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第二章 隠れた存在-2

東京都千代田区霞ヶ関。

日比谷線、千代田線、丸の内線など、各種の営団地下鉄の路線が交わるこの駅を上がってすぐ、日比谷公園の道路を挟んで向かい、中央合同庁舎第5号館。

厚生労働省

モノリスの小型版のような灰色のプレートのほぼ真中に、ゴチック体でプリントされた文字を見ていた。

霞ヶ関――日本の省庁の中心地。

厚生労働省だけではなく、農水省、国土交通省、警視庁、経済産業省など、ありとあらゆる庁舎が道行く人を見下ろす場所。

自分とは縁の無い場所、と思っていた場所に幸人は立っていた。

しかし、自分よりもっと縁遠いと思われる存在が傍らにいた。

沙羅だ。

大学生と小学生の二人組が、庁舎の前にいる。

学生の幸人だけなら、夏休みを利用して見学に来ているという説明は容易につく。が、社会見学の団体でもない小学生がここに来るのは、よっぽど夏休みの自由研究で他人とは違うことをやりたいのだな、という想像ぐらいしか一般人には浮かばない。

部屋から出た後、英治は幸人の荷物を受け取って探偵事務所へと戻った。後で落ち合おう、と言いながら。最初は幸人と一緒に行くことを主張していたが、沙羅の『子供に重い荷物持たせる気?』という一言でやり込められてしまった。

で、落ち合う場所となったのがなぜか厚生労働省の十九階。

訳も分からぬ幸人に、沙羅は、

「そこで全部説明するから」

の一言で幸人の質問の口を封じてしまった。

ここに、一体何があるっていうんだ?

威圧的に見下ろす建物を見上げる幸人。

「行くわよ」

幸人が視線を下げた時、沙羅は庁舎入り口のゲートに向かっていた。


「調子は?」

ブラインドを下ろしたままの窓際の事務机で、初老の男が訊いた。

スライド式書架が並ぶ薄暗い部屋にいるのは、彼ともう一人だけだった。

「なんとか」

机の前で彼と対面しているのは、皺一つ無い緑のスーツを完璧に着こなした女性であった。

古臭く言えばおかっぱとも言うのだろうか、コンマミリ単位で切りそろえられたショートヘアに、銀縁の眼鏡。ほっそりとした顔立ちに似合わず、胸元はスーツを窮屈に内側から押し上げていた。野暮ったい眼鏡と髪型でなければ街に繰り出す度にナンパされそうなほどの美形だ。

初老の男は、少し薄くなりかけた銀髪をオールバックでごまかす様に塗り固めていた。視線は鋭く女性の胸元――には行かず、きっちりと眼を見つめていた。

専務とその美人秘書、と言えばぴったり来るのだろうか。

「で、用件とは?」

女性のその口調は、秘書が受け応えするのとは違っていた。

「ハンターが入国した――武器も一緒に」

「……またですか?」

ため息で間を置いてからでた女性の声は、触れると切れそうなシャープさがあった。

「海保は何をやってるのかしらね? 人の流れは食い止められなくても、武器さえ食い止めてくれれば変なごたごたも減るのに」

海保、とは海上保安庁のことだろう。武器とは、もちろん日本では非合法のものばかりを指している。

「今回は海保の責任じゃない。武器は空路で運ばれた。判明したのはおろしたあとだ。どんな方法で通ったかは不明だ」

「ふん……ハンターもハンターよ。自分の国で古臭い英雄ごっこやっていればいいのに、わざわざ他の国まで出向いてくるなんて。迷惑も良いところだわ」

「そうとがるな。ハンターは呼ばれて日本に来たらしい。今のところ判明している情報はここに入れておく」

男は事務机の上に封筒を置いた。

「分かりました。できるだけこっちでやってみます。あの子達は別の仕事が入ってますから」

女性は封筒の中身を確認せずに傍らの鞄に入れた。

「別? どっちのだ?」

「本来の方、ですよ。多分そろそろ――」

女性の背後でノックする音が聞こえた。


返事は無かった。

厚生労働省、中央合同庁舎第5号館、十九階。

ずらりと並ぶ灰色のドア。そのうち目の前にある四番と表記されたドアだけが開放されていた。

厚生労働省図書館。

平日は第四木曜日を除いて開放されている公共の施設だが、休日に開放しないと利用しにくいんでは、と幸人はお役所的な考え方に前から思っている不満を思い出した。

しかし、沙羅はそこから外れて四つ隣にあるドアに幸人を導いた。

何の表記も無い――いや、ただ『0番』とだけ表記がされていた。

なぜか沙羅はノックしかけた手を戻し、幸人に無言でその役目を譲った。

いつものことながら無口・無表情なのだが、どことなしにため息を漏らしそうな感じがするのは気のせいか。

反応が無いので二回目のノックを試みようと手を伸ばした時、中から声がした。

「どうぞ」

女性の声だった。それも、最近どこかで聞いたことのある。

「失礼します」

大学入試の面接のような緊張感で、幸人はノブに手をかけた。

「こんにちは、幸人さん」

「!? あなたは……」

幸人は声を詰まらせた。

切りそろえた髪型、銀縁眼鏡、そしてシャープなスーツの着こなし。

それは彼が最初に依頼した探偵事務所――加嶋探偵事務所の探偵だった。


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