第3話 シル
その年の冬、最南端の町の子供の多くはひどい熱病に苦しんでいた。まだ小さかったパルの状態は特にひどく、もう何日も何日も熱が下がらずうなされていた。
いろんな薬を試したが効果はなく、ついには薬を飲む力さえなくなっていたのだ。
意識が朦朧とする中、その晩パルはシルの祈りを聞いたのだった。
「神様。どうか私の最愛の娘パルをお助けください。私にはこの命の他に何もありません。私の命の代わりにパルを助けてください。パルが16になったら、必ず私の命を神様のもとにお届けします。約束します。
どうかパルを、パルをお助けください。」
「お母さん。そんなの駄目だよ。
絶対駄目だよ。お母さん。やめて!」
パルは声にならない声で叫んだ。
そしてパルの意識は暗い闇の中に落ちていった。
翌日パルの熱は下がり始め、数日後にはベッドから出られるようになっていた。
パルが元気になり学校に行けるようになった頃には、シルは元のそれ以上のうるさい鬼ババに戻っていた。
「全くお前はどうしようもないよ。
病気なんかしやがって。鍛え方が足りないんだよ。
バカも風邪ひくんだね。また病気になったら絶対に許さないからね。
お前は元気だけが取り柄なんだから。
これでも腹一杯食べて、さっさと学校に行くんだよ。勉強もだいぶ遅れただろ。バカもいい加減にしてくれよ。」
シルは、パルの家では滅多に食べられない贅沢品のお肉を、何時間も何時間も柔らかくなるまで煮込んだ、温かいスープをパルの前にドンと置いた。
「わっ。お肉だ。いただきます。
お母さん。このスープすごく、すっごーく美味しいよ。」
シルはパルの言葉に油断したのか、一瞬だけ本当に優しい笑顔を見せたのだった。
ふと漏れたシルの笑顔を見て、パルもクスッと笑った。
「そろそろチルちゃんがくる頃だね。
お前、おかわりするんだろ。」
シルは空になったパルのお皿に、残ったスープを全部入れたのだった。
パルはずっと前から知っている。
お母さんは自分を愛していることを。
自らの命に代える程に。
「でも何で16なんだろう。」
パルはもう15歳。
16歳になる来年の春は足早に近づいていた。