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あばただらけの少年を助けたら、公爵から溺愛されそうです。

作者: 佐藤純

Twitter(X)リンク:https://twitter.com/jun_satoh_novel

「いつか王子様が迎えに来てくれるのよ?」


5歳の頃からそう言い続けて13年。社交界デビューしてから3年がたった。そして、今まさに、私は広大な伯爵領のカントリーハウスで、家族と一緒にシーズンの準備をして過ごしていたところだ。


「まだそんな事を言っているの?お姉様。それよりも、その見栄えの悪いそばかすを消す努力をしたらいいのに。」

現実的な妹のマリアは、テキパキとメイドに指示をだして準備をしている。今年がデビュタントの年とあって、気合の入り方もひとしおだ。その原動力は、「姉のようになりたくない」というのであるから、その不甲斐ない姉は大変不服である。


「ユリアはもう、どうしようもないわ。こうなったら、その商才を活かして領地経営を勉強させることもやぶさかではなくてよ。」

お母さまも、私の夢見がちな妄想に、げんなりして諦め気味だ。


「でも、占術師からは、私は王子様と結婚するって言われたのよ?」

「当時流行っていただけの、うさんくさい占術じゃない。」

「それに、今の王子様は4歳よ。周辺諸国の皇位継承者も似たようなお年だし。」


妹と母は、同じように当時占術にはまっていたのに、容赦なく私の夢を糾弾する。

「いいのよ、貰い手がいなかったら領地経営するわ。」

「領地経営もそんなに簡単なことではないけれど、ユリアだったらやれるかもしれないわね。」

母がやれやれとため息をつきながら、ドレスを机の上に広げる。


伯爵家は今、優雅にタウンハウスへの引越しの準備をしているが、領地の財政状況は悪い。祖父にあった領地経営の才が、父にはなかったのだ。祖父の時のように過ごしていたが、母が気がついた時にはすでに、資産が最高時の1/3にまで減っていた。


これは大変だと、あたふたし始めたその時、私が幼少期から開発していた白粉が大ヒットしたのだ。一旦それで我が家の財政は持ち直したが、油断はできない。本格的に事業にするなら売り続けなければならないし、新商品だって作り続けなければならない。


「我が家はマリアに賭けるしかないわね。」

「わかっているわ、まかせてお母様。それに、今年のシーズンには、留学中のエリアス公爵がいらっしゃるのよ。」

「どなた?」

「ブルーメ王国の公爵様よ!お姉さま知らないの?本当に王子様以外には興味がないのね!」

マリアは驚愕したようにこちらを見るが、同じ空間にいたのに、どうやってそんな情報を得てくるのだろうか。


「ブルーメ王国のエリアス公爵か〜。」

「あら、お姉さま?興味がありますの?」

「いいえ?私は生涯王子様にしか興味がないけれど、こんな田舎にまで情報が入ってくる人ってどんな人かなって思っただけよ。」

「ぶれなくて安心しましたわ。」

母と妹は、ため息をつきながら、目の前の準備に専念した。


――――――――――


社交シーズンの到来だ。

私たち家族は、父のいるタウンハウスに移り、夜会に備えた。


「初日はバロン侯爵家の夜会だ。」

夕飯の時に父が言う。

「なぜバロン家なんですの?派閥が異なりましたよね?」

「エリアス公爵がいらっしゃるとの情報だ。」

「お父さま!なんて有能ですの!」

「それを領地経営に活かせればよろしいのに。」

「クラリス。一言多い気がするぞ。」

父は、心外だというように母をみて、頭を垂れた。


バロン家のパーティーは、盛大に行われた。

エリアス公爵が参加するとあって、令嬢たちは一層気合を入れておめかしをしていた。みんな、私が開発した白粉をつけている。伯爵領で偶然見つけた鉱石が、肌馴染みがよく、色のりもいいものだったのだ。あれを見つけられなかったら、今頃は貧乏伯爵真っ逆さまだ。


