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その指先に閃光を  作者: 安井優
ステージ3.レベルアップ
16/61

3-6.

 舐めていたわけじゃない。だが、大道の言ったとおり、ケツで階段をのぼる――通称、ケツダッシュは想像以上に難しかった。


 言葉で説明されれば理解できる。大道は丁寧だし、教えかただって下手じゃない。でも、俺の指が思い通りに動かない。こんな経験は初めてだった。スポーツだって、楽器だって、今までそこそこできてきたのに。


 てか、ケツダッシュで扉を通り抜けるってなんだよ。しかも、この階段のあと、もう一つ同じ階段があるらしい。バカじゃねえの。てか、最初に考えたやつ、まじで誰だよ。


 もう何度目か、マルオが扉の前でじっと立ち尽くしているのを見て、俺はため息をついた。自分への苛立ちがほとんどだ。こんなの誰だってできるって、バカにしてた過去の自分もムカツク。その自分を超えられない自分も。


 これじゃあ、一位はおろか、二位にすらなれない。


「も、もう、今日はいいんじゃない? 充分、すごいと思うし……」

「いや、これできるまでやるわ」


 大道の制止を振り切って、俺はもう何度目かわからない画面に向き合った。


 コントローラーを握る手が汗ばむ。俺はそれを握りなおして深呼吸をひとつ。まだ、やれる。


 マルオがじっとこちらを見ている。そろそろ成功してくれって顔をしていた。


 わかってるよ。


 俺はゆっくりとコントローラーを操作する。まずは、画面の視点合わせから。それから、階段に対して垂直に幅跳び。ゆっくりと数回幅跳びを繰り出して――今! 俺はスティックを真上に押し込んだ。


 二度目でマルオのケツが階段にひっかかり、マルオが高速で扉にぶっ飛んでいく。


「うしっ!」


 思わず声が漏れた。俺の左手はコントローラーから離れて、自然とガッツポーズになる。


「すごいよ! すごい! 新野くん、やっぱりめちゃめちゃすごいよ!」


 大道もまた、俺の肩をバシバシとたたき、興奮をあらわにする。痛い。けど、もう、今はそれどころじゃない。


 まずは一つ目クリアだ。


 俺は離してしまったコントローラーをもう一度握りなおす。大道にタイムを縮める動きを教えてもらって、再びバグ技で扉をくぐる。


 扉の先に、今度は先ほどよりも長い階段が現れた。だが、これで最後だ。もう一度、ケツダッシュを決めさえすればいい。


「無限階段って呼ばれてるんだ。ここは、見えない壁があったりするから、もし途中で止まっちゃったらスティックを下に、それからジャンプすれば大丈夫。あ、真ん中から右側でやらないと、左側は別のステージにいっちゃうから気をつけてね!」


 大道はぐっと両手を握ると「大丈夫」と俺を励ました。素直にその言葉を受け取って、マルオを少し画面右側へ寄せる。


 途中で止まっても、焦らない。スティックを下に倒してジャンプすればいいだけだ。


 ケツダッシュ自体はさっき決めたんだから、同じようにやればいい。


 大丈夫、やれる。


 俺はゆっくりと息を吐き出して、その分たっぷりと息を吸う。吸った息をぐっと腹の奥にため込んで、俺はボタンを押し込んだ。


 幅跳び、スティックを操作して――


「いけっ」


 ほとんど祈りみたいなものだ。マルオのケツが階段にひっかかり、ものすごい勢いでマルオが画面上を移動していく。もはやロケットのそれだ。祈りが届いたのか、一度も止まることなく頂上まで辿り着いたマルオは、勢いをそのままに扉へとめり込んだ。一瞬、画面が暗転する。


