3-5.
オープニングムービーが終わり、俺は昨夜見た動画を思い出す。
たしか、最初は城に向かってダッシュしていたはず。意味はわからないが、橋のギリギリ、際の部分を走っていた。陸上でインコースを狙って走るようなもんか?
とりあえず、俺はそれにならって……。
「は?」
画面が勝手にムービーへと切り替わる。どこからともなく亀に話かけられたのだ。姫さまがさらわれた、と勝手にしゃべる亀に、俺は早速足止めをくらう。
「動画のやつ、こんなのなかっただろ」
「あ、えっとね、ここはジュゴムカットって技があって。動画だと、それ使ってるから」
俺のマルオを止めた亀はジュゴムという名前らしい。橋のギリギリを歩くことで、この長いジュゴムとの会話をスキップできるんだそうだ。大道もジュゴムよろしく、八秒もタイムが変わるんだよ、すごいよね、とひとりしゃべり続けている。普通にそれバグすぎね?
「てか、先に言えよ」
「だ、だって、新野くん、最初から端っこ狙ってたから……。てっきり知ってるのかと思って。すごいなって」
「動画見たからな。普通にインコースのほうが早いのと同じもんだと思ってたわ」
テキストを読み飛ばすためにボタンを連打する。扉の前まで来れば、本格的にゲームスタートだ。
ロード時間の暗転の間、大道は俺がガチの初心者であることを思い出したのか、
「最初の星はね、動画と違うルートのやつを取りにいったほうがいいから、説明するね」
と解説を始めた。
動画のルートは世界記録のもので、とにかく難易度の高い技が多いらしいこと。最初のうちは簡単に取れる星を確実に集めたほうが早いこと。目標は三十分を切ること、などなど。
大道は俺の画面を見て、的確な指示をしながら、説明を加えてくれる。
俺は俺で、動画で見たものは出来るだけ忠実に守り、隣の大道の指示を守り、全力で指を動かしていった。
「お」
「あ、すごい! それが坂滑りだよ!」
大道に言われたタイミングでボタンを押しただけだが、なにか技を習得できたらしい。たしかに、俺のマルオも動画で見たのと同じ動きをしていた。
「新野くん、すごいよ! 基本的な操作も上手だし、これだったらセットアップもいけるかも」
「セットアップ?」
「この先の橋を渡ったところで、橋に捕まったまま落下して、星を取るやつなんだけど」
そういえば、動画でもやっていた気がする。壁の中に埋まっているのか、それとも水の中に隠れているのかわからないが、橋から落下した際に突如星が現れたのだ。橋の上で謎の動きを繰り出すマルオも、そこから突如星をゲットするのも、すべてが新鮮だった。
「あれ、結構複雑じゃね?」
「大丈夫だよ、ひとつずつ丁寧にやっていけば、多分できると思う!」
大道はそう言うと、橋の上で待機しているマルオを指さした。ここで崖に捕まれ、だの、もっと右、もっと左、だのと俺に細かく指示を出す。
「どこでも一緒だろ」
俺がコントローラーを投げそうになりながらも、大道の指示するポイントでマルオを止めると、大道がいつになく真剣な顔でこちらを振り返った。
「この操作はね、ピクセル単位で決まってるんだ。だから、絶対にここ。覚えて」
とてもいつもの大道とは思えないほど、はっきりした口調だった。
「……わかったって」
俺はそのあとも大道の指示に従って、ボタンを押したり、スティックを倒したりする。そのたびに大道から細かな修正を受ける。画面の視点まで意識していると聞かされたときには、意味不明だと言いそうになった。
崖を掴む。橋へ向かってバク宙、パンチ、再び橋に捕まって、視点を調整。もう一度橋に上って、落下。
動画ではこの一連の動作を容易くやっているように見えた。だから、俺でも簡単にできると思っていたけれど。
「……こんなシビアだったんだな」
「そうなんだよね。見ただけじゃわかんなくて、そこがまた面白いっていうか。……あ、そこ。そう、その位置。多分、その位置なら大丈夫だと思う。あとは、スティックを上に倒して、橋をのぼりきる直前でスティックを下にすれば……」
大道の声を聞きながら、俺は画面の一点に集中して、ふ、と息を吐く。同時、スティックを倒せば、マルオが水中に落下し――
「とれた!」
星をとったマルオがこちらにピースサインを投げてよこした。
「うわぁっ! すごい! すごいよ! 新野くん、初めてなのに成功させちゃうなんて!」
大道は俺以上にはしゃぎ、俺以上に喜んでいる。キラキラと輝く目、熱を握りしめたこぶし、今にも俺にとびかからんとするくらい前のめりな姿勢。そのどれもが、
「本当にすごい!」
というほめ言葉を体現していた。
「……まだ二個目だろ」
むずがゆくなって、俺は「ほら、次行くぞ」と視線を画面に戻す。最終的には、これらの技をもっと早く、確実にこなして十六個の星をとらなければならないのだ。二個目で止まっているわけにもいかない。
興奮冷めやらぬ大道を無理やり俺の隣に座らせ、再びふたりでマルオとその世界に向き合う。いくつか難しい星は大道に手伝ってもらいながらも、俺はなんとか星を集めていった。
失敗と苦戦を繰り返しながらも十六個のスターを集め終え、亀の魔王との戦いも終わったとき。
「あ、ここ」
俺のコントローラーが握る手に少しの力がこもる。
マルオがケツでのぼった階段だ。それも爆速で。
動画の中で、一番ワクワクした場所が、今、目の前にある。
俺がじっと画面を見つめていると、隣で大道が苦い声を出した。
「あー……ここは……正直、すごく難しいんだ」
どもっている、というよりは、完全に言葉を濁した言いかただった。大道がそんな風に言うのは珍しくて、よほど難しいのだろうと思う。今までのバグ技だって、動画で見た以上に難しかったし、正直、大変だったのだ。ここまでくるのも一苦労だったし。もうやめてもいい。別に、ここで諦めたって、死ぬわけでもなければ、金に困るわけでもない。
「ほんと、世界記録を持ってるプレイヤーでも、よくミスする場所なんだよ。めちゃめちゃシビアだし……リカバリーも難しいから、何回もやり直すことになるかも」
大道はそれでも「やってみる?」と俺を覗き込んだ。伸びた前髪の向こう、メガネのガラスのその先に、子供みたいに純粋な瞳が、どこか挑戦的に、熱を持って訴えている。
それでも、俺は挑戦すべきだって。
俺はコントローラーを握りなおして、「やる」と小さくうなずいた。