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大魔法使いの弟子は世界を救う。

作者: ありま氷炎

「もう本当、あんたはダメなんだから!」

「ごめん」


 黒髪の少年が、長い銀髪に紫色の瞳の美少女に叱られている。

 これは南の塔ではよく見る光景だった。

 

 少年は、魔王討伐隊にも加わった大魔法使いレジーナの弟子であり十五歳。

 少女は、そのレジーナの姪っ子で、妹弟子の十四歳。外見の美しさも魔力もレジーナの後継者に相応しい天才魔法使いである。

 

 六歳の時に森で倒れていた少年を拾ったのがレジーナ。彼を弟子にすると宣言し、南の塔へ連れ帰った。

 大魔法使いレジーナには誰も逆らえない。

 しかし、レジーナの妹の家族だけは違った。

 妹の子、トレサは大魔法使いの後継者と言われるくらい魔力が高かった。六歳になれば必然的にトレサがレジーナの弟子になるはずだった。

 しかし、その前に森で拾った子供を弟子にしてしまったのだ。

 その子カルは黒髪に黒い瞳。東の民の風貌をしていたが、記憶を失っていた。レジーナはその子の親を探そうともせず、育てることを決め、南の塔へ籠ったのだ。

 妹一家は抗議に何度も言ったが、レジーナは言うことを聞かない。大魔法使いの意志を曲げることは流石に妹とは言え、できない。

 妥協策として、娘のトレサを二番目の弟子にする。そして週一回だけ魔法を教える。トレサは屋敷から週一回南の塔へ通うことになったのだ。


 少年カルは魔力が大変少ない子で、出来が悪かった。

 トレサとの力の差は歴然で、妹は何度もカルを孤児院に預け、トレサ一人を弟子にすることを進言した。

 レジーナは最初は聞き流していたが、あまりにもしつこいので、トレサに魔法を教えないと言い返した。

 すると妹は、カルを排除することを諦めた。

 理由は二つ。

 一つは、トレサの魔力が高すぎて、レジーナを教えられるような魔法使いを探すのは難しいこと。

 二つ目は、カルの魔力が低く、出来があまりにも悪いので、後継者になることはできないだろうという願望。

 カルが大きくなり手がかからなくなると、独り立ちもでき、諦めるだろうと妹は何も言わなくなった。

 代わりに、トレサがカルに悪態をつくことが多くなった。

 護衛を連れてトレサが家族と離れて塔へやってくるようになったのが、七歳。カルはその時が八歳で、七歳のトレサはまるで大人のように悪態をついた。しかし、外見とのギャップが激しくて、あまり効果のない悪態だった。

 しかも本人は親に言われて行っているようで、演技かかっている悪態。顔をよく見れば罪悪感たっぷりの表情も垣間見れる。

 なのでカルもレジーナも苦笑しながら聞き流していた。


「これやっておいて」

「うん」


 部屋からカルを追い出した後、トレサは溜息をついた。

 

「本当、こんなこといつまで続けないといけないのかしら」


 トレサはカルのこと嫌っているわけではなかった。

 むしろ初めて見た時、その黒髪と黒い瞳に目を奪われたくらいだった。

 五歳の初恋ともいえよう。

 しかし両親の手前、その思いを隠して怒った表情を作った。油断したら、見惚れてしまい、だらしない顔になりそうだったからだ。

 週一回、レジーナに教えを請う事。

 それはとても有益な時間だった。同時に気になるカルと一緒に過ごせるのは嬉しい。同時に悲しいこともであるが。

 護衛も遠くから見ているので、カルへの態度は報告される。なので、怒っている様子を見せる必要があるのだ。カルへの態度は辛辣に、力の差を見せつける。それを念頭に置きながら、トレサはカルと接した。

 嫌われているのだろうなと悲しい思いに駆られるが、カルがトレサに言い返すこともなく、物腰はいつも柔らかい。それがトレサにはありがたいことであった。


(でもいつまでも続けることはできないわ。どうしたらいいのかしら。カルはもう十六歳。だから、一人立ちしてもいいのよね。私には劣るけど、魔法一般は使えるようになったし、マスターの名を使えば簡単に仕事も見つかるわ。でも、マスターはそれを嫌がっている感じなのよね)


