プロローグ
アスキー・メディアワークス主催の電撃ゲーム三大賞(現:電撃大賞)の第9回(2002年度)の応募作品、二次選考通過作品です。
闇が、その空間を占めていた。
その空間を一条の光が縦に割って入った。
光は筋から縦長の長方形に面積を広げると同時に、その空間――窓一つ無い部屋――のコンクリート剥き出しの床面に光のヴァージンロードを作り出した。
部屋の一番奥、ドアから差し込むその光が途切れた所に、ハイヒールを履いた足元だけが映った。
光の中に人影が入り込んだ。
背格好からして男だろうか、戸口から伸びる影が部屋の奥の足元に届いた。
それを椅子に座った主は無言で見つめていた。少なくとも男にはそう見えた。
「……こんなところにいやがったのか」
男の億劫そうな言葉にも、暗闇に足元以外溶け込んだ女は無言で返した。
「どういうつもりだ? いくら逃げても無駄なことがわからんほど馬鹿じゃあるまい」
男がゆっくりと歩み寄り、女から半歩の所で止まった。
だが、女は俯いたまま無言を通した。
「戻って来い。あの方がお待ちだ」
返答は無かった。代わりに、顔を上げずに右手に握ったものを突き出した。
「気でも狂ったか? こんなものが何の役にたつ?」
女の手に握られていたもの――リボルバーの拳銃が自分の腹部に突きつけられているにも関わらず、男に動じた様子は無かった。
女の口元が僅かに動いた。
オモチャのように引き金を引いた。
「!?」
乾いた音と共に男がのけぞった。体を弓なりに反らし堪えようとしたところに、再度銃声が響き、男は背中を床にまともに打ちつけた。
「き……さま」
置きあがろうとする男に、女が馬乗りになった。
「くっ……まさか……こ、れは……」
腹部を撃たれた人間ならば誰もが感じる、ほて火照ったような苦痛。しかし、それ以上のものを男は感じていた。
「裏切る気か……俺が良くても、上が黙っちゃいないぜ……特にお前の恩人であるあの方がな」
額に脂汗をかきながら上半身を起こそうとした。
その左胸に銃口が押し当てられた。
「ひひっ、お前を苦痛から解放してくださったあの方に歯向かうとはな。地獄に落ちろ、とはこのことだ……ぐっ!?」
続けて三発の銃声。
「ぐ……ふぅ……」
男は荒い息を続けていた。女は撃つ瞬間、銃口を左胸から右胸にずらしていた。
銃口をまた左胸に押し当てた。すでに虫の息の男には、その動きを目で追うことしかできなかった。
女の口がまた歪んだ。無言なだけにそこに込められた殺戮への喜悦は計り知れなかった。
銃声が部屋を埋めた。
「……」
硝煙が漂う暗闇で、女は懐から何かを取り出した。
暗闇にグリーンのバックライトが点った。携帯電話だ。
馬乗りの格好のままで、女は憑かれたように画面を眺めていた。
女が携帯を操作したのは、その十分後だった。