「お姉様はご自身の開発した白粉で、そのそばかすを消そうと思いませんの?」

「いいのよ。そのために開発したわけじゃないもの。」

「そのそばかすを消せば、お姉様も婚期を逃すことはありませんのに。」

「あら、ベースはいいってこと?」

「妹の私がこんなに美しいんですもの。醜いはずはありませんことよ。」

「ふふふ、ありがとう。」

小さい頃から何かと比べてられてきた妹だったが、仲はいいのだ。私がお礼を言ったのを聞いて、ふんとそっぽをむいてしまった。


「エリアス公爵がいらっしゃったわ!出遅れました!」

マリアが遠くの方でざわつく令嬢達の声を聞きつけて、すぐさまそちらに向かう。

そちらの方に目を向けると、令嬢達の色とりどりのドレスの中に、頭一つ分飛び抜けた背の高い公爵様が、狼狽えてらっしゃった。確かに美形な方だ。柔らかい髪質なのか、栗色の髪がふんわりと垂れており、それが柔和な雰囲気を醸し出している。


私にとっては違う世界の人だ。

私は、お酒をくっと喉に流し込んで、ほてった頬を冷ましにテラスへ向かった。


バロン伯爵家のタウンハウスは、王宮にとても似ている。見栄っ張りのバロン伯爵が、だんだん似るように作り変えていったのだ。

私はテラスの柵に寄りかかりながら、昔の事を思い出していた。


――――――――


なんのパーティーだったか忘れたが、よく晴れた日、私は王宮に連れて行かれた事がある。大人達が仕事で忙しくしている中、私は王宮の庭で放置されていた。そんな子女達が多かったのか、庭を散歩していると、草陰から声が聞こえて来たのだ。


「うるさい!お前たち覚えておけ!」


そんな怒鳴り声が聞こえたかと思うと、声のした方から、男の子が飛び出してきた。目には少し涙を浮かべている。男の子はそのまま私の前を走り去り、王宮の方へ消えていった。


(いけない。あっちは子供が入っちゃダメなところよ。)


私は男の子を追った。


「ねえ、大丈夫?」

私は王宮の立ち入り禁止エリアの隅にうずくまって泣いている男の子に声をかけた。


「な、なんだよ!」

声を掛けられた男の子は飛び上がって驚き、急いで涙をふく。

「ごめんなさい。でもそこ、子供は立ち入り禁止なのよ。大人に怒られるわ。」

「そうか…。」

「あっちにいきましょう。いい場所を知ってるの。」

私は、男の子の手を引いて、私のお気に入りの場所に連れていく。


「どうして泣いていたの?あの子達に何か言われた?」

「僕は…、太ってなんかないし、このそばかすもあばたも、好きであるわけじゃないんだ。僕の父は国で一番偉いのに…!」

「あなたは悪くないわ!あいつらの言う事なんて気にしなくていいのよ。お母様も、あいつらとは関わるなって言うわ。」

「そうなんだ。」

「それに、私とおそろいよ。私、そばかすをとても気に入っているのよ。だって、みんなはお化粧をしないとつけられないけど、私は最初からついているの。アクセサリー見たいでしょう?」

「みんなにはないもの…。」

「そうよ。もし自分に自信がもてなかったら、見返してやればいいわ。」

「うん、ありがとう…。僕、頑張るよ。また会える?」

「わからないけど、きっと会えるわ。」

それから私達は他愛のない話をして、別れたのだった。


――――――――


あの男の子は今どうしているだろうか、とふと思い出す。

あの男の子のために、私は白粉を開発したのだ。今までの白粉は、とても肌に馴染むものではなかったから、男性は使えなかった。いつか、あの男の子に届けばいいと思って男性でも使えるものを目標に開発した。結果、それが女性にウケて、売れた。


