ひよ競走
ひよこは青い空を見ていた。
すずめやつばめ、ひばりが飛んでいる。
ぼくも空を飛びたい、とひよこは思った。
「あなたには地を駆ける足がある」
人間は言った。
「わたしのために走って、ぴよ。ひよ競走に出て」
ひよこはやはり飛びたかった。
でも、誰かのために走るのも悪くない。
ひよこは河原を走った。
周りには練習しているたくさんのひよこがいた。
他のひよこをぐんぐんと追い抜くことができた。
人間は練習を終えたひよこを見て、にこにこ笑った。
「あなたは速い。わたしのために勝って、ぴよ」
それから表情を引き締めて、
「日本ひよ競走で優勝したら、賞金で弟に手術を受けさせてやれる」
人間はそうつぶやいた。
そこまでの責任は負いたくないな、とひよこは思った。
でもまあやるだけやってみよう。
ひよこは坂を走った。
練習している多くのひよこを追い抜いたが、ひとりだけ抜けないひよこがいた。
「おれの名はびよ。日本一になるひよこだ」
そのひよこは言った。ずいぶんと筋肉質なひよこだった。
背も高く、見下ろされていた。
「ひよ競走はレスリングじゃない。ぴよは負けない」
人間は言った。
ひよこは自分の足を見た。
細いがしっかりとしている。
ひよ競走に出場し、ひよこは勝った。
レース場の観客席にはたくさんの人間がいて、双眼鏡で競走を見ていた。
ひよ競走新聞を握り締めている人間もいた。
ひよこは何回かのレースを勝ち抜いた。
人間はそのたびに喜んでくれた。
人間の弟は病室でラジオを聞き、ひよこを応援しているのだと言う。
誰かのために走るのはいいけれど、絶対に勝たなくちゃいけないのはなんだか嫌だ。
ひよこは空を見た。
むくどりが飛んでいた。
自由だな、とひよこは思う。
ひよこは走りつづけた。
ついに日本ひよ競走選手権大会に出場するところまで行った。
10人の選ばれたひよこが競う。
その中には筋骨隆々としたびよもいた。
ひよこ用のゲートが開き、競走が始まった。
ひよこは無我夢中で走った。
走っている最中は、人間のことも人間の弟のことも考えなかった。
ライバルのびよのことも考えなかった。
風になって走った。
気がつくと、1位でゴールを駆け抜けていた。
空にははとやからすが飛んでいた。
走るのも悪くない、とひよこは思った。
「ありがとう、ぴよ」
人間は言った。
「ずっと走っていこうね。来年はにわと競走に出場よ」
「にわと競走では負けないぞ」
びよは言った。
ひよこは空を見た。
走るのは好きだけど、競うのは別に好きじゃない。
やっぱり空を飛びたいな。
どこまでもどこまでも飛んでいきたい。