第一章 消えた姉-3
給湯室でコンロに点火する音が聞こえた。
衝立の向こうは、ドラマで見るような探偵事務所の光景が広がっていた。半開きのブラインドがかかった窓、その前には書類が平置きで積まれたスチールデスク。
スチールデスクと衝立の間には、幸人が座っているソファ二つとローテーブルの応接セット。
ドラマともうちょっと違うかと思ってたのに、と視線を巡らしていた幸人の前に、事務所の主が名刺を差し出した。
「じゃ、改めて……黒崎探偵事務所の黒崎英治。よろしく」
「あ、はい、島原幸人、大学生です」
返す名刺が無いため、両手で受け取って腰を下ろそうとした彼に、英治が右手を差し出した。
それが握手だと理解して右手を差し出す幸人。
握り返す英治の握力の強さに、幸人は頼もしさを覚えた。握力の強さは意思の強さ、と聞いたことがあったからだ。
「うんうん、見た目よりはたくましいな」
「は、はあ」
何故か空いている左手で幸人の右手をさする英治。
「え……と」
なかなかその手を離さないので、ためらいながらも声をかける幸人。
「おっと、こいつは失礼。どうぞ、楽にして」
離す手がなんとなく名残惜しそうなのは彼の気のせいか。
「じゃ、二・三質問させてもらおうか。正直に答えてね、大事なことだから」
「はい」
「歳は?」
「十九です」
「へえ、大学生?」
「はい。二年目です」
「サークルとか入ってる?」
「いえ、特には……」
「じゃ、趣味とかは?」
「え……と、読書と音楽鑑賞、あと、たまにドライブとか」
「ドライブか、彼女と?」
「いえ、たまに姉を乗せるくらいで」
「もったいないなあ。好きな子とかいないの?」
「あ、あの、これって仕事に関係あるんですか?」
「うんうん、大事大事。正直に答えて」
「いえ、今は特には……」
「そうかあ」
そういって少し身を乗り出す英治の鼻先に、ティーポットが突き付けられた。
「はい、お茶」
「うわっと、沙羅、あぶねえじゃねえか」
それには答えず、良い薫りを漂わせるカップをテーブルに二つ置いた。
「あら、あなたが頼んだんでしょ」
「メイドならもっと丁重にしろって」
「あら、申し訳ありません、旦那様」
全然感情はこもってないくせいに、最後の言葉だけはわざとらしく強調する。
「それより、依頼内容とかちゃんと聞けたんでしょうね?」
まるで大人のような口調だが、ませているといった感じは微塵も無かった。むしろ冷めたような口調だ。
「こ、これから聞くところだよ」
「え? じゃ、今までの質問は……」
「ああ、気にしない気にしない。ま、前置きだと思って。じゃ、ここに来た理由、教えてくれるかな、最初から」
「は、はい……」
なんとなく腑に落ちないものを感じながらも、幸人は本題に入った。