9話
そう、僕の任務は暗殺じゃない。誘導だ。
つまり「相手を公園におびき寄せる」それが僕の目的。
だが、最初の標的が死んだ。まさかの展開に、僕の中のどこかが揺らいだのかもしれない。
新たな標的は目の前にいる少年。アノマリーであり、棒状の物を自在に曲げる能力者だ。剣でも、腕でも、銃弾の軌道でさえも。
黒崎に目をやる。
死んではいないが、頭から血を流し、腕はありえない方向に折れ、気を失っている。
僕が公園まで逃げれば、自分は助かるかもしれない。だが、黒崎は確実に殺される。
殺す必要はない。だが、何かをしなくてはならない。
手元の武器を確認する。
ナイフ、グレネード、拳銃――どれも状況を打破するには不十分だった。
ナイフは棒状。グレネードをこの距離で投げれば黒崎も巻き込む。
拳銃は…そもそもこのアノマリー相手には無力に等しい。放たれる弾丸の軌道は簡単に曲げられ、まともに当たることはない。
それでも僕は拳銃で撃った。頭なんて狙わず、当たれば何でもいいと。
そして、撃っているうちに、ふと違和感が芽生えた。
なぜ彼は毎回、銃弾の軌道を曲げるのだろう。
最初から、銃身を曲げればいいだけの話だ。
そもそも、アノマリーにとって銃なんて大して効かないはず。
僕はふたつの仮説を立てた。
彼の能力は触れたものにしか作用しない。
彼の体は意外と脆い。
というものだ
よく見ると、少年は微かに足を引きずっている。
最初の弾のダメージがまだ治っていない。
つまり――まだ彼が触っていない物なら、攻撃が通る可能性がある。僕の攻撃でも。
問題は、この部屋にあるものはほとんど少年が触れている可能性があるということ。
僕の手持ちで残されているのはナイフだけ。
だが、接近戦になれば先に腕を触れられ、曲げられて終わりだ。ナイフは最後の手札として温存するしかない。
他の方法を考えた。
棒状でない、飛び道具でもない武器――鎖鎌だ。
銃弾を撃ちながら、コードを手繰り寄せ、ナイフの柄に巻き付ける。
即席の鎖鎌の完成だ。
鎖の部分を家電のコード、鎌をナイフで代用する。
もちろん作っている最中も、少年の視線を外さない。
だが、弾丸の軌道を曲げ続けるのは集中力を消耗するのだろう。
意外にも、彼は僕の動きを止めようとはしてこなかった。
作業を終え、僕はわざと声を張った。
「棒ってのは、長い直線状のもの。紐とは違う」
ギフトはイメージの世界。できると思えばできる。できないと思えばできない。
先に彼の中に、先入観を植え付ける。
そうして、僕は少年に向かって、即席の鎖鎌を振るった。
ナイフの刃先が、回転しながら飛び、少年の腹部に突き刺さる。
当たった。
少年は予想外だったのか、ほんのわずか怯んだ。その一瞬の隙を逃さず、僕は黒崎を抱え、逃げ出した。
階段まで走ったが、急に息が苦しくなる。
首を何かが締め付けていた。
この部屋に棒状のものはもう残っていないはず。
いや、一つだけある。それは黒崎の腕。
少年は、気を失っている黒崎の腕を利用し、僕の首に巻き付けていたのだ。
しかし首を絞めるそれを外す術がないから考えるだけ無駄だ。
呼吸が苦しい。持ってあと1分...いや30秒か。
階段を使っていたら間に合わない。
僕は窓の鉄パイプを伝い降りようとした。
だが――パイプは曲がる。
降りられない。ならば飛ぶしかない。
壁を蹴り、公園の方角へ跳んだ。
背中から落下する。
激痛が走り、動けない。
しかもまだ公園までは距離がある。
僕は死ぬだろう。だがそれは問題じゃない。
問題は任務の失敗と、仲間を救えなかったことだ。
首には、まだ黒崎の腕が巻き付いている。
呼吸はもはやほとんどできず、意識も薄れていく。
やがて、少年が姿を現した。
僕の死を確認しに来たのだろう。何か言葉を発しているが、もはや僕の耳には届かない。
視界が暗くなりかけたそのとき、少年が僕の目の前に立った。
次の瞬間、彼の頭が爆発した。
何が起きたのかと思った。
しかしすぐ分かった。
時嶺さんがやってくれたのだ。彼女は向かいのビルにいると言っていた。つまり公園じゃなくてもそこから見えたらどこでもよかったのだ。
僕は疲れと安堵で意識を失った。