3-8.
「なんか亮ちん久々じゃない?」
夏休み、きらめく海を目の前に焼きハマグリを食べ終えた翔太が、まだ焼きそばをすすっている俺を見つめる。
「たしかに。俺もあんま遊べるほうじゃないけどさ、最近の亮、それ以上だよな」
「彼女?」
圭介と大斗からも不思議そうな視線を向けられて、俺はあえてゆっくりと焼きそばをすすった。
正直に答えたっていい。ゲームしてるって言うだけ。なんなら別に、大道と遊んでるって言ったっていいはずだ。そりゃ、最初はうざいくらいに絡まれるかもしんねえけど、こいつらなら多分受け入れてくれるだろう。なのに。
俺はたっぷりとコップ一杯の水を飲み干してから適当な理由をつける。
「別に。バイト。あと、最近ちょっと親うるせえから」
心のざわめきを波の音に混ぜる。
多分、嫌なのは、大道と遊んでることを言うことじゃない。ゲームしてるって言うことでもない。
なんでって聞かれて、一番目指してるって言うのが怖いんだ。
わかっている。わかっていて、俺は、まだもがいている。それが最も惨めで、ぶさいくだって、わかっているのに。
内側から広がる苦くて渋いなにかを笑みに変えて耐える。
「こないだのテスト、もっと点とれってさ」
「えー⁉ あれ以上⁉」
翔太はかき氷をゴクンと飲み込んで、「あー、でも」と付け加える。その苦笑には憐憫と同情が混ざっていた。
「亮ちんの親、教育熱心? なんだっけぇ」
「てか、亮の兄ちゃんがすごすぎるんだよな。高校んときの全国模試一位だっけ?」
「だるそー。俺、ムリ」
大斗がうんざりしてくれたおかげで、俺は「まじだりいよ」と他人事みたいに笑える。
実際、中間テストで二位だった英語は、期末テストでは四位だったし、そのほかの成績も軒並み下がっていて母からは小言だらけだった。ゲームに明け暮れ過ぎたとも言えるが、それでも充分だろって成績だと思うのに。兄貴だったら多分、全部一位とか平気でとるんだろうなって思ったら、それもまたムカついたし、俺に慰めをかける兄貴もうざかった。
自由にさせてもらっている。だけど、俺には過干渉に思える。そんな家族との関係は、大道との関係も、ゲームも、ごまかすにはちょうどよかったらしい。
楽しい話題でもないから、みんなその話はそれ以上深掘りもせずに、翔太の「あとでビーチバレーやろ!」なんて提案で流した。
俺と圭介が提案にのり、大斗がだるそうに「嫌だ」と反対する。やっすいプラスチックストローみたいなスプーンでかき氷をすくう大斗をみんなで説得していると、
「お」
突如、大斗が声をあげた。
「なに」
大斗がスマホを見せる。ずらっと並んだゲームのタイトルと時間。なにかの配信スケジュールのようだ。
「なにこれ?」
「RTAの大会。配信スケジュールでた」
「へえ、RTAって大会とかあんだ」
思わず画面を凝視する。翔太が「なになに? だいどーくんのやつ?」と俺に体重をかけてきて、そのからかうような反応に俺は我に返った。興味のないふりを装って大斗の反応を窺う。
「ああ、ちなそれもある」
大斗が画面をスワイプすると、たしかに二日目のスケジュールには『きらめきメモリアル』と書かれている。
「まじ? え、大道が出るのかな?」
圭介が俺の心の声を代弁したのかと思った。だとしたら、すげえって。だが、大斗が鼻でそれを笑う。
「だとしたらやばいだろ。そもそもあいつ、人前で喋れんのかよ」
大道は、ちゃんと喋れんぞ。思ってるより、でけえ声も出すし、なにより、自分の言葉で、まっすぐに喋るやつだ。
俺は口を挟みそうになって、慌てて「翔太、重い」とほんの少しだけ感じた苛立ちの矛先を変えた。翔太を押しのけつつ、大斗の画面に表示されている配信時間を記憶する。
これ、見たら、あいつともうちょい色々話できんのかな。大道、喜びそうだよな。
「これ、なにで見れんの?」
「なに、興味あんの」
気づいたら出ていた質問に、大斗が珍しいと俺を見た。からかいというよりも、シンプルに驚いたって顔で。
「あー、いや、おもろいのあんなら見よっかな、って感じ? ほら、俺、最近スイッツ買ったし。てか、大斗が見んならって感じ」
大道みたいな早口になったな、なんて頭の片隅で思う。大斗は
「亮にわかんのマルオくらいだろ」
からかうようにふっと目を細めた。俺は「マルオもいいだろ」と焼きそばの最後の一口をすする。てか、まじでマルオだっていいだろ。普通に。RTAくそむずかったし。
俺は焼きそばを食べ終えて、早速スマホに『RTA 大会』と打ち込む。検索画面でヒットしたサイトを開いて、スケジュールを見れば、先ほど大斗が見せてくれたものが表示された。AVを隠し見るみたいにそっとそれを確認して、スケジュールをスクショで保存する。なにやってんだ、って自分でも思うけど。大斗みたいに堂々とすればいいじゃんって。自分にダセエなって、もう何度目かそう思って、俺はスマホの画面を閉じた。
大道くらい素直に生きていられたら、こんなに無駄な苦労はしなくてすんだってことも。今ならわかる。
「てか、スマホばっか見てないでバレーしに行こうよぉ! 亮ちんも食べ終わったじゃん」
「暑いから嫌だって」
「海まで来て暑いはねえだろ、行こうぜ」
「おい、亮、翔太と圭介なんとかして」
「無理。俺もバレー賛成派。多数決で大斗の負け。行くぞ」
すでに日向へと飛び出した翔太と圭介に続いて、俺もスマホをしまって立ち上がる。嫌がる大斗の脇を抱えて引きずると、大斗も渋々スマホをポケットへしまいこんだ。
いつか、一緒にこのメンバーで遊ぼうって大道を誘ったら、喜んでくれっかな。いや、あいつのことだから、めっちゃテンパんのかな。眩しいとか、憧れとか、そんな恥ずかしい言葉をポンポン放り投げて。でも、一番楽しんでそうな気がする。
――大道と、遊びてえな。
「なに笑ってんの、キモ」
大斗にツッコまれて、自分の口角があがっていることに気づく。
「は? 笑ってねえし、ウザ」
太陽のもとで手を振る翔太たちに大斗を投げつけるようにして、俺は砂浜を踏みしめた。