「トレサ。終わったよ。昼食作るね!」


 トレサが悶々と考え事をしているうちに、カルが戻ってきた。

 十六歳になったカルは少年期も終わり、顔立ちも大人に近くなっている。ぷっくりした頬の時も可愛かったが、今のすっきりした顔立ちはとてもかっこよく見えた。


(だめだめ。見惚れたらだめよ。トレサ)


「本当、カルは魔法使いじゃなくて、料理人になればよかったのよ。美味しい料理作れるから」

「ありがとう。褒めてくれて」

「褒めてないわよ!」


 カルはトレサの嫌味をこうして前向きに受け取る。

 

(本当にいい人。それに比べて私。なんて醜いのかしら。魔力が上でもこれじゃだめよ。マスターのような大魔法使いにはなれないわ。お母様たちに言われて、こんないい人を苛めるとか最悪)


「あれ?どうしたの?トレサ?」

「カル!」


 ふと、カルが腰をかがめてトレサをのぞき込んでいて、彼女はのけぞった。思わず転びそうになったところをカルが支えた。

 触れられたことは初めて、トレサの頬が一気に染まる。


「さ、触らないで!」


 トレサは顔を見られたくなくて、そのまま走って逃げた。


「……トレサ、可愛いなあ」


 しっかりトレサの照れた顔をみていたカルは笑いながらそう言った。


「こおらあ。何。私の姪をたぶらかしているんだ!」

「マスター!人聞き悪いですよ。誑かすなんて失礼な」

「お前が独り立ちしないのは、トレサのことが気にかかるからだろう。だめだぞ。トレサはやらない」

「やらないって、マスター。トレサはあなたのものではありません」

「そうだが、お前のものでもないからな」

「それは当然ですよ。まったく」


 六歳の時に拾った少年、出会った時の素直さはなりをひそめ、かなり腹が黒い子になっていた。

 しかし、その腹黒さはトレサには絶対見せない。彼女の前では無害を装っているのだ。


「昼は私が作るよ。迎えにいってやんな。変なことすんじゃないよ」

「マスター。酷い。僕がそんなことするわけないじゃないですか」

「私はそういうところ、あまり信用してしない」

「信用してください。トレサは大切にしたいんです」

「……ふん。信じてやる。ほら、行ってこい。ついでに水でも汲んできてくれ」

「はい。人使いあらいですね」

「ついでだ」

「はいはい」


 カルはレジーナから木の桶を受け取ると、トレサの後を追った。


「トレサ」

「か、カル!」


 木の陰にいたトレサにカルは声をかける。


「大丈夫?」

「う、ん。大丈夫」


 トレサは取り繕うのも忘れて、素直に返事する。

 それではっと護衛が見ているのにと思って周りを見るが、いつもは傍にいるはずの護衛の姿が見えなかった。


「変だね」


 それにカルは気が付いた後、顔を険しくさせた。


「何かいる」


 カルは彼女を庇うように前に出た。


「魔王様!お探ししました。そんなこざかしい人間の姿になって、おいたわしい」


 しゃがれた声が聞こえて、耳が長く、角がある老人が現れた。肌は灰色で、どうみても人間ではなかった。


「魔族!」


 十年前に魔王が滅ぼされ、魔族は消えたはずだった。

 しかしその前にいるのはどうみても魔族だった。


(カルのこと、魔王様って呼んだ?)


