王都炎上編・序
――三日前。
竜の谷でミアに告白し、世界を一度“溶かした”俺たちは、
何事もなかった顔で王都へ戻っていた。
……いや、何事もなかった顔をしてるのはミアだけだ。
俺は完全に恋愛爆心地の残留魔力で頭がぐるぐるだった。
「ミア、あの、昨日のこと、覚えてる?」
「どのこと?」
「泉で、俺……その……」
「爆発した件?」
「違う! そっちじゃなくて!」
「告白? あれ、地震の一因として報告書にまとめた」
「やめてぇぇぇぇ!! ロマンが灰になった!!」
ミアは首をかしげる。
この氷の女、照れって概念がバグってる。
王都イグリアは、前回燃えた時より少しだけマシになっていた。
街角には「火災保険再加入キャンペーン」のポスターが貼られ、
市民は笑顔で言う。「今回は爆発しないよね?」
――その“今回は”って何。
俺の胸の奥がざわつく。嫌な予感しかしない。
「ただいま戻りました!」
ギルドに顔を出すと、カウンターの向こうでレイナが微笑んだ。
「おかえり、シュン。……また少し焦げ臭いね」
「気のせいだ。あれは情熱の香りだ」
「その情熱で街を三回燃やした人が何か言ってる」
「うぐっ」
レイナは少しふくれっ面。
隣のリナが腕を組み、じろりと睨む。
「ミアと二人で旅? しかも温泉まで?」
「いや、修行だって! 鍛錬! サウナ的な!」
「サウナで告白ってどんな文化?」
「……バカップルの文化」セラが通りすがりに呟いた。
「違う! バカでもカップルでもない!!」
その瞬間、ギルドの照明が一瞬チカッと光った。
心動値が上がったせいだ。
「おい、落ち着け。停電するぞ」
「してる!!」
ギルド外の広場では、なにやら人だかり。
中心で叫ぶのはセラ――王女にして、相変わらずの演説魔。
「恋愛禁止令、改訂します!」
「またかよ!」
「今後は“勇者限定許可制”に変更します!」
「なんだそのピンポイント法律!!」
「だってあなたが爆発するからでしょ!」
「俺のせい!? 世界の法体系どうなってんの!?」
市民がざわざわ。
レイナ、リナ、ミア、セラ、全員が俺を見る。
その瞬間――俺の心臓が、ドクンと鳴った。
(やば……全員見てる……これ、絶対何か起きる)
ドンッ!!
光が弾け、王都中央塔が再び爆発。
火柱が夜空を裂き、花火のように光が散った。
「またぁぁぁぁぁ!!!」
「消防団、出動ー!!」
「勇者の心、鎮火を急げー!!!」
周囲が混乱の中、ミアが俺を睨む。
「……またやったわね」
「俺じゃない! 見られただけで心動しただけで!!」
「それを“やった”って言うのよ!!!」
夜。
王宮に呼び出された俺は、セラと対峙していた。
「王都被害、三回目。さすがに庇いきれないわ」
「俺、そんなに燃えてるかな……?」
「ええ、あなたの存在がもはや火器指定。
魔法省では“歩く恋愛災害”と呼ばれてる」
「ひどいあだ名だ!!」
セラは静かに立ち上がった。
その表情は、少しだけ寂しそうだった。
「……シュン。あなたを国外追放する」
「え?」
「心動魔法の危険性を、あなた自身が理解するために。
そして――私たちの想いも、整理する時間が必要だから」
沈黙。
背後で、レイナが唇を噛み、リナが目を伏せた。
ミアだけが、俺を真っ直ぐ見つめていた。
「行きなさい。けれど、戻ってきなさい」
「……わかった」
俺はゆっくりうなずいた。
胸の中で、炎が小さく燃える。
(追放されたって、俺は止まらない。
“心动”がある限り、世界はまた動き出す)
その夜。
王都の空に、まだ微かに火の粉が舞っていた。
レイナが呟く。
「……やっぱり、好きなんだな、あいつの馬鹿さ」
リナが頷く。
「次会う時、ちゃんと伝える。もう逃げない」
ミアは静かに空を見上げた。
「彼がいないと、世界が静かすぎる」
そして、炎の勇者は旅立った。
新しい心動を探しに。
誰かを、再び動かすために。




