マヒルの実習は危ない
夜の阿夜花町を並んで歩くマヒルとイルナイン。その目的はこの町で起こる切り裂き事件を解決するためである。
「あの、先輩。聞いてもいいですか?」とマヒル。
「うん。どした〜?」
「私たち当てもなく歩いてないですか……?」
フフッと不敵に笑ってからイルナインが答える。
「当てならあるよ。見てみ〜、アタシを」
言われて見てみるも、ちっともピンと来ないマヒルは首を傾げる。
「ただの露出度高めの先輩です」
「そ! 切り裂き魔が人も狙うんなら、この狙い所たくさんのアタシの柔肌狙ってくるっしょ〜」
「なるほど……」マヒルは考えることを放棄した。
そんな彼女がふとイルナインの方を見ると、それまでお気楽なことを言っていた者とは思えない真剣な表情になっていることに気づいた。
「先輩?」
「どうやらマジでアタシの柔肌めがけて来てくれたみたいよ〜」イルナインはまっすぐ前を見据えて耳のピアスに指を添える。
その様子を確認してマヒルも前を向く。10数メートル先からゆらりゆらりと人型のぼんやりとした何かがこちらに近づいてきている。
「マヒル、あの妖魔見えてる?」
「は、はい。ぼんやりと、ですが……」
「なら無問題、実習開始で!」その言葉とともにイルナインは後方へ下がる。
今さらながら2人の言う実習とは実習生であるマヒルが妖魔を滅消、それを監督生であるイルナインがチェック及び必要であれば手助けするというものである。
「急すぎ、ですねッ!」とマヒルは耳のピアスに指を添え、なにやらつぶやき始めた。
「えっと……。我、風の精霊に命ず。其が風刃によって、我が前のさまよえる妖魔を微塵と成せ!」
それを言い終えると同時にマヒルのピアスから緑色の光が溢れ、彼女の前面からは無数の風の刃が妖魔に向けて飛んでいく。
しかし後ろから見守っていたイルナインは首を振り、「気持ち足りてないよ〜」と一言。
瞬間、風の刃は勢いを失い、ぼんやりとした妖魔の表面を撫でて消えた。
その刺激が作用したのか、妖魔は段々とその姿をハッキリとあらわしはじめる。黒のタートルネックに黒のスキニー、黒髪のやつれた男が見えてきた。その手にはサバイバルナイフが握られている。
そんな妖魔の男が不気味な笑みを浮かべて口を開く。
「なんだぁ、キミもボクと同じじゃないかぁ」
その時、マヒルとイルナインの呼吸が一瞬止まった。
「ウソでしょ……」どちらからともなくこぼれた声。
この反応は当然。対魔養成学校では、妖魔は基本的に意思を持たないものと教わる。例外はあれど意思を持つものはA級の妖魔として扱われ、歴史上でも数体しか確認されていないのだ。
そんな理由から緊張感を帯びた声でイルナインがマヒルに指示を飛ばす。
「マヒル、実習は中断ね。今からアタシらはあの推定Aクラス妖魔を2人で封印、無理なら滅消。オーケー?」
「りょ、了解です! ですが私は妖魔の封印はまだ……」
「わかってるよ〜。だからマヒルはアタシのフォローお願い♪」
そう言うとイルナインはマヒルの前に出てヘソのピアスに指を添えて叫ぶ。
「顕現せよ、陽光の檻ッ!」
掛け声とともに妖魔の四方八方を光の格子が囲む。
ここでイルナインが行おうとしている一般的な妖魔の封印方法を説明しておこう。まず妖魔に対して拘束や攻撃をして対象の妖力を削る。そして弱ったところを器に封印する。それだけ。ただそれだけがAクラス相手では一筋縄とはいかない。
しかしそんな不安をよそに、閉じ込められた妖魔は最初こそ脱出を試みていたものの、檻に触れる度に彼の妖力はみるみる削られていき、ついには観念したのか座り込み、ひとり言をこぼす。
「なぁんだ、キミはボクとはちがうのかぁ……」
これにたまらずマヒルが恐る恐る近づきながら尋ねる。この時、マヒルたちと妖魔の距離5メートル。
