王都心動試験 ― 禁断の契約
翌朝、王都はざわめいていた。
昨日の「庭園爆発事件」はすでに城下町の子供たちにまで広まっており、
「勇者がくしゃみで空を燃やした」とか「三人の女神が喧嘩した」とか、
好き勝手な噂が飛び交っていた。
(……いや、だいたい合ってるのが困る)
俺は会議室に連れてこられていた。
長いテーブルの端に座るのは王と、そしてその隣にセラ王女。
彼女の瞳はいつものように冷たく、けれどどこか愉しげでもあった。
「――では、勇者シュン。
あなたの“心動魔法”の管理について、正式な決定を下します」
「管理……?」
「はい。今日からあなたは“王都心動試験”の被験者です」
そう言ってセラは、金の指輪を机の上に置いた。
中心には青い宝石がはめられており、淡い光を放っている。
「これは“共鳴の契約指輪”。
あなたの心拍数が上がると、これが光るわ。
その光が臨界値を超えれば――あなたの魔力は封じられる」
「封じられる……?」
「そう。つまり、心を制御できなければ、あなたは戦えない」
「それ、試験っていうより拷問じゃないか!?」
「いいえ、“恋愛耐性試験”です」
その言葉と同時に、ドアが開いた。
入ってきたのは――レイナとリナ。
レイナは淡いピンクのドレス。
リナは胸当てを外し、軽装で髪をおろしている。
いつもよりずっと、女性らしい。
「……な、なんでそんな格好」
「試験ですから」――レイナ
「勇者様が“心動”しないように、私たちが誘惑しますっ!」――リナ
「誘惑!? 公式で!?」
「セラ殿下のご命令です」
セラは微笑んだ。
「ええ、あなたが“本当の愛”を自覚しなければ、この魔法は暴走する。
だからこそ――愛と欲の境界を知ってもらうの」
(……この人、絶対楽しんでる)
試験は王城の大広間で行われた。
観客席には貴族たちが集まり、「恋愛試験」と聞いて半信半疑の顔をしている。
俺は中央に立ち、左手の指輪が光っていくのを見つめた。
「それでは――試験、開始!」
号令と同時に、リナが走り出す。
「勇者様っ!」
彼女は笑いながら飛びついてきた。
顔が近い、息がかかる。
(やばい……)
ドクンッ。
指輪が光る。
「心拍数、上昇!」セラの声が響く。
次にレイナが静かに近づいた。
その瞳は優しく、けれど芯が強い。
「……シュン、あなたならできるわ」
囁くような声。
その瞬間、頭の中が真っ白になる。
ドクン――ドクン――!
指輪が真紅に染まり、床の魔法陣が震え始めた。
「もう限界ね」
セラが立ち上がる。
ゆっくりと歩み寄り、俺の胸に手を当てた。
「さて、勇者くん。
私が“最後の試験官”よ」
「ちょ、殿下、それ以上は――」
「静かに。これは科学のため」
彼女の唇が、近づく。
心臓が爆発しそうになる。
ドクン!
ズドォォォォン!!!
大広間が光に包まれた。
天井が吹き飛び、空に巨大なハート型の炎が描かれる。
煙の中で、俺は膝をついた。
魔力は暴発したのに、なぜか不思議と身体は軽かった。
セラが笑う。
「合格ね。
あなたは“欲”ではなく“想い”で心を動かした。
臨界値を超えても、自我を保ったわ」
レイナが駆け寄ってくる。
「よかった……あなた、本当に無事で……」
リナも泣きながら抱きついた。
「勇者様、すごかったです!」
その瞬間、再び指輪が光り出した。
「……おい待て、今光るな!!!」
再び――爆発音が夜空に響いた。
その夜、王都の空にはまだ炎の跡が残っていた。
俺は屋上で、三人の女性と並んで座っていた。
「ねぇ、シュン」
レイナが静かに尋ねる。
「あなたは、誰のために“心動”するの?」
俺は少し考えてから、笑った。
「……誰かのため、じゃない。
俺が、ちゃんと生きてるって実感するために、だ」
三人の瞳が優しく光った。
リナが頬を染めて言う。
「じゃあ、これからも……ドキドキ、させてあげますね」
セラは小さく笑い、ワイングラスを掲げた。
「まったく、騒がしい勇者ね。でも――嫌いじゃないわ」
二つの月が輝く王都の夜。
俺の心は、また静かに燃え始めていた。




