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第三章 二人の犠牲者-1

「杉本から連絡は?」

「今のところ、まだ」

男性の声と女性の声。

その内容と組み合わせだけであれば、どこかのオフィスを連想させるものがあった。

事実、会話が交されているのは東京駅に近いガラス張りのビルの最上階。

しかし、その声の主の片方は場違いに近かった。

実用性よりも寝ることに使われるのではないかと思われる革張りの椅子に座り、オーダーメイドのスーツに身を固めた男は、明らかにこの部屋の主であった。まだ若さが残る三十代後半の姿を見れば、彼がベンチャー企業の若社長であることは誰もが想像するところであり、事実そうだった。

もう一方、場違いなのは机の向こうで彼の問いに答えた女性だった。

革のパンツにジャケット。幾らオフィスのエアコンが効いていてもこの季節に実用性があるとは言えなかった。茶髪を時折掻きあげると耳もとのピアスが目立つし、ノースリーブの胸元から覗く左側の乳房に英文筆記体のタトゥーが刻まれていた。

Shoot My Heart(私の胸を撃ち抜いて)

どう見てもオフィスレディーには程遠い。

それでいながら、男は当たり前のように女と会話し、女は当たり前のようにガムをくちゃくちゃ噛んでいた。

「ずいぶんご執心じゃない」

「お前ほどじゃない」

「あら、嬉しいこと言うわね。いつもそうだったら良いのに」

「無駄口叩くな。早く連れ戻せ。そのためにお前にもお前の仲間にもいろいろ援助しているんだ」

「はいはい、日高祥子、がんばりまっす」

おどけて敬礼する祥子を男は無視して話しを続けた。

「それと、尾谷はどうした? 弟の始末は」

「それがぁ、弟クンが探偵雇ったとかで鉢合わせたみたいよ。詳しくは知らないけど」

「早めに始末しろ。探偵が深く知る前にやれ。何ならそっちにお前の仲間を割いても構わん」

「は~い」

「それからだな」

そこで切り上げて部屋を出ようとする祥子を男が呼びとめた。

「何?」

「いくら裏口からとは言え、その格好で来るな。ここは俺の会社だ」

「いいじゃん、別にあんたのところの社員には見られてないわよ」

「な……」

続きを聞かずに祥子はドアを閉めた。

「何気取ってんのよ。あんただって……」

最後まで言わずに祥子は非常階段に向かった。


「祥子め……」

部屋に残った男は苛立たしげにガラス越しに東京の町並みを眺めた。

(この俺を……桂木慶一をなめてかかりやがる。最初の頃の従順さはどこに言った?)

ほとんど口に出しかけながら、慶一はもう一人の女のことを考えた。

「ま、あいつならうまく操れそうだ……!?」

ガラス窓に映る背後で何かが動いた。ドアを開いて何かが入るのが。

ノックも無しに自分の部屋に入る者を、彼は一人しか知らない。

「何だ、まだ言いたいことが……!?」

振り返る前に、彼に何かが風のように忍び寄った。

言葉を上げる前に、背後に回った存在に首を後ろから抱えられた。

社長室に、鈍い音だけが響いた。


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