが人間と一緒に来るなんて」
エリュシアの瞳が俺を見た。
その目はまるで透かし見るようで、背筋がゾクッとした。
「……ほう。この男、いい“匂い”がするわね」
「や、やめてください。嗅がないで!」
「冗談よ。でも、心臓がいい音をしてる」
彼女はニヤリと笑った。
なんか嫌な予感しかしない。
「で、本題だけど」ミアが口を開いた。
「彼の“心動魔法”を安定させたい。助言をお願い」
「ふむ……心が燃えすぎてる。
制御するには、“対の感情”をぶつける必要がある」
「対の感情?」
「つまり、“愛”で燃えるなら、“恐れ”で冷ます。
“欲”で膨らむなら、“羞恥”で抑える」
「羞恥!?」
「そう。心動のバランスを取るには、“恥ずかしさ”が必要なの」
「それどんな修行だよ!!」
というわけで始まったのが、**羞恥修行(仮)**だった。
俺は半裸で温泉のような魔力泉に入れられ、
ミアとエリュシアが正面から見つめてくる。
「……あの、これ絶対何か間違ってるよね?」
「修行よ」――エリュシア
「抵抗すると余計に乱れる」――ミア
「俺の精神が乱れてんだよ!!!」
おまけに泉の水が妙にぬるい。
温かくて、肌が敏感になる。
「ねぇミア、これ……なんかヤバくない?」
「竜の泉は心を開く性質がある。
下手に抵抗すると、すべて曝け出す」
「曝け出すって何を!?」
「全部」
「全部って言うな!!」
その瞬間、胸の奥から熱がこみ上げた。
心臓がドクンと鳴り、体から光が漏れ始める。
「やば、来る……!!」
ミアが慌てて手を伸ばし、俺の胸に触れた。
冷たい氷の魔力が流れ込む。
「……落ち着いて」
指先が震え、声がかすかに柔らかくなる。
「私は、あなたの心を凍らせる。
だから、安心して燃えて」
(そんな言い方したら、余計ドキドキするだろ……!)
ドクン。
泉が爆発した。
煙の中、俺は息を荒げながらミアの肩を掴んでいた。
顔が近い。距離、10センチ。
瞳の中に、自分の顔が映ってる。
「……ミア」
「なに」
「今、心動率、100超えたかも」
「知ってる。私の魔力が焼けそう」
「ごめん……でも、言わなきゃダメな気がする」
俺は一度深呼吸して、目を閉じた。
「俺……お前のこと、好きだ」
ミアの瞳が一瞬揺れた。
氷のような冷たさが、ほんの少し溶ける。
「……本気で言ってる?」
「うん。本気。
この世界に来てから、ずっと混乱してたけど――
お前と一緒にいる時だけ、俺の心は落ち着くんだ」
ミアはしばらく黙っていたが、やがて小さく笑った。
「……馬鹿」
「え?」
「こんなところで告白して、泉まで溶かして。
ほんと、世界で一番バカな勇者」
でも、その声は優しかった。
エリュシアがくすっと笑う。
「まったく……。
恋と魔法は似てるって、昔から言うけど。
本当に燃やす奴は初めて見たわ」
「すみません……」
「いいのよ。燃える恋ほど、美しいものはない」
彼女は俺の肩を叩き、少し真顔になる。
「シュン。心動の力は、“愛”の器そのもの。
愛が深ければ深いほど、魔力も強くなる。
けれど同時に――壊れるリスクも増す」
「壊れる?」
「“愛の強さ”が、“世界の崩壊”を呼ぶこともある。
あなたの炎は、優しさの形をしているけど……
裏返せば、“孤独”の化身でもある」
その言葉に、胸が締め付けられた。
夜。
ミアは焚き火の前で、黙って星を見上げていた。
「なぁ、ミア」
「なに」
「……さっきの告白、迷惑だったら忘れていい」
「無理ね」
「え?」
彼女が振り向く。
その瞳は、かすかに笑っていた。
「あなたの“心動”が強すぎて、もう刻まれた。
……だから、責任取って」
「せ、責任!?」
「私の心、動いちゃった」
ドクン。
俺の頭が真っ白になった。
――そして、背後の山が小規模噴火した。
「……またやった」
「いや今のは愛の爆発だから!!」
「世界的には災害よ」
「ロマンチックだろ!?」
「うるさい、バカ」
でも、その声は確かに、嬉しそうだった。




