王女の研究室:合法的に不合法
封鎖四日目。
学院の空気は完全におかしくなっていた。
恋の非常ベルはもう鳴らない。
代わりに、廊下のどこかで常に聞こえる。
――誰かのため息。
――誰かの心拍。
俺は廊下を歩きながら、ぼそっとつぶやいた。
「これ、もう魔導院ってより恋愛牢屋だな……」
「おっ、勇者くん。ちょうどいいところに。」
甘ったるい声が背後からした。
振り返ると、セラ王女が優雅に立っていた。
相変わらず完璧な笑顔。完璧な上から目線。
「新しい研究施設、作ったの。」
「研究? また俺を爆発させる気か?」
「違うわ。今回は“合法的に不合法”な研究よ。」
「合法なのか不合法なのか、はっきりしてくれ!」
「つまり――法律上セーフ、倫理的にアウト。」
その笑みが、嫌な予感しかしなかった。
*
新設された「心動研究室」。
机の上には謎の水晶、心拍センサー、なぜかベッド。
「なんでベッドあるの!?」
「魔力伝導の実験よ。」
「嘘つけ!!」
セラは涼しい顔で答える。
リナは白衣姿で記録用紙を構え、レイナは顔を真っ赤にして腕を組んでいた。
「……ほんとにやるの?」
「科学的にね。」
「だからその“科学的”って万能じゃねぇから!」
「はい、実験開始。」
セラがパチンと指を鳴らすと、部屋に淡い光が満ちた。
水晶が脈打ち、三人の魔力がゆっくりと俺の体へ流れ込んでくる。
「うおっ、ちょ、なんか熱いぞこれ!」
「心動の波形を観測してるの。抵抗しないで。」
「抵抗しないって無理があるだろ!? 背中ぞわぞわするんだけど!!」
「いい感じね。理性の限界を測定するわ。」
セラが計器を操作しながらにやりと笑う。
「ねぇ王女様、それ理性が崩壊したらどうなるんです?」
「知らないわ。面白そうじゃない?」
「笑ってる場合かぁぁぁ!!!」
やがて、魔力が頂点に達した瞬間――
ピカァッ!! 水晶が爆ぜ、白煙が立ち込めた。
「なにこれ、データが読めない!」
リナが叫ぶ。
「落ち着けリナ、消火魔法!」
「詠唱中! けど……なんで勇者の服だけ焦げてるんですか!?」
「俺に聞くな!!!」
煙の中から、ボロボロの服で立ち上がる俺。
セラは口元を押さえ、くすっと笑った。
「……いいわね。勇者の研究材料って、眼福だわ。」
「やめろそういう目で見るなぁぁ!!」
「シュンくん、データを確認しますね。」
リナが近づき、俺の胸元に手を当てた。
「脈拍数……うわぁ、理性反応値が0です。」
「0って!? 人としての尊厳なくない!?」
レイナが小さくため息をついた。
「まったく……王女もリナも、少しは加減しなさい。」
「えっ? 加減って、嫉妬ですか?」
「ち、違う!!!」
パリンッ!! 魔力計が割れた。
――レイナの心動波、上昇中。
「なるほど……これが“嫉妬と理性のファイアウォール”の延長ね。」
セラがメモを取りながら言う。
「レイナ、あなた今、心動値がピーク。
次にやるべきは、そうね――勇者への直接接触。」
「な、なに言ってるの王女様!?」
「実験よ。」
「その“実験”万能カードやめろぉぉ!!!」
最終的に、俺は三人に囲まれてベッドの上。
逃げ場なし。理性どころか呼吸も怪しい。
「ほら、勇者。心臓の鼓動を感じさせて。」
セラが顔を近づけてくる。
リナがメモを取る。
レイナは頬を染めて目を逸らす。
(おいおい、俺、死ぬ前にモテ期くるタイプ!?)
「……これ以上は危険です。魔力が溢れます!」
「ダメよ、もう少し観測――」
ドンッ!!
部屋の天井が吹き飛んだ。
煙の中、俺は倒れていた。
そして三人は息を切らせながら、俺を見下ろしていた。
「……もう、無理。」
「でも、成功したわ。」
「“三重心動”完全記録……」
リナの声が震える。
かくして、王立魔導院史上初の
「合法的に不合法な恋愛実験」は終了した。
――爆発音と、三人のため息とともに。




