氷の心と灼熱の勇者
夜の森。
満月が白く照らし、静寂の中で風が葉を揺らしている。
焚き火の赤い火が、ミアの横顔を照らしていた。
彼女の瞳は相変わらず冷たく、
まるで氷でできた湖のようだった。
「……寝ないの?」
俺が声をかけると、ミアは小さく首を振った。
「眠る必要がないの。感情がないと、夢も見ないから」
その一言が妙に胸に刺さった。
俺は寝袋から半分身体を起こし、焚き火を見つめる。
「俺は逆に、眠ると夢ばっかり見るよ」
「どんな夢?」
「昔の世界のこととか……失敗した恋とか。
あと、胸の大きい子に追いかけられて爆発する夢とか」
「最後のいらない」
「夢だから!サービス精神だよ!」
ミアは溜め息をついた。
けれどその頬が、かすかに緩んでいた。
しばらく沈黙が続いた。
風が焚き火の炎を揺らすたび、
彼女の髪がふわりと動く。
「……あなた、本当に心がよく動くのね」
「そりゃ、人間だからな」
「私は、心が動かない。
嬉しくても、悲しくても、何も感じない。
ただ、“データ”として理解するだけ」
その言葉を聞いた瞬間、胸の奥がズキッと痛んだ。
彼女はゆっくりと俺の方を向いた。
「ねぇ、もしも“心が動く”って、痛いものだったら……
それでも欲しいと思う?」
俺は少し考えてから笑った。
「……痛くても、欲しいな。
だって、痛みがあるってことは――生きてるってことだろ?」
ミアの瞳が、わずかに揺れた。
その表情を見た瞬間、俺の胸の中で何かが弾けた。
(あ、やばい。また心動率上昇してる……!)
ドクン。
焚き火が一瞬で巨大化し、二人の顔を赤く染めた。
「……また爆発?」
「違う!今のは純粋な心の発熱だ!」
「物理的に発熱してる時点で違うと思う」
火を鎮めるために、ミアが氷魔法を唱えた。
すると、ぱっと辺りに冷気が広がり、
瞬く間に森の一角が氷の洞窟のようになった。
「うわ、すげぇ……綺麗だな」
「これくらい普通よ」
「いや、ほんとすごいって。
氷って冷たいのに、なんか優しい感じするな」
「優しい……?」
「そう。触れたら痛いけど、光を通すだろ?
だから、ちゃんと見ようとすれば綺麗なんだ」
ミアは黙って俺を見ていた。
その瞳に、焚き火の名残の赤が映り込む。
「……あなた、変な人」
「褒め言葉として受け取っとく」
「でも、悪くない」
そう言って、ミアが氷の壁にもたれかかった。
しばらくして――
彼女の肩が、俺の肩に触れた。
わずかに冷たい。
でも、それが妙に心地よかった。
「……なぁ、ミア」
「なに?」
「さっき、俺を“馬鹿”って言ったけど」
「言ったわね」
「俺は馬鹿だからこそ、信じたいんだよ。
“心がない”なんて、そんなのウソだって」
ミアは少しだけ目を見開いた。
「だってさ、こうして笑ってるだろ?」
「笑ってない」
「いや、今ちょっと口角上がった!」
「上がってない」
「上がってたって!」
「……うるさい」
そう言って、ミアは氷の壁に顔を隠した。
でも、その耳が――真っ赤だった。
その時、森の奥から魔物の咆哮が響いた。
「来たか……!」
闇の中から、巨大な氷狼が姿を現す。
全身が氷の結晶で覆われ、
まるで生きた氷山のようだった。
「私がやる」
ミアが立ち上がり、右手を掲げる。
「《氷槍》!」
無数の氷の槍が生まれ、狼に突き刺さる――が、
傷一つつかない。
「硬すぎる……!」
「ミア、下がれ!」
俺は前に出て、剣を構えた。
心臓が高鳴る。
恐怖でも興奮でもない。――守りたいという想い。
(今度は爆発させない。ちゃんと、力に変えるんだ)
「――《心動解放》!!」
紅い光が身体を包み、剣に炎が宿る。
俺は吠えた。
「燃えろ、バカみたいに真っ直ぐな俺の感情ぉぉぉ!!!」
炎と氷がぶつかり合い、爆風が夜空を照らした。
眩しい閃光の中で、狼が溶け、氷の粒となって舞い散る。
戦いの後。
俺は地面に座り込み、息を吐いた。
「……やった、のか」
ミアが隣に座る。
彼女の仮面は割れ、右目だけが見えていた。
金色の瞳に、炎の光が映っている。
「あなたの炎……綺麗だった」
「お前の氷もな」
「相反するはずなのに、混ざったわね」
「そうだな。……たぶん、俺たち似てるんだよ」
ミアが少しだけ目を細めた。
「そうかもしれない」
その瞳の奥に、ほんの少し――温かさが宿っていた。
(……これが、“心無”の彼女の“心動”なのかもしれない)
ふと、ミアが俺の肩に頭を預けた。
「少し……だけ、眠ってもいい?」
「おう。夢、見れるといいな」
「……あなたが夢に出るなら、少しは楽しいかも」
その一言に、心臓がドクンと鳴った。
「ちょ、まっ、心動率上昇中ぅぅぅぅ!!」
森の端が一瞬光り、木が一本だけ燃えた。
ミアは目を閉じたまま、微笑んだ。
「……馬鹿」
その声は、今まででいちばん人間らしかった。




