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第二章 隠れた存在-4

「吸血鬼……ですって?」

「そう。吸血鬼、だ」

吸血鬼。

言葉は誰もが知っているが、その存在の本当の姿を知る者は果たして何人いるだろうか。

最初からフィクションとして創られた存在で有名なのは、かのドラキュラ伯爵。小説を元に映画・テレビ番組・コミックに派生し、そのうえ派生した先でも派生元である小説の分野でも、吸血鬼はその存在を広げていった。その中には、元の存在からかけ離れた者もいた。やたら怪物じみたものから果ては宇宙人まで。

だが、それはあくまでも想像の産物でしかないはずだ。

「それが……いる、と?」

ふざけるな、と言いたい幸人の台詞は、口から出るどころか胸の奥まで押し戻されてしまった。課長もそうだが、英治、冬美、そして沙羅の目も冗談で無いことを語っていた。

「その前に……君は『吸血鬼』と言われてどんな言葉が浮かぶ? どんな名称が? どんな特徴が?」

「それは……やっぱり『ドラキュラ伯爵』とか、太陽や十字架に弱いとか、蝙蝠に変身する、とか……」

そこまで言うと課長の口から押し殺した笑いが短く漏れた。

「な、何ですか」

「いや、失礼。あまりにも模範的な一般人の答えをするものだから。悪気は無いんだよ」

一息つくように煙を漂わす。普通のタバコよりきつい薫りに、幸人はむせそうになった。

「確かにそれは正解だ。フィクションの世界なら、ね」

「フィクションなら?」

「そう、フィクションの世界なら、だ。そこには君の言う吸血鬼は存在する。『血を吸う鬼』として。英語なら『ヴァンパイア』だが、語源をたどるとスラヴ語圏の言語の『吸う』と言う単語が使われているらしい。ま、これは今でも研究中らしいが。しかし」

課長は灰を灰皿に落とした。

「そのような者は存在しない、この世の中には」

「はあ?」

幸人の声は裏返った。散々じらしておいて、答えがこれだと言うのか。

「じゃあ、最初の質問は何なんです? まるで吸血鬼がいるような言い方だったじゃないですか」

「そう、確かに『血を吸う存在』はいる。この世の中に。だが、君が言うような吸血鬼は存在しない。いや、便宜上『吸血鬼』という呼び方もするがね。我々はそれを『吸血症感染者』と呼んでいる」

「吸血症……感染者?」

初めて口にする言葉に戸惑う幸人に、今度は冬美が説明を始めた。

「そう。正式には『急性吸血症候群感染者』。ここ――厚生労働省・医薬局・『吸血症候群対策課』ではそう定義しているわ」


急性吸血症候群感染者――または吸血症感染者。

この世の中には『血を吸う』衝動が抑えられない人間が確実に存在する。それは人間の血のみならず動物の血を欲する病気であり、むしろ精神病に分類されることが多い。

公に認められているのはそれだけだ――表向きには。

しかし、これらとは全く違う血を吸う存在がいる。

それが『急性吸血症候群感染者』だ。

どこが違うのか。それは肉体的にであった。

吸血症患者は見た目は全く普通の人間と変わりは無い。夜しか歩けない、ということも無く、普通の人間とほぼ同じ生活が出来る。しかし、中身は丸っきり別の物となる。

人の数倍、いや時として数十倍の筋力を発揮し、驚異的な新陳代謝・自己治癒力により、通常なら死に至るような外傷も異常な速さで完治する。その上、一度感染するとそれ以降老化現象が完全に止まってしまう。そして、その肉体を維持するには、個体差はあるが定期的に人血を摂取しなければいけない。

フィクションとも異なり、かつ普通の人間とも異なる不老の存在。そのメカニズムは今だ不明だ。

「でも、何でその吸血鬼、っていうか吸血症感染者を厚生労働省が?」

一通り説明を終えた冬美に幸人が尋ねた。

「元は『厚生省』にあったのよ、この課は。まあ、その頃からあくまでも隠された存在として設立されたのだけど。感染者と同じように」

いつから感染者が存在していたのかは定かではない。しかし、フィクションや伝説で語られる『吸血鬼』のうち、ほんの少しでも『吸血症感染者』を元に創作された物があるとしたら――その起源はかなり古いことになる。

日本で急激に感染者数が増え始めたのは戦後頃からだと推察されている。

事実、日本では『吸血鬼』に類する伝説は少ない。怪談で語られる妖怪変化の類は多かったが、『血を吸う人間』に関する伝承は極めて少ないことは、日本に感染者は少なかった事を暗に表していた。

そして、名実ともに国際化が始まった時期に増え始めたことは、海外から感染者が流入し、広まったことを意味していた。

「同じ厚生労働省に『麻薬対策課』があるのはご存知かしら? 国内の麻薬犯罪および海外からの流入を取り締る部署。それと同じように当時のお偉方は分類したのね。まあ、日本らしいといえば日本らしいけど」

「はあ……」

幸人はどことなく力が抜けたように感じていた。『吸血鬼』のイメージが、自分が想像していたものとかなりかけ離れていたからだ。確かに力があり、不老であると言う説明は自分が考えていた『吸血鬼の特徴』と一致していたが、それを除けば映画や小説で語られるような神秘さや幻想的なイメージからは遠い存在であったからだ。

それに。

「あ、と言うことは……僕達を襲ってきたのは?」

幸人は思い出した。彼らが言う『吸血症感染者』に符合する存在を。

「そ。あれは間違い無く感染者だな」

「あの動き、スピード、そして有り余る力を手に入れたばかりの感染者特有の傲慢さ。間違い無いわね」

英治に続いて沙羅が補足する。

「英治さん、それに沙羅ちゃん……君達は一体?」

幸人の問いに、冬美は待ってましたとばかりの満足げな表情で説明した。

「彼らは吸血症候群対策課公認のインスペクター。まあ、捜査官と言ったところかしら。ねえん、沙羅ちゃん」

冬美が沙羅に向けて放ったウィンクは、離れてみていた幸人にも分かるほど艶かしげだった。


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