第四章 ハンティング&サーチング-3
「いいんですかい?」
「何が?」
昼過ぎでも満席のファミレスの一角、妙にごつい男達五人と女一人のグループ。訊いたのは男で応えたのは女。
ファミレスとは不思議な場所だ。二十四時間年中無休という特殊な、そして多様化した現代では必要不可欠とも言っていい場所に、それこそ多種多様な人間がテーブルについて食事をし、話を弾ませる。そう、家庭では家族の人間がばらばらに食事をし、例え時間が合ってもテレビだけが雑多な情報を流し、それに見入るだけのご時世に。
「尾谷の事っすよ」
別の男が訊いた。先の男は横にごついが、こいつは筋肉質で本当の意味でごつい。そんな多種多様なごつい男達は、示し合わせたように革のベストをTシャツの上に着こんでいる。そう、いかにもイージーライダーを気取ったような出で立ちで。
「気に食わないの?」
それに応える女も同じように革のベストを羽織っているが、こちらはごついというより色香が漂っていた。ノーススリーブのはだけた胸元がそう感じさせるのかも知れないが。その上、豊満な胸には英文字のタトゥー。
Shoot My Heart
日高祥子だ。
「いや、ま、姉御のやることに文句はねえっすよ。それに、尾谷の奴も気に食わなかったし」
「後の方が本音でしょ?」
「ええ、まあ」
他の男達も同意の印に一様にうなずいて見せた。
「でも、あんな奴等いたんですね。吸血鬼を狩る……ヴァンパイア・ハンターってんですか」
「そりゃ、本物がいるんだもん」
「そうっすよね」
別の男がスキンヘッドをなでながら言った。ついでに、一番通路よりの彼がウェイトレスに追加のコーヒーを頼む。頼まれたウェイトレスは事務的スマイルを返しながらも、コーヒー一杯で粘るんじゃないわよ、と心の中で愚痴っていた。
「それに、あいつらハンターとはちょっと違うみたい。お上公認の調査員だってさ。まあ――」
祥子が艶っぽい唇を開いて一呼吸置いた。
「――似たようなモンでしょうけど。この前バラした外人みたいに」
歯先が覗いた。特に目立つ少し伸びた犬歯が妙に光っていた。
「姉御、お、俺達も早く……」
一番ごつい男が、体に似合わず懇願するような声を出した。
「そうね……じゃ、そいつらバラしてくれた人からしてあげよっかな」
「本当ですかい?」
声を出したのは尋ねた男一人だったが、他の男達の胸中も同じだったに違いない。
ちょうどウェイトレスがコーヒーのお代わりを持ってきた。が、祥子の最後の『してあげる』という言葉の意味をどう捉えていたのか、妙に赤くなっている。
それに構わず祥子は片手人一振りで高校生らしいバイトのウェイトレスを下がらせた頃、携帯の着信音が鳴った。
祥子はジャケット取り出した携帯に出ると、向こうの話しだけを聞いて何も言わずに切った。
「ふふ……動き出したみたい。相手は一人。まずはこれをバラしてくれた人から本当の意味でお仲間にしてあげるわ。誰が行く?」
祥子の問いに、男五人全員が手を上げた。
東京湾にぐるりと沿うように走る高速湾岸線。
そこを横浜方面からベイブリッジを渡って爆走する黒のシルエット。
ホンダCBR1100XX『スーパーブラックバード』。
戦闘機を思わせるフルカウルのブラックメタルボディのこのモンスターバイクは、積載した1137ccの4ストローク・四気筒エンジンの潜在能力を発揮すれば、時速300キロオーバーの怪鳥とも言うべき速度で地を疾走する。
しかし、今はむしろその黒いボディを誇示するかのごとく、時速100キロにも満たない速度で流れていった。
その大柄ボディでさえ標準サイズに見せてしまうくらいの大男が一人ハンドルを握る。
英治だ。
マシン同様、ガンメタル調の黒いフルフェイスのヘルメットを被り、薄くスモークがかかったシールドの奥から鋭い目つきが覗いていた。
「……もう少しだな」
メットの奥でそう呟いたのは、東京湾トンネルを抜けて、湾岸線と並走するモノレール『ゆりかもめ』が右手に見えた頃だった。
数十分前。
『尾谷が出入りしていた場所、わかったわ』
「ほう」
幸人に言い寄ろうとしていた彼の邪魔をした一本の電話。邪魔されて不機嫌な英治が取った受話器の向こうは、これまた沙羅が出るものだと思って期待外れで不機嫌な声の加嶋冬美。
『幾つかあるけど、その中でここ最近出入りが激しいのは……』
冬美はゆりかもめの停車駅の一つを上げた。
『そのすぐ近くに途中で建設が放棄されたテーマパークがあるの。あと十キロもいけばディズニーランドがあるって言うのに、よくそんなの対抗して作る気になったと思うけど』
「まあな」
『美由紀さんが行方不明になる少し前からだから、かなり重要な場所だとは思うけど、確証はないわ。まあ、尾谷を直接問いただして確認したほうが良いとは思うけど。急いては事を仕損ずる、っていうし』
「ふっ」
『何よ』
「いや何、俺がさっき幸人クンに言った言葉だと同じだと思ってな」
『も~、あんたの声聞いただけでもユーウツなのに、その上同じ台詞まで? 私、あなたと同じ思考だと思われるの、いっちばんイヤ』
「俺もだ」
『とにかく、今のところの情報は流したわよ。沙羅ちゃんにくれぐれもよろしくね。協力は惜しまないわ』
「それはそれは」
『言っとくけど、あなたのためじゃないのよ。沙羅ちゃんのため。私、沙羅ちゃんのためならな~んでもしてあげるから。そう言っといて』
「へいへい」
『生返事ね。とにかく、焦って駆けつけたりしないでね。それなりに準備を整えてから。いい?』
「ま、考えとく」
『ちょ……』
受話器の向こうの冬美の姿を想像しながら、英治は電話を切った。
インターを降りて一分。
黒い怪鳥と騎手は人影の無い寂れた道を徐行していた。
たまに大型トラックが通過するものの、そうでない時はトラックに合わせて施工された幅の広い車線が余計に寂寥感を起こさせる。
英治は路肩にバイクを寄せた。
リッターバイクにしては意外にも静粛なエンジン音が途絶えると、真の静寂が辺りを覆った。
「……」
ヘルメットを脱いだ英治は、冬美から告げられた場所――建設放棄されたテーマパーク跡――の入り口に視線をやった。
無機質で巨大なアーチが一人と一騎を見下ろす。
英治はアーチにかかる傾きかけた太陽の光をまぶしそうに睨みつけてから、バイクを手押しで移動させた。