2-4.
※実在するゲームを思わせるタイトルが登場しますが、原作とは一切関係ありません。
ご了承ください。
スマホに届いたメッセージに、俺はため息をついた。
グループメッセージに助けを乞うたが、既読をつけたのは翔太だけだった。大斗はバイト、圭介は部活なのだろう。しかも、翔太から届いた唯一の返信でさえ『猫カフェにいるから無理だよん』とは。ひどいやつらだ。付き合う友人を間違えたかもしれない。
助けを諦め、大道を見る。大道はバカ正直に掃除をしていた。閉じ込められたというのに、だ。危機感のなさに腹を立ててしまいそうになる。大したことじゃないのに。
「……なあ」
なんとかトゲを引っ込めて声をかける。ここから脱出できるなら、多少の犠牲を払わねばならない。
「誰か来るって?」
「え?」
「連絡、してないのかよ」
俺がスマホを見せれば、大道は「あっ」と思い出したようにスマホを取り出して画面をタップした。だが、すぐさま残念そうに肩を落とす。
結果は聞かずともわかった。まじで使えねえ。元より期待などしていなかったはずなのについ舌打ちをしてしまう。
「ご、ごめん……。誰も、連絡、つかなくて……ほ、ほんとごめんね」
オドオドと泣きそうな大道にフツフツと苛立ちが募る。まるで俺が悪いみてぇじゃん。同時、罪悪感にも似たなにかがこみあげてきて、その気持ちをため息に混ぜ込んだ。
大道へ強く当たってしまうのは、俺がどうしたって手に入れられないものを、大道は持っているから。それなのに、そのことをなんでもないように扱っているからだ。
だからこそ余計に、大道への苦手意識が枝葉を伸ばして俺を縛る。
相手が大道でなければ、俺はもっとましな態度をとれただろう。適当にうまくやって、これもネタになるだろ、と笑っていたかもしれない。少なくとも、誰とも連絡がつかないことを怒るなんてありえない。だって、俺も同罪だ。
なのに――
ごめん。
その一言がどうしても言えなくて、もどかしい。
これ以上、大道と衝突するのも嫌で、俺は、書庫の端、ぞんざいに置かれた椅子に座る。
気をまぎらわせるようにスマホをタップすると、大斗からメッセージが入っていた。
『暇つぶし』
ゲームアプリのリンクがついている。『いたずら猫がやってきた!』と書かれているが、ゲームのタイトルだろうか。
まじまじ眺めているうち、大斗から追加のメッセージが届く。
『DLしたら、招待コード入力して。これ』
数字とアルファベットの混ざった文字列に俺は思わず苦笑した。こいつ、俺のためじゃなくて、自分のためじゃねぇか。
『しゃーなしな』
ダウンロードを開始すると、ホーム画面にかわいらしい猫のアイコンが生成される。
『おい、猫あつめるやついらねって』『違います~』『は? どう見ても一緒じゃん』『どう見ても違うだろ』『わからん』『てか、早くして』
やり取りをしているうちにダウンロードが完了して、俺は渋々アイコンをタップする。
アプリが起動したそのとき、
「ニャー」
書庫中に、猫の鳴き声が響き渡った。
ホウキを動かしていた大道の手が止まり、俺の手も驚きで止まる。だが、次の瞬間、俺はすぐさまスマホをマナーモードに切り替え、大斗に八つ当たりのメッセージを打ち込んだ。
『お前、まじ最悪』『は、なにが』『起動した瞬間、猫鳴いたんだけど』『草』『うざすぎ』
既読がつかなくなって、しかたなく画面をスワイプする。
アプリの画面では、森の中で一匹の猫が眠っていた。
人の気も知らねぇで、すやすや寝やがって。
腹いせに猫をタップすると、猫があくびをしてこちらを見つめる。続いてテキストが現れた。どうやら、この猫を町まで案内しろ、ということらしい。
まったく意味がわからないが、しかたがない。これも大斗にコードを送ってやるためだ。俺は適当に画面をなぞりながら進めていく。猫が俺の指について悠々と歩き出す。
……いや、これ、おもしろいか?
俺がそんな疑問にぶち当たっていると、
「あっ、新野くん、そのゲーム好きなの⁉」
後ろから大きな声が聞こえた。反射的に体が跳ねて俺の手からスマホが滑り落ちる。それを拾いあげたのは大道で、
「ご、ごめん……」
と先ほどの声量と比べものにならないほど小さな声でスマホを差し出す。
「……いや、てか、人のスマホ、勝手に見んなよ」
普通にきもすぎだろ。思ったことの半分を必死に飲み込んだだけ、自分をほめてやりたい。だが、飲み込んだ半分も聞こえたのかってくらい、大道は明らかに落ち込んで「ごめん」ともう一度謝罪した。
だが、謝罪とは裏腹に、チラリと俺のことを窺う瞳がほんのり輝いている。なんなら、口角だってちょっとあがっている気がする。オーラなんて見えないけど、飲み込まれそうな熱量が体中から放たれているようで、腹の奥がズクンとうずいた。
大道のまっすぐな目に貫かれて、俺は思わず唾を飲み込む。
「……なに」
返事を絞り出せば、大道の顔がまたたく間にパッと明るくなった。
「あ、えっと……いた猫! あ、その、ゲーム、それ、好きなの? 実は、僕も最近やってて……。おもしろいよね! グラフィックもかわいくて癒されるし、あ、音楽もいいんだよ! っていうか、結構、それ、音大事だよね! 僕のことは気にせず、全然音鳴らしてくれていいし! あっ、ステージ、どこまでやった? 僕、まだ30くらいまでしかできてなくて」
まるで山が噴火したか、洪水でダムが決壊したか。そんな勢いだった。
圧倒された俺を救ったのは猫で、
「ニャー」
と一声、俺と大道の間で鳴き声をあげる。
落とした瞬間にマナーモードが解除されてしまったらしい。大道がハッと我に返ったように口を閉ざした。彼の顔がみるみるうちに赤く染まり、次第にその瞳からは輝きが失われていく。
「あっ……ご、ごめんね……。その、まさか、新野くんがそのゲームしてるって思わなくて……う、嬉しくて」
消えそうな大道の声と、俺のスマホの「ニャー」が時折シンクロしながら鼓膜を揺らす。
「あ、新野くんって、その、陽キャだし。ぼ、僕、陰キャだし。新野くんたちのこと、か、かっこいいなって、思ってて……。あ、きもいよね、ごめんね。その、憧れ、的な、感じで……」
しどろもどろになりながら、女子みたいな訴えを必死につむぐ大道とスマホの「ニャー」が、俺の脳をついにバグらせたらしい。
「……お前のほうが、よっぽどすごいだろ」
気づけば、俺の口からはそんな言葉が滑り落ちていた。
大道が目を見開く。はたと気づいたときには遅くて、俺はもはや開き直るしかなかった。
「一位になれるのって、一人だけじゃん」
俺の呟きに、大道が少し照れくさそうに、けれど意味がわからなかったのか困惑を混ぜて曖昧に笑う。対して俺は、なぜだか情けなくて、泣きそうになるのを必死にとどめる。そんな自分がダサくて嫌になる。無理やり口角をあげて、なんでもないって顔を作った。
ずっと、隠していた嫉妬や羨望が手からこぼれ落ちていくみたいで。ぽっかりと心に穴が開いて、体が軽くなったような、けれど、むなしいだけのような、そんな感覚が俺を包み込む。
俺の手の中に残ったスマホが、俺の代わりに「ニャー」と泣いていた。