第六章 シルバー・エッジ-1
また夢か。
夢を見ているって事は、僕は眠っているって事なんだろう。
適度な疲労が熟睡をもたらす、って言うけど、こうやって夢を見るって事はそれほど疲れていないのかな? 沙羅ちゃんの指導、結構きつかったと思うんだけど。いや、夢は誰でも見るけど、目が覚めた時に覚えていることが少ないんだって聞いた事もあるし。
「いい? ただ銃口だけを標的に向けてはだめ」
沙羅ちゃんだ。
「っていうと?」
その横には僕が居る。それを自分が見ているということは、やっぱりこれは夢なんだろう。
「支えた両腕と銃口でつくるベクトルが、まっすぐに標的を狙うように。片手で撃つなんてのは余程慣れてる人がやること」
昼間の台詞と全く同じだ。
「さあ、やってみて」
「うん」
遠くで見ていたはずの自分が、いつの間にか沙羅ちゃんの横で銃を握っている自分に代わった。
引き金を絞った。
「やった」
「呑み込みが早いわね」
ここらへんは現実と違うのも、夢ならでは。
「じゃあ、次は動く標的が良いわね。あれなんてどうかしら?」
「え?」
夢を通り越して悪夢に変わった。
「姉さん?」
暗闇の向こうで、姉さんの後ろ姿がぼうっと映った。
「どうしたの? 姉さんを助けたいんでしょう?」
「どうしたのって、あれ、姉さんじゃ……」
「それで姉さんを助けられると思って?」
そんな、矛盾してるよ沙羅ちゃん。
「傷つけない事が助けることなの?」
何を――
姉さんが振り返った。
姉さんは悲しい顔をしていた。
――ええ、そうなの?
小さい頃布団の中で見せたような。
――そう……
台所で背中越しに見せたような。
ゆっくりと自分に近づいてきた。
悲しい表情のままで。
銃口が、姉さんの胸に触れた。
久しぶりに姉さんの顔を間近で見たような気がする。
夢なのに、現実よりもリアル感じた。
姉さんの口が開いた。
「っ!?」
幸人が眼を覚ました時も、雨はまだ降り続いていた。
窓ガラスを叩く雨の音は騒々しく、時折響く雷鳴は窓を更に震わせた。
夏だというのに、気味の悪いほどの冷や汗が額を伝った。
幸人は頭を振った。
夢の中身は良く覚えている。射撃訓練をしていたことも、姉が出てきたことも。
だが、最後だけが思い出せない。
引き金を引いたのか、引かなかったのか、それとも引けなかったのか。
そこだけが。
「二時半……」
傍らの目覚まし時計で時刻を確認した。確認して二つの事に気がついた。
「……いつのまに寝たんだろう?」
風呂から上がると、英治と沙羅がテーブルに食事を並べていた。どっちが作ったのかは聞いていなかったが、多分英治だろう。その後、英治の勧めでビールを飲んだような気がする。そういえば、沙羅が妙に慣れた手つきでお酌をしてくれたような。
そんな事をぼんやりと考えながら、幸人はもうひとつ気がついたことを確認しに居間に行った。
テーブルの上には食器が並べられたままだ。三人分の食器のうち、空なのは一人分だけ。残り二人分はほとんど盛られたときのままだ。
「沙羅ちゃん? 英治さん?」
返事は無かった。沙羅の部屋も、英治の部屋も鍵はかけられていなかった。一応ノックはしたが、反応がないだろうということは勘でわかった。
「こんな夜中にどこへ?」
玄関や窓はきちんと施錠されていた。ということは、二人が外出したことは確かなのだが、その理由が分からない。
幸人は事務室に移動した。そこだけぼうっと光が漏れていた。
光っていたのはモニタだった。英治が時々何かの調査で使用してらしい。今は標準のスクリーンセーバーがかかっていた。
何気なくマウスに手を伸ばす幸人。
「これは……」
元に戻った画面を、幸人は憑かれた様に見つめていた。