心動の罰 ― 炎上した王都と四人目の影
――翌朝。
目が覚めた瞬間、視界に鉄格子。
鼻にしみつく焦げ臭い匂い。
……うん、牢屋だった。
俺は王都の英雄でも勇者でもなく、今や国家指定危険恋愛物体。
正式名称「心動災害第一号」。
つまり、恋しただけで燃やす男。
(恋ってのは、普通あたためるもんだろ。
なんで俺の場合、文字通り“加熱”なんだよ……)
俺はうつむきながら、昨日の惨状を思い出した。
レイナの呆れ顔。
リナの泣き顔。
セラの笑い顔。
あと、王都の空に浮かんだハート型の爆炎。
……あれはマジでロマンチックじゃなくテロだった。
と、思考していると――
「勇者様っ!!!」
扉が勢いよく開き、リナが飛び込んできた。
「うおっ!?」
寝起きの俺の目に飛び込んできたのは、
リナの胸、太もも、そして――鎧を着け忘れた軽装姿。
「リナ!?なんでそんな格好!?」
「え?あ、これ、セラ殿下の命令で!」
「なんで王女がそんな命令出すんだよ!」
「“彼の心拍数の変化を記録するために最も効果的な刺激を与えよ”って!」
「やっぱりあの女科学者王女、変態だぁぁぁ!!」
リナは頬を染めながら、両手でローブを押さえる。
その仕草が逆にエロい。
(ダメだ、見るな俺!見るとまた燃えるぞ!)
しかし神は残酷だ。
リナがつまずいて前のめりに倒れ――
「きゃっ!」
「うわっ!!」
……顔面、胸。
柔らかい感触。甘い匂い。呼吸不能。
(おいおい……このまま窒息死したら俺、世界一幸せな死に方じゃね?)
――ドクン。
牢屋の天井が吹っ飛んだ。
「またぁぁぁ!?!?」
「わ、わたしのせいじゃありませんっ!!!」
「……静かにしなさい」
炎の煙の中、冷たい声が響いた。
黒いローブを纏い、仮面で顔を半分隠した女が立っていた。
「あなたが“心動勇者”ね。噂通り……脳筋顔」
「初対面でディスるな!」
「褒め言葉よ。感情で動く人間は、最も面白い実験体」
「お前も実験って言うな!!」
女はため息をつき、牢の鍵を指でなぞった。
金属がジュウッと音を立てて溶ける。
「出なさい。あなたを外に出してあげる」
「え、助ける理由は?」
「――“心無者”の調査のため」
「心無者?」
「感情を失った者。つまり私のこと」
そう名乗った彼女の名は、ミア。
表情がほとんど動かない。
だけど、仮面の奥の瞳がやたら艶っぽい。
(なんだろ……このタイプ、ドストライクかもしれん)
夜。
ミアと共に王都を抜け出した俺は、月明かりの森を歩いていた。
「……で、なんで助けてくれたんだ?」
「あなたの心動魔法、研究したいから」
「研究対象……またかよ」
「ただし、私はセラ王女とは違うわ」
ミアは淡々と歩きながら言う。
「私は“無心”。
怒りも悲しみも、恋も、何も感じない。
でも……あなたを見て、少しだけ胸が熱い」
「え、それ感情戻ってきてるんじゃ?」
「違う。たぶん胃痛」
「胃痛かよ!」
俺は思わず笑ってしまった。
ミアは無表情のまま、しかしほんの一瞬だけ唇の端が揺れた。
(……今、笑った? あ、可愛い。やば、ドキドキする)
ドクン。
森の木が一本、爆発した。
「……やっぱり馬鹿ね」
「すまん、反射で……」
「反射で木を殺すな」
焚き火の夜。
ミアは黙って炎を見つめていた。
光が仮面の下の頬を照らす。
「……あなたの魔法、羨ましい」
「え?」
「心が動けば、世界が輝くんでしょう?
私には、もう何も動かない」
彼女がそっと俺の胸に手を伸ばす。
指先が心臓の上に触れた。
冷たい指なのに、熱い。
「ほんとだ……温かい」
「ちょ、ちょっと!心臓はデリケートゾーンだって!」
「あなたのスキル説明に“心臓の刺激で効果上昇”って書いてあった」
「物理的に刺激するな!!」
ミアは無表情のまま首を傾げた。
「じゃあ、どうやって“心を動かす”の?」
「そ、それは……その、こう……」
「……キス?」
「違うけど当たらずとも遠からずっ!!!」
ドクン!!
焚き火が爆発した。
「ほら、やっぱり心動いた」
「そりゃ動くわ!変な想像するな!!!」
ミアは無表情のまま小さく笑った。
ほんの一瞬、頬が赤く見えた。
その笑顔に、俺は言葉を失った。
(ああ……やばい。俺、完全に燃えた)
一方その頃、王都では。
セラ王女がワインを回しながら、炎上した城を見下ろしていた。
横には、腕を組むレイナと、泣きながら怒鳴るリナ。
「殿下!勇者様を放っておくおつもりですか!」――レイナ
「勇者様が他の女といたら……私、嫉妬でまた燃えちゃいます!」――リナ
「ふふ……いいじゃない。
“恋”ってそういうものよ。燃えて、焦がして、灰にする」
セラは窓の外に浮かぶ月を見上げた。
「さあ、勇者くん。
あなたの心は、次はどんな炎を見せてくれるのかしら――」
森の焚き火が消えかける頃、ミアがぽつりと言った。
「ねぇ、シュン。
もし“心無”の私にも、少しだけ心が戻ったら……
その時、あなたはどうするの?」
「決まってるだろ」
俺は笑って答えた。
「――その心を、ちゃんと“動かして”やる」
ドクン。
空に、一筋の炎が立ち昇った。
ミアは仮面の奥で、ほんのわずかに笑った。
初めて見る、“心動”の笑顔だった。