 カルの背後で、トレサは魔族の言葉を思い出す。


「僕が魔王。何を言っているんだ。僕は人間だ」


 カルは魔族に言い放ち、両手を広げてトレスを魔族の視界から隠そうとしていた。


「記憶までなくしましたか。しかもそんな人間の子を庇って!なら人間の血でも飲めば思い出しますかね!」


 魔族はそう言うとカルの目の前に一瞬で移動し、彼をなぎ倒した、

 そしてトレサをその腕の中に浚う。

 一瞬すぎて、トレサは反応することができなかった。

 

「さあ、魔王様。あなたにこの人間を捧げましょう」


 トレサは必死に指先に力を籠め、火の魔法を使おうとした。しかし魔力を察知して、魔族はトレスを投げ飛ばす。

 彼女の体は木にぶつかり、動かなくなった。


「あれ、死んでしまったかな。まあ、よい。血を」


 魔族はにやっと笑い、トレスに近づいていく。

 カルは力なく地面に倒れ込んだトレスの姿を視界に納め、激しい頭痛に襲われていた。


「トレス、トレス!」

「おや、この人間は魔王様のお気に入りでしたか。それじゃあ、不死の魔法で……」

「口を閉じろ、ゲス野郎!」


 カルの目は真っ赤に染まっていた。

 黒々した目は今や真っ赤な血の色をしている。


「死ね!」


 カルは片手の掌を魔族に向ける。

 すると手の平から炎が噴き出し、魔族に放たれる。


「ま、魔王」


 何か話そうとしていたが、強力な炎は魔族の体を一気に燃やし、灰にした。


「トレス!」

「なにか、くそ!」


 カルがトレスの元へ走り、彼女の体を抱きしめた時、レジーナが姿を現した。魔族は灰となり、そこにいるのは真っ赤な目をしたカルと傷ついたトレスだけだった。


「私が油断した。カル!いや、その赤い瞳。魔王。やはり魔王だったんだな。覚醒したのか?」

「……やはりマスターは知っていたんですね」

「マスターと呼ぶな。トレスを返せ!」

「マスター……。カルは悪く、ない。ま、魔族が」

「トレス!」


 意識を取り戻したトレスにカルは安堵して、彼女をますます抱きしめた。


「こら、くそ魔王。放せ!怪我が酷くなる。まず、私は治癒の魔法を使う。話はそれからだ。あと、結界を張れ!」

「はい、マスター」

「マスターと呼ぶな」

「マスターはマスターです。僕は十年分のカルとしての記憶がありますから。あとトレスにも嫌われたくありません」

「そこが重要だなよな。お前にとっては。ほら、トレスを寄越せ」


 カルはトレスをレジーナに渡すと、立ち上がり両手を空に向ける。

 自分以外の魔族が中に入ってこれないようにレジーナとトレスを中心に結界を張ったのだ。


「ふん。力も完全に覚醒か」

「おかげ様で。これでトレスを守れます。頼りがいのある男になれますね」

「そこか。だが、トレスは受け入れるかな」

「そこはじっくりやります。トレスは魔法が好きですから。マスターより僕のほうがずっと上であることを知れば」

「ずっと上?はあ?」

「静かにしてください。マスター。家に戻りましょう。トレスを休ませたあげたいです」

「まったく、お前は本当にカルのままなんだな」

「はい。というか、魔王も僕も変わりませんよ。あの時僕たちは話すこともなく殺し合いしましたから」

「そうだったな。お前、また世界を滅ぼすとか考えないよな?」

「あったり前です。僕は今魔力は大きいですが人間ですから。人間側ですよ。トレスを守ります。魔族から」

「……魔族がまだいるのか」

「はい。でも僕が全部殺すので安心してください」

「お前、容赦ないな」

「今は僕、人間ですから。大事なのはトレスだけです」

「ふん」

「あ、マスターもですよ。十年間ありがとうございました」

「ふん」


 大魔法使いとその弟子、元魔王は十年間一緒に暮らした家に戻っていく。元魔王の腕の中では、まだ何も知らない人間の娘がすやすやと寝息を立てている。


 歴史上、魔王が滅んだ時、魔族も一緒に滅んだと伝えられている。

 しかし実際は、魔王は人間に生まれ変わり、己の力で魔族を滅ぼしていた。この事実を知るのは大魔法使いとその弟子たちだけだった。


(おしまい)

 





 

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