さて、そろそろ令嬢たちの熱は冷めただろうか、と思って会場に戻ろうと、柵から手を離す。

すると、庭の方からガサガサと大きな音がした。


「失礼。ちょっとよいかな?」

その声と共に、大柄の男が庭からテラスの柵を越えてやってきた。

「きゃあ!え…ぐむっ。」

「しっ。静かに。」

その男はテラスにいた私の口を塞ぎ、頭を押さえつけられた。

そのまましばらくすると、「どこへ行かれたの?」「こっちかしら?」という令嬢たちの声が向こうの方へ消えていった。


私はその声の主達が遠くへ行ったのを確認して、自分を押さえつけている腕をとんとんと叩いた。

「あぁ、すまない。」

「こほっ、こほっ。あなた、エリアス公爵ね。」

私は咳き込みながら、押さえつけていた男性をまじまじと観察する。

「その通りだ。女性を押さえつけるなんて真似をして申し訳ない。あのご令嬢たちが少し強引に…失礼。」

今度は自分で自分の口を押さえて、失言をなかったことにしようとした。


「大丈夫よ。きっとあの子達がはしたなかったんでしょう?」

「あ、ああ…。」

「あなたは悪くないわ。」

「…。きみ、そのそばかす…。」

「ああ、これ?お目汚しをごめんなさいね。あなたを囲む女性のように美しくないけれど、私はこれを気に入っているの。」

「いや、そんなことは…。」

私は、会ったばかりの異性に外見のことを指摘されて、少しムッとしながら答える。

「これ以上一緒にいたら誤解を招くわね。私は失礼させていただくわ。」


私はテラスを後にした。


―――――――――


「お姉さま?!エリアス公爵が我が家に来ていますわ?!」

「え?なんで?」

「わかりませんわ、しかもお姉様にお会いしたいと…。」

「え?私?」


あれよあれよという間に、私はエリアス公爵と二人でティータイムをすることになった。


「あの、なぜ私とともにアフタヌーンティーを嗜んでいるんですか?」

「少しあなたに興味をもってね。そういえば、今巷で流行っているあの白粉を開発したのが君なんだって?」

「ええ。そうです。今までのものは少し粉っけがきつくて、色も白かったでしょう?どうしても女性のものというイメージを払拭したかったのです。」

「どうしてそう思ったんだい?」

「それは…幼い頃、あばたとそばかすだらけで泣いていた子供がいたのですわ。その子とはそれっきりでしたけど、その子が少しでも明るくなるようにと思って開発しました。」

「そっか、その男の子が使ってくれているといいね。」

「ええ、そうですね。」


「ところで、君には婚約者がいるかな?」

「いませんけど、なぜそんな不躾なことを聞いてくるのですか?」

「それはよかった。僕が立候補してもいいかい?」

「な?!」

この公爵様は何を言っているのだろうか。なぜ、選びたい放題の公爵様が、よりにもよってそばかすだらけで、財政状況も良いとはいえない伯爵家の私に声をかけるのか。


「いえ、私。王子様としか結婚しないんです。」

私はいつもの常套句を使う。変な同情心で私を婚約者に迎えようとする男性はゼロではなかった。その人達は漏れなく「かわいそうなお前をもらってやるいい男だろう?」といった下品な思考で、私をすぐに下卑た目で見てきた。

そんな奴らと結婚する気なんてさらさらないので、私はいつも、王子と結婚するのだと豪語しまわっている。


「王子?この国の王子は4歳では?」

「知っているわ。」

「近隣国に適齢期の王子はいたか?」

「いないのよ。」

「誰と結婚するんだ?」

「もう!誰とでもいいでしょう?」

公爵は眉毛を極限まで下げ、混乱したような顔で見てくる。私はこのティータイムのゴールがわからなくて、席を立った。


「ちょっと待ってくれ。なんでそんなに王子にこだわるんだ?」

公爵はあわてて、私の腕を掴んで引き留める。私は諦めて座り直した。


「私が昔出会ったその男の子が、言っていたのよ。」

「自分は王子だって?」

「王子といったかは覚えていないの。でも、国で一番偉いと…。」

「そうか、なるほど。やっぱり僕と結婚してくれないかな?」

「何ですって?」

「ユリア嬢、気がついてほしい。その時の男の子は僕だ。」

公爵は、まっすぐな瞳で私を見つめて来た。

「なんですってー?!」

私は、思わず立ち上がって叫んだ。


――――――――


「あなたが?あの、男の子なの?」

「そうだ。ブルーメ王国は当時、国の情勢が危うかった。だから短期間の間、俺はこの国に保護されていたんだ。その時に、君に会った。」

「でも、王子様と言っていなかった?あなたは公爵でしょう?」

「正確に王子と言ったつもりはなかった。当時は情勢が危うかったからね。確か留学目的できている遠国の要職の子供という設定だった。でも確か、父が国で一番偉いんだ、というくらいの見栄はきっていたかもしれない。」

