5話
今どうなっているかと言うと、ゴスロリを着た少女が僕に刀を向け、僕は彼女に銃を向けている。さらに、それを止めている男がいる。創作物ではよくある展開だ。
「止めなかったら殺せましたよ」
少女は淡々とそう言った。
本気で殺す気だったのか。
「黒崎 夜宵(おそらく少女の名前)、君は合格だ。そして──」
男は僕の方に目を向けた。
「今回はうちの馬鹿がすまなかった」
「これは試験だ。君もいつか受けるかもしれない。だが、今じゃない」
「僕は何の関係もなく死にかけたってことですか?」
「まあ、そうだ。ちょっと手違いでな」
「君も入りたいのか?」
軽いミスで命が吹き飛ぶ世界。
僕はそんな世界に足を踏み入れようとしている。なぜそんなことをしようとしているんだろうか。
行く所はない。しかし、こんな危ない団体に入らなくても別の方法はある。
どうすればいいか、少し悩んだ。
「……はい」
僕は考えるのをやめて、入ることにした。
「時嶺、黒崎はお前が案内してやれ。こいつは俺が直々に案内する」
「分かりました」
時嶺さんはそう言って、黒崎を連れて行った。
僕は男に聞いた。
「あなたは?」
「俺は空夜。シグマ部隊のボスだ」
シグマはギリシャ文字で18番目だ。つまり、18部隊もあるということだろう。この組織は想像よりもとてつもなく大きい。
「お前は常世 廻だよな。時嶺から話は聞いている。ついてこい」
僕たちは廃工場の中に入っていった。
中も見た目通りの廃工場で荒れていた。こんなボロい建物がアジトなら、そこまで大きい組織じゃないのかもしれない。
──そう思っていた時期が僕にもありました。
空夜さんは工場の機械らしき装置を操作した。すると床が動き、隠されたエレベーターが姿を現した。
まるでスパイ映画のような仕掛け。
「中はどれくらい広いんですか?」
「かなり広い」
答えになっていない気もするが、つまり正確には分からないほど広いということだろう。
エレベーターはしばらくして止まり、扉が開いた。
「こっちだ」
案内された部屋はシンプルだった。
「このマニュアルと論文に目を通しておけ。一時間後に戻る」
国語辞典よりも分厚い冊子を手渡された。要するにこれを一時間以内に読めということだ。
まずマニュアルに目を通した。団体名は“セレスティア”。時嶺さんが言っていた「ファミリー」という言葉は、昔マフィアの構造を模倣していた名残らしい。ただし、マフィアとは無関係。
内容は組織の構造や規則など。驚いたのは、有給があるということ。こんな秘密結社にも福利厚生があるとは。
次に論文に目を通す。
テーマは能力──“ギフト”について。
能力者は“アノマリー”と呼ばれる。
アノマリーはギフトを持つだけでなく、身体能力、知能、五感、再生能力なども異常に高い。
アノマリーの能力の源は、異常なまでの“想像力”だとされている。
アノマリーになれる素質を持つのは、人口の約20%。
極限状態や絶望的な状況で「生きたい」「成功したい」と強く願い、それを鮮明に想像することでアノマリーになれるという。
その時に強く想像した願いが、そのままギフトになる。
──僕のギフトは何だろう?
すぐに思い当たった。
おそらく“転生”。
トラックに轢かれそうになった瞬間、僕は「やり直したい」と願ったのかもしれない。
あるいはテレポートかもしれないが、その可能性は低そうだ。
そんなことを考えていると、空夜さんが戻ってきた。
「軽い身体測定をやってもらう」
身体測定なんて学生の頃以来だ。
測ったのは、身長、体重、健康状態、視力、さらに体力測定のようなことも。
使っていた機器はとてもハイテクだった。資金は潤沢にあるらしい。
「最後に耐久性のテストをしてもらう。この台の上に横たわれ」
耐久性のテストとは?
手術台のような台。まさか……腕でも切られるのでは?
その予想は、
──当たっていた。
まず猿轡をされ、身体を拘束された。
防護服を着た人物が現れ、ナイフで腕に傷をつけてきた。
痛い。だが注射程度の痛み。
それだけでは済まなかった。腕だけでなく、足や胴体にまでナイフが走る。
悲鳴を上げたかったが、口が塞がれていて出せなかった。
防護服の人物が言った。
「これは再生力のテストでもある。傷が治ったらすぐに終わるよ」
アノマリーは再生能力が高いとはいえ、簡単に治るわけではない。
それでも容赦なく刺し続ける。
僕はふと思い出した。
アノマリーの力の源は“想像力”。ギフトだけでなく、身体能力や再生能力も想像力によって進化する。
ならば──
僕は身体を治癒することを具体的に想像した。
血液の流れを感じ、血小板一つ一つを思い浮かべ、細胞が修復されていく様子を細かくイメージした。
「……やればできるじゃん」
できた。
僕は達成感と、解放される安堵感で胸がいっぱいだった。
「次は指を切断するよ」
──そう言われた時、僕の胸は絶望でいっぱいになった。