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第六章 シルバー・エッジ-7

「英治……さん?」

両足で立ち、破れたとは言え衣服をまとっていなければ、それはまさしく狼そのものであった。

「……ふふ……」

美由紀が、幸人に続けて沈黙を破った。

「なるほど……吸血鬼がいるんだもの、狼男がいても不思議じゃないわね。でも……それがどうしたっていうの!?」

美由紀が英治に突進した。途中で垂直にジャンプし、宙で回転して天井に脚を付く。

英治を翻弄した空中殺法。しかし前の時よりも数倍脚にばねを利かせて勢いを溜め込む。

しかし。

「なっ!?」

床を見上げた美由紀の視界に、跳躍する銀狼が跳びこんできた。

姿勢を崩して真下に着地する美由紀。その後方に、美由紀の十八番を奪う形で天井から跳躍した英治がひらりと降り立つ。

それを振る向く間もなく、銀狼が美由紀に突進。

「ぐっ……」

すれ違いざまになぎ払った四本の爪が、美由紀の腹部を深くえぐっていた。

姿勢を低くした銀狼が、牙を剥き出しにした。構造上、狼の口では言葉を発し得ない分、その表情は威嚇とも嘲りともとれた。

その顔が残像を残して消えた。

再度、銀狼が脇をすれ違ったのだと理解したのは、右腕にできた四本の平行線と化した傷から吹き出す血飛沫が空気を染めた時だった。

「やめて、姉さんが死んじゃう!!」

駆け寄ろうとした幸人を、沙羅の小さく力強い腕が制した。

「だめよ」

「沙羅ちゃん……」

「傷つけない事が助けることなの?」

「!?」

デジャビュ既視感――いや、夢で経験した場合はそうといえるのか。

「あなたのお姉さんは、既に人の心を失っている。血を吸う存在であっても、どんなに人間離れした能力を持っていても、人の心を忘れない限り人は人。でも――」

「姉さん」

「きゃっ!?」

沙羅が今までに聞いたことの無いような感情を表に出した。

幸人が沙羅の髪で隠された背中に手を指し入れ、パイソンを取り出した。

相手が幸人だという油断があったとはいえ、たっぷり一秒はかかったその動作に手が出せないでいるとは。

「待って、英治さん」

「ガッ!?」

「ゆき……と」

既に出血多量で手が出せないでいる美由紀に、苦痛の無い一撃を送ろうとした英治の動きが止まった。姿形は変われども、その銀狼の中に英治は生きていた。

しかし――

「姉さん……本当は、苦しかったんだよね? あの時……『逃げて』って留守電に残した時、姉さんは戦ってたんだ。人間と吸血鬼の狭間で。そうだよね? あんな声、始めて聞いたよ……とても苦しそうだった」

幸人が、銃口をぴたりと姉の額に向けて歩み寄った。

「姉さんの気持ち、今になってやっと分かった気がする。小さい時、布団の中で僕に言ったこと、結婚のことで冷やかした時に見せた寂しそうな背中……だから、一線を越えちゃったんだよね、姉さんの中で。でも」

幸人の頬を、涙が一筋通った。

「本当は今が一番苦しんでしょう? 僕に永遠の命を与えても、それで永遠に生きても、それが本当に望んでいるものなんだろうかって――それに姉さん自身も気付いているんでしょう? だけど、もう引返せないところまで来ている……だから苦しいんでしょう?」

「幸人……」

「だから……ぼくがその苦しみを終わらせてあげるよ……他の人じゃだめだ……僕の、僕の姉さんだから……」

撃鉄を起こした。

引き金に掛かる力が、徐々に大きくなってきた。

夢の中で僕は――

引き金を引いたのだろうか?

引かなかったのだろうか?

それとも――

「ありがとう、幸人」

「姉さん……」

「でも、幸人の役目じゃないわよ」

「? 姉さん!?」

幸人は動けなかった。

英治も沙羅もその速さを眼で追うのがやっとだった。

美由紀が、幸人の震える手からパイソンを奪い、月光の降り注ぐガラス窓に背をつけた。

銃口を自分の胸に向けて。

「楽しかったわ……幸人」

「ね、姉さんっ!!」

「今度生まれ変わったら――別の家に――ううん、やっぱり同じ家に生まれたいわ。もう一度やり直すために」

「姉さんっ!!」

駆け寄る幸人。

「さようなら」

轟音が部屋を占めた。

美由紀の心臓を貫通した弾丸が、背後のガラス窓も打ち破った。

四散して遥か地表へと落下する破片に、美由紀の体が仲間に加わった。

感染者の宿命が美由紀の体を塵芥へと変えた。

月光を受けて煌く破片と塵が、遥か下の地表を背景に星空の小宇宙を作った。

ガラスの無い窓枠に手を付いてそれを見送る幸人。

姉を呼ぶ声が、いつまでもビル街に木霊こだましていた。


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