4話
「まだ自己紹介もすんでなかったわね。私は時嶺流月」
「僕は廻……常世廻」
「あなたこれからどうするの?」
僕は何をすればいいか迷っていた。家に帰っても何もすることはない。僕の生活は、貧乏というレベルではなく、友人も、ネッ友すらいない。帰っても無限に続く仕事をこなして、借金取りに追われるだけだ。
人生がやり直せて、よかったのかもしれない。
――やり直したところで、何をしたい訳でもないけど。
そんなことを考えていると、彼女が口を開いた。
「行くところがないなら、ウチくる?」
言葉の意味がわからなかった。時嶺さんは容姿が良くて、一緒にいると安心する。そんな女性の家に行く? 僕が?
そういう気持ち悪いことを考えていたが、「ウチ」というのは家のことではなく、彼女が所属している企業か団体のことだと気づいた。どちらにしても、僕には行く場所なんてない。
「行きます」
僕はそう言った。
「よかった。ミスの補填ができて首にならなそうだわ。うちのファミリー、ずっと人手不足なのよね」
あまり良くない言葉が聞こえた気がするが、どうせ他に行くところはない。ついていこう。
一番近い拠点はこっち、と言って彼女は歩き出し、30分ほどで誰もいない廃工場に着いた。
「ここでちょっと待ってて」
こんな気味の悪い場所に一人でいるなんて……嫌だったが、「ちょっと」という言葉を信じた。
そのとき、背後に気配を感じた。
「誰だ、お前は」
僕はそう言ってゆっくり振り返った。……誰もいなかった。誰にも聞かれていないので恥ずかしくもない。
また背後に気配。今度は殺気を帯びていた。すぐに振り返ると、そこにはゴスロリ服を着て傘を持った少女が立っていた。
おそらく、ただ者ではない。
何かを聞こうにも、今は子供に話しかけただけで通報される時代だ。仮に普通の少女だったら話しかけてはいけないし、見つめるだけでもアウトだろう。
無視しよう。
「なんで無視するのよ」
話しかけられたなら、無視する必要はない。
「何か用かな?」
そう言った瞬間、少女が急接近してきた。小動物のように可愛いと思った瞬間、みぞおちに一発食らった。
「ぐっ……」
驚きと痛みで息が詰まった。
少女は背後へ回る。振り返っても誰もいない。そして再び背中を殴られた。
また振り返っても誰もいない。また後ろから攻撃。今度は足で蹴ってみると、かすった感触。
再び振り返る、誰もいない。もう一度後ろに蹴ってみた。――今度は頭に激痛が走った。
……本当に痛い。
視界を減らすために壁を背にした。だが、少女の姿は消えていた。
帰ってくれたらありがたいが、現実はそう甘くない。
素早すぎる。能力者であるのは間違いない。じゃあ、能力は?
遠距離からチクチク攻撃するタイプではなさそうだし、逃げるのも速すぎる。
これが素の身体能力だとしたら勝ち目はない。考えるのはやめよう。
それよりも、反撃方法を考えよう。
僕は重要なことを思い出した――電車で銃をくすねていたのだ。
当たる自信はないが、殴るよりは効果的だろう。
ゾーンに入ったような感覚。思考が研ぎ澄まされる。
少女が壁から現れた。次の瞬間、僕は彼女に向けて銃を撃った。
弾は少女の腹を貫いた。
やった、そう思った――が、彼女はまだ立っていた。ゾンビのように。
「お気に入りの服が台無しよ。それに、大人が丸腰の幼気な美少女に銃を使うなんて、人として……生物としてどうなの?」
確かに酷い構図だ。しかし攻撃してきたのは彼女の方で、しかも圧倒的に強い。
再び接近してくる。さっきよりは遅い気がする。
弾はあと2発。この距離なら頭を狙える。
そう思って構えると、少女は黒い傘を広げた。その傘は大きく、彼女の全身を隠してしまう。
一か八か、傘の中心を撃つ。しかし、外れた。
そのとき、傘が少し落ちた。上から気配。
瞬間移動か? そう思ったが、冷静に考える。
彼女が素早く動くところを、僕は一度も見ていない。
……もしかして、誰にも見られていない時だけ瞬間移動ができる能力なのでは?
急いで上を見上げ、腕を上げてガードした。
激痛――日本刀だった。おそらく傘に仕込んであったのだろう。
僕の仮説が正しければ、視認し続ければ対処できる。
だが、日本刀相手に素手では勝てるわけがない。避けるのも難しい。
彼女は次の攻撃に移ろうとしていた。狙いは首。
おそらく、いずれは死ぬ。
僕はとっさに、弾の入っていない銃を取り出した。なぜか、自分でもよくわからなかった。
「二人とも、やめ」
そんな声が響いた。
「試験の結果はどうですか?」
少女が言った。
……は? 試験? 意味が分からなかった。
しかし、すぐに理解した。おそらくこれは――入団試験のようなものだったのだ。