 まばたき一回分の空白のあと、画面に現れたのは……亀の魔王だった。


「……お?」

「うわぁぁぁあああ! やったあ! 新野くん、すごいよ! ほんとにすごい! これ、初めてで決めた人、いないんじゃないかな! めちゃめちゃすごい!」


 実感のわかない俺を、大道が力任せにぐわんぐわんと揺さぶった。がっしりと掴まれた肩が痛いのは、多分、大道のせいだけじゃないだろう。気づかないうちに腕に力が入っていたに違いない。ずっとコントローラーを握っていたせいか、手も震えている気がする。……いや、興奮のせいなんかじゃない。きっと。


「ここまで来たら、あとは魔王を倒すだけだから! ほんとにすごいよ! 新野くん、練習したらすぐにうまくなると思う! ほんとになんでもできるんだねえ! すごいねえ!」


 大道ががっしりと俺の両手を握りしめる。その手を払いのけることすらできなくて、俺はただ、大げさなまでに俺を褒める大道の言葉に耳を傾けた。俺以上に喜んでんじゃねえよって思うけど、それすら笑えてくるくらい、まじで……嬉しい。


 ホッとして、全身から力が抜ける。しばらくはコントローラーなんか握りたくねえって思うのに、俺の心はボスを倒したがっていて、いや、それ以上に、もう一度、って思っていた。


 こんなに真剣にゲームが楽しいとか、いつぶり? って感じ。


 ボスは大道がいなくても多分倒せそうだ。俺は一度休憩を、とすっかりぬるくなってしまった麦茶に手を伸ばした。途端、窓の外が暗いことに気づく。


「……あ、てか、時間。悪い。大丈夫か?」

「あ!」


 大道もすっかり時間のことなど忘れていたようで、壁にかけられた時計を見て青ざめた。


「ご、ごめん! 遅くまで! ぼ、僕、そろそろ帰らなきゃ」

「いや、俺こそ悪い。まじで気づかなくて」

「だ、大丈夫だから! ボ、ボス戦まで、一緒にいられなくてごめんね」

「いいって。それくらいひとりでできんだろ」


 バタバタと片付けをする大道に付き合って、俺は玄関先まで大道を送る。駅まで送ろうかって聞いたら、大道は大丈夫だからと言い残して帰っていった。駆け足で去って行ったところを見るに、相当急いでいるらしかった。


 悪いことしちまったな。


 俺はその背中を見届けながら、けれど、心はすぐにマルオの世界へと引き戻される。


 戻った部屋では、マルオがテレビ画面の中で、ボスと対峙したまま止まっていた。ゲームを再開すれば、先ほどまでの明るい曲が一変、どこか暗くて怖いものになる。


 けれど、ボス戦はそれまでのバグ技よりも簡単で、あっけなくて。


『終わったぞ』


 俺はクリア画面を写真に撮って、大道へメッセージを送る。電車に乗っているのか、すぐにレスがあって、祝いの言葉と感謝の言葉、それから大量のほめ言葉が並んだ。それから、三十分を切るためのコツや、RTAの練習の仕方など、様々な動画やURL、大道自身の言葉が届く。俺はそれらひとつひとつを読んで、再び返信をした。


 最後に、今日は悪かったな、と謝るか悩んで、いや、と俺は打ちかけの文章を削除する。


 代わりに、


『すぐ、三十分台切るから。次は、一緒にできるゲームやろうぜ』


 そう、次の約束を取り付けたくて、そのほうがいいって思って、俺は送信ボタンを押した。


 そのころにはもう随分時間が経っていたから、大道はおそらく電車をおりて、自転車を走らせていたのだろう。


 それ以上の返信はなくて、俺はスマホを閉じる。


 大道のいない部屋は、ほんの少しだけ寂しかった。


 その寂しさをまぎらわすように、昼間の楽しかった時間を振り返るみたいに、俺はコントローラーを握った。

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― 新着の感想 ―
[良い点] >大道のいない部屋は、ほんの少しだけ寂しかった。 既にこの境地に達している彼は未だ、自分の心に気が付いていない……。 ( ̄▽ ̄) いきなりだいたいまでこなせるとは、二位とはいえ、何事もそ…
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