第一章 消えた姉-1
異常に暑い日だった。
八月上旬、小中高生も夏休み真っ盛りとは言え、この暑さは季節のせいだけではなさそうだった。
アスファルトの輻射熱、エアコンの排熱、二酸化炭素増加による地球温暖化現象――
思いつく限りの暑さの原因で自分を納得させようとした彼――島原幸人――は余計に暑くなるだけだと、その考えを払拭するかのように頭を振った。
「……う……」
が、それは余計に頭の温度を上げるだけであった。
「確か、このあたりで良いはずだよな」
そうつぶやいて汗でずれた眼鏡を元の位置に戻し、手にしたヨレヨレのメモと周りの状況を確認した。
駅から歩いて五分、商店街を抜けたあたりに三・四階建ての雑居ビルが立ち並んでいた。
普段ならさほど高くも感じないが、この暑さと妙に密集した雑居ビルの壁が、自分を押しつぶそうとしているのではないかという錯覚に襲われた。
暑さを紛らわそうと汗でへばりついたTシャツの胸元をばたつかせたが、蒸した空気が入り込むばかりだった。
まだ十代後半の若い体にもこの暑さは堪えたのだろうか。ほとんど空に近いデイバッグも重く感じる。事実、彼より元気なはずの子供達の姿さえ外には見えない。大人と一緒に中で涼んでいるのだろう。もっとも、それが最近では当たり前かも知れないが。
休息の場を求めてさまよう彼の目が、赤い直方体の側面を捉えた。
自動販売機だ。
薄汚れた雑居ビルの側面、ちょうど影に入った個所で自動販売機はエアコンプレッサーの唸り声を上げていた。
重い足取りで道路の対岸のそこまでたどり着き、歩きながら取り出していたコイン三枚を自販機に投入した。
缶が取出し口に当たる音はしなかった。待ちきれなかった幸人が先に手を突っ込んでいたからだ。
炭酸で息が詰まりそうになるのもかまわず、幸人は七秒で缶を空にした。
「……ふうぅ……生きかえ?」
『る』という最後の一言と共に缶を口から離した幸人の視線が止まった。
自販機の横、雑居ビルを上がる階段の側面。
幸人は慌ててメモを広げた。
「ここか……」
←黒崎探偵事務所(3階)
黒地に白い文字で書かれた表札がそこにあった。