2-7.
大道が招待コードの入力画面までたどり着くころには、俺もすっかりそのゲームに魅了されていた。
街に入り込んだ猫とともに住人たちへいたずらをしかけるという、絵柄のかわいさを裏切る性格の悪いゲーム性はくせになる。加えて、大道の実況解説が意外とおもしろかった、ということもあった。
だから、
「亮~、いる~?」
外から聞こえた声で、ようやく我に返ったくらいだ。大道も俺同様にハッと顔をあげて、半ば強引に俺へとスマホを押し付けた。
「開けるぞ~」
ガタガタと扉が揺れ、やがて、開かれた扉の向こうから圭介の顔が見える。
「お、なんだ、いるじゃん。よかったよかった」
どうやら部活を抜けてきてくれたらしい。Tシャツの上に赤いビブスを着た圭介は、相変わらず爽やかな笑みを浮かべた。だが、俺の隣へ視線を映してその表情を驚きに変える。
「え、大道じゃん」
名前を呼ばれた張本人は緊張か、驚きか、「お邪魔してます!」と意味のわからない返事を一つ。不思議そうな圭介に、「こいつも図書委員」と俺は大道を親指で示す。
「へぇ、そうなんだ。知らなかった」
大道は先ほどゲームをしていたときとはまるで別人みたいに、背中を小さく丸めて自信なさげに笑う。
「亮にいじめられたりしなかった?」
「はぁ?」
俺が顔をしかめると同時、
「さ、されてないっ!」
大道が大きな声をあげる。いじめられてないと否定したかっただけなのだろうが、それにしては全力すぎる。こいつ、ほんと変。もはや大道の珍妙さに慣れつつある俺に対し、圭介は声をあげて笑った。
「はは、冗談だよ。亮って、見た目こんなだし、ちょっと不良っぽいけど、基本いいやつだから」
「見た目こんなってなんだよ」
「赤茶パーマだろ、ピアスだろ、制服の下にパーカーだろ」
指折り数えんな。俺が睨むも圭介はケラケラと笑っている。
「あ、指輪とか、アクセもチャラいし、スニーカーも派手だし……」
まだあんのかよ。そう言いかけた俺の声を遮ったのは大道だった。
「だ、大丈夫だよ! あ、新野くんはかっこいいし、いいひとだよね!」
たった一時間程度、書庫に閉じ込められて、ゲームをしただけのやつのなにを知っているんだ。そう思ったけれど、大道のストレートな物言いに全身がむずがゆくなったのも事実だった。
「だってさ。亮、よかったじゃん」
「うるせ」
「あ、照れてる」
「ああ、もう! まじでうぜぇ! 部活中だろ、戻れよ!」
「休憩中だし。ってか、せっかく助けに来てやったのに、冷たいなあ」
「はいはい、サンキュ。もういいから。エースが遅れたらメンバーも困んだろ」
俺は無理やり圭介の広い背中を押した。書庫から追い出すと、圭介はあっさりと引きさがる。俺の手に合鍵を預け、
「お気遣いどうも。じゃ、気をつけてな。あ、大道も。また明日」
人好きする笑みを残して階段をおりていった。
嫌味のない圭介の冗談に振り回されて疲れた。げんなりとする俺に対し、大道は圭介に向かってブンブンと手を振っている。犬。まじで犬。忠犬大道。俺は大道を無視して、今度こそ扉を開け放つ。これで帰れる。
リュックを背負い、「帰るぞ」と大道に声をかけると、ようやく圭介の見送りを終えたらしい大道は、慌てて掃除道具を片付け始めた。それから、窓を閉め終え、荷物をまとめ、書庫を出た大道が俺の隣に並ぶ。
書庫の扉に手をかけて……俺の胸にチリリと焼け付くような痛みが走った。
これで、終わりなんだって、それでいいのかって、誰かが俺の服の裾を引いている。
俺と大道は、この鍵を閉めたら元の関係に戻るのだ。名前を知っているだけのクラスメイト。教室の真ん中にいる俺と、隅にいる大道。話すこともなくて、目を合わせることもなくて。一位だとか、ゲームだとか、そんなものに縛られることもない。
ただの、クラスメイトだろ。
俺は鍵をゆっくりと回す。開けるときにはあれほど苦戦したのに、カチャン、と素直に鍵のかかった音がして、そのことを俺はほんの少しだけ恨めしく思った。
大道が、なにかを言ってくれないか、なんて淡い期待を抱いたけれど、大道はやっぱりぼんやりと俺を見つめているだけだ。
「……帰ろうぜ」
もう一度大道を促す。大道は、「うん」とまっすぐな笑みを俺に向けて歩き出す。大道はさっきまでのことをまるでなかったかのようにあっさりと身を引いた。その後ろ姿に、自分の浅はかさが浮き彫りになる。
階段を一段おりていくたび、足が重くなる。大道は気にした様子もなく、軽やかにおりていく。
職員室が近づいて、ああ、ほんとに終わりだ、と思った。
最後の一段。俺の足が止まる。理由はわからなかった。
ただ、それまでなに一つ察することのなかった大道が、初めて俺を振り返り、そのまっすぐな、透明な瞳で俺を貫いた。
「今日は、ありがとう」
大道の言葉は、俺には重すぎる。俺の話す何倍も意味や価値がこもっている。
だから、余計に、最後みたいで……そんなわけはないとわかりきっているのに、いつでも話せばいいと知っているのに、俺はなんだかもう二度と大道とは話せないような気がして、思わず「大道」と初めて彼の名を呼んだ。
大道の表情は驚きから喜びへ、それから困惑へと変化する。
「ど、どうしたの?」
大道の上擦った声に期待がこもっている。そのことが俺に安心感を抱かせて、それがまたむずがゆかった。
「あー……」
言いよどんで、けれど、うまい言葉は見つからなくて。
「このあと、どっか行かね」
我ながら、ダサい誘い文句だと思った。どっかってどこだよ。っていうか、ナンパかよ。
だが、大道は気にもとめなかったようだ。それどころか、俺の誘いにみるみる目を丸くして、ポカンと口が開く。
「……へぁ?」
聞いたことのない音が大道の口から漏れた。大道の驚きように、かえって俺の頭は冷静になっていく。
「いや、だから。どっか飯。軽く。腹減ったし」
いつも翔太たちを誘うみたいにもう一度誘いなおす。大道はようやくその意味を理解して、「え、え」とあたりを見回した。
「いや、お前しかいないだろ」
「え、ぼ、僕⁉ い、いいの? ほんとに⁉」
「悪かったら、誘わないから」
だんだんと恥ずかしさが戻ってくるから、もうこれ以上はやめてほしい。
俺はそんな思いを込めて、「鍵返してくるから待ってて」と職員室に向かって歩き出した。