「ああ。確かに、そう言っていたかも…。」

「それからブルーメ王国は、内乱を経て一度王室は解体した。今は共和制をとっているんだ。そして、時期をみて国に帰った僕は、公爵としての地位を与えられた。」

「そう…。大変だったのね。」

「大丈夫さ。僕には勇敢なそばかすの女神様がついていたからね。」

「それは、私?」

「あぁ、当時の僕は毎日不安で、健康面も気にせずに周囲に当たり散らしていたガキだった。でも、そんな奴に味方になる人なんかいなくて、僕は気がつくといじめられて孤独にいたんだ。そこに、外見を全く気にしない、強気な女の子が現れてね。」

公爵は、そこで私をみながら、ウインクをした。いつのまにか机の上に置いていた手を握られ、公爵の視線からも物理的にも逃げられない状況になっている。

「僕は国に帰って立派な人になり、彼女を迎えに来ようと決心したんだよ。だから、僕と結婚してくれないか?必要ならなんだってするよ。」

「なんだって…。」

「あぁ、僕のために起こしてくれた商売も続けてくれていいし、もっと素敵な場所で結婚を申し込んでもいい。この国を離れて僕と一緒について来てくれたら嬉しいけれど…僕がこっちに爵位をもつ事を頑張ってもいい。君の家の財政を立て直す事にも協力しよう。」

「うちの財政が傾いていることも知っているのね。」

「ああ、昨日君に会ってすぐに調べさせたんだ。ユリア嬢、君が僕の元に来てくれるならなんだってするさ。」

「でも、あなたのそばに並ぶのにふさわしい人がもっといるはずだわ。」

「どこの誰だい?君以上にふさわしい人がいるのなら教えてほしい。」

「昨日、あなたの周囲を囲んでいた、美しさも爵位も問題ない人たちよ。」

「美しさや爵位なんて関係ない。あの子たちはきっと、僕がそばかすとあばただらけだったら、見向きもしない人たちさ。お願いだ、ユリア。」

公爵はそう言って、熱の入った目で見つめてくる。

私は、もう何も逃げる言い訳がなくて、こくんと頷くしかなかった。


「ああ…でも、どうしましょう。適齢期もすぎてしまっているし、そばかすだし、商売をしている女なんて…。でも、あなたにもう一度会えたことは嬉しいわ。」

私は、いろんな感情が一気に押し寄せて、ぐちゃぐちゃな気持ちを吐露していく。

私は本当に自分のそばかすを気に入っていたし、モテないことも気にしなかったが、エリアス公爵に熱のこもった目で見つめられると、長年のそれらが強がりだったのかもしれない、ということに気がついてしまったのかもしれない。

一人の女性として誰かに愛されるという喜びが、身体中に広がり、どうしていいかわからない。そんな事を思ってもいないが、自分を卑下することでバランスを保とうとしているようだ。


エリアス公爵はとうとう私の手を取って、立ち上がらせる。そして、慣れているように腰に手を回し、身体を密着させた。

「どうやら今度は僕が君をふるい立たせる番かな?君は世界一美しいよ。」


エリアス公爵の優しい声が耳元で響き、心臓の音が激しく鳴る。絶対に公爵には聞こえているはずだが、公爵をみると、はにかんだような笑顔を向けてくる。


「君もそうかもしれないが、僕も嬉しさでどうにかなりそうなんだ。」

公爵はそう言って、私を抱く腕に力を込めた。そして、それに伴って顔がどんどん近付いてくる。公爵の柔らかい髪が私の頬に落ち、くすぐったい。

「君に口づけをしたいんだけど…いいかな?」

公爵は、鼻と鼻がくっつきそうな距離で、抱きしめながら問いかけてくる。私はもはや心臓がどうにかなってしまいそうで、身体に力が入らない状況で何者考えられずに、「はい…。」と小さく掠れた声がでた。


そして、ゆっくりと公爵の顔が近付いてきて、柔らかい唇の感触を感じた瞬間、全身が痺れたような幸福感に包まれた。


それから公爵は、角度を変えて3回ほど優しく口付けを行うと、次は頬やおでこ、首筋と、どんどん範囲を広げていく。公爵の柔らかい唇が肌に触れるたびに、私は声にならない声をあげる。


「これ以上は、辞めておくよ。」


そう言って公爵が離れた後、私は立っている力もなくて、公爵に向かって倒れ込む。


「ごめんなさい…。」

「こちらこそ、君に会えた喜びでやりすぎてしまった、すまない。もしよかったら少し休憩をして、君のご両親に挨拶をしたいのだけど…。」


そう言って私たちの結婚は例を見ない速さで決まっていくのだった。



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