「あの、さっき言ってたあなたと私が〝同じ〟ってどういう……?」
「キミもボクみたいにキレイなものに傷を付けたい人なのかなぁってさぁ」
すかさずイルナインが割り込む。この時、両者の距離3メートル。
「マヒル、マトモに聞くことないよ〜。それよりアンタ、ナニモノさん?」と妖魔に訊いた。この時、両者の距離わずか1メートル。
「ヒヒッ、それはボクも知りたいなぁ。でもそれよりいま知りたいのはぁ……」
言いながら妖魔はたちまち檻を切り壊し、イルナインに飛びかかっていく。
次の瞬間、マヒルは顔に熱いものが飛び散る感覚を覚えた。ぬぐって見てみると手にはイルナインの鮮血。
「ヒィっ!?」マヒルは完全に腰を抜かしてしまう。
目の前では檻を脱した妖魔が高らかに、いやらしく笑っている。
「ヒャハハッ! 思った通り、良〜い切り心地ぃ♡」
呆然とするマヒルに地面に横たわったイルナインが叫ぶ。
「逃げて、マヒルぅッ!!!」
その声に我にかえったマヒルはあろうことか耳のピアスに指を添えていた。
「さっきは刃のイメージが足りなかったんだ。今度はもっと……」
呟き、反省をする間にも妖魔はマヒルにゆっくりと近寄る。
「今度はぁ、キミだねぇ」と舌なめずりをする妖魔。
マヒルは早口で詠唱を始める。
「我、風の精霊に命ず。其が風刃によって……」
ザシュッ――
突然聞こえた音にマヒルが顔を上げると、背中から胸にかけて日本刀で刺し貫かれた切り裂き妖魔の姿。
「ボクが……切られた……?」その言葉を残して砂のように崩れ落ち、切り裂き妖魔は霧散した。
代わりに日本刀を握り、二本足で立っている人間大のイタチが残った。
イタチはドスのきいたシブい声で呟く。
「切ったんじゃねェ、刺したんだ。木っ端が……」
マヒルの思考は再びその機能を停止しようとしていた。
自分の前にいるイタチは明らかに妖魔だ。しかし問題はこのイタチも人語を操っていること。歴史上でも数体しか確認されていない意思を持つ妖魔、Aクラス妖魔が同じ日、同じ場所に存在した。これは明らかに人類を脅かす異常事態である。
ここまで考えが行き着いてマヒルの脳はショートした。
「あははっ、もう無理! もう考えたくないッ!」
夜空に仰向けになってマヒルは目をつむる。そうして確実に迫る死をただ待つことにした。
ヒタリヒタリと足音が近づくにつれてマヒルの心拍数も上がっていく。足音が止まった時には彼女の心臓ははち切れそうになっていた。
そこから数秒の静寂。
耐えきれないマヒルは心のなかで死を乞い願い始めていた。「早く、楽にして……」と。
しかし次に聞こえたのは死の宣告ではなく、イタチ妖魔の疑問の声だった。
「ナニモンだァ? オマエ……」
その問いはどうやらマヒルに対してではなく、ましてやイルナインに対してでもないようだ。
問われた相手を確かめるためにマヒルが目を恐る恐る開けようとした時。
「こっち見んな」夜道に響く同年代くらいの少年の声。言い方こそ冷たいようだがその声色は穏やかなもので、マヒルを少しだけ安心させた。
言われた通り見ないように目を閉じ続けるマヒル。
すると自分のすぐ横を少年が走り抜ける音とともに彼の声が響き渡る。
「ハモン式封印術、穴紋の誘いッ」
ズゴゴォッ――
何かを吸い取る凄まじい音とイタチのおぞましい叫び声が十数秒間その場を支配した。それが終わるとマヒルの頭上からまた少年の声が。
「あれ、マヒル……?」
その声にマヒルが目を開け、声の正体を見据える。ぼんやりとしていた輪郭が段々ハッキリとしてくるにつれて、その顔は昔から少し変わりはしたが、よく知っているものだと分かった。
「フウジュ、くん……」そう呟いたところでマヒルは気を失うのだった。
毎週とか言ったんですけどやっぱり書けたら投稿していくスタイルにしたいです。よろしくお願いします!




