胸と爆炎のはざまで
死んだ――と思った瞬間、世界が熱かった。
白い光に包まれて、視界がぐにゃりと歪む。
耳鳴りがして、頭の中がぐちゃぐちゃになる。
そして次に目を開けた時、俺は――全裸で土の上に寝転がっていた。
(……あの世って、こんなに寒いのか?)
冷たい風が尻に直撃して、変な声が出そうになる。
周りは見たことのない巨大な樹木。
空には、でかい月が二つ。しかもピンク色。
(……え? 二つ?)
完全に理解不能だ。
もしかしてこれ、夢? それとも……噂に聞く“異世界転生”?
「……あの、そこの方?」
後ろから声がした。
振り向くと、銀色の髪をした女が立っていた。
腰まで届く長髪、白いローブ、そして――目が、宝石みたいに輝いてる。
思わず息を呑んだ。
(やばい、美人すぎる……!)
しかも胸元の開きが、物理法則を無視している。
俺は慌てて視線をそらした――つもりだった。
「あなた、召喚された方ですか?」
「え、えっと……そう、かも。たぶん。ていうか、まず服を……」
「服?」
彼女は首をかしげた。
その拍子に、胸が――いや、やめろ俺。見るな。見ると――
――ドンッ!!!
地面が爆発した。
「きゃあっ!?な、なに!? 魔力暴発!?」
俺は吹き飛ばされて、尻もちをついた。
煙の向こうで、彼女が俺を見ている。
その目が、まるで化け物を見るようだった。
(お、俺がやったのか……?)
視界に青いウィンドウが浮かんだ。
【スキル獲得】
『心動魔法』
条件:心拍数上昇時、自動発動。
効果:感情に応じて属性魔法を放つ。
例:恋慕=炎、羞恥=風、怒り=雷、悲哀=水。
(は? 心拍数? つまり……ドキドキしたら爆発?)
俺が呆然としている間に、彼女が近づいてきた。
美しい顔が、すぐ目の前に迫る。
その距離、わずか二十センチ。
柔らかい香りが、鼻先をくすぐる。
――ドキン。
胸が鳴った。
次の瞬間。
ボオオオオッ!!!
後ろの木が燃えた。
「ちょっ!? 今の、またあなた!?」
「ち、違っ、いや違わないけど違うんだ!!」
あたふたする俺を、彼女はじっと見つめた。
そして、一瞬で状況を把握したようにため息をつく。
「なるほど……あなた、感情共鳴型の“ハートリンク”持ちね」
「え、何それ、そんなに珍しいの?」
「珍しいどころか……絶滅したはずの魔法です。
心の動きがそのまま魔力に変わる――昔、神に近い力を持つ者たちの系統よ」
「神に近いって言われても、俺ただの社畜だし……」
「社畜?」
「あっ、いや、こっちの言葉で“下級戦士”みたいな……」
「ふむ、あなたは異界から来たのですね。では、正式に名乗らせてください」
彼女は胸に手を当て、優雅に一礼した。
その仕草がまた危険だった。
「私はレイナ・エルミナ。王国魔導院の主任術師です」
(主任……って、頭良さそうでエロい響きだな)
――ボンッ!!
今度は地面から火柱が上がった。
「また!? あなた、制御できないんですか!?」
「できるか!! 男の生理なめんな!!」
レイナはため息をつきながら杖を構えた。
杖の先から冷たい風が流れ、炎が一瞬で消える。
「ふう……心が乱れれば世界が燃える。まるで昔話の“紅蓮の王”ね」
「俺そんな物騒なもんになりたくねぇよ!」
俺は頭を抱えた。
でも、心のどこかで笑っていた。
生きてる実感が、久しぶりにあった。
日が沈み、森の中に小さな焚き火が灯る。
レイナが簡易のローブを貸してくれ、俺はようやく服を着た。
「あなた、本当に異界の人なのね」
「まあ、死んだらここに来てたから、たぶんそうだな」
「死……?」
「ああ、トラックっていう鉄の獣に轢かれてな」
「トラック……鉄の獣……やはり伝説の召喚だわ」
「いやいや、伝説とかじゃなくて事故だって」
会話のたびに、彼女の笑い声が優しく響く。
その声を聞くたびに胸が跳ねて、焚き火が少し大きくなった。
「……ねぇ、あなたの名前は?」
「高坂瞬。日本から来た、ただの平凡な男だ」
「いいえ、瞬。
あなたは、感情で魔法を操る最後の“心動者”。
この世界を救えるかもしれない人よ」
彼女の目が、炎に照らされて赤く輝く。
その瞬間――俺の心臓が、大きく跳ねた。
焚き火が天まで届くように燃え上がる。
「……やっぱり、制御できねぇな……」
レイナが笑う。
「いいじゃない。ドキドキする世界って、素敵よ」
その笑顔に、また世界が少し燃えた。




