あの日、僕たちは、お互いをもっと好きになる~地元の噂と数多の超常現象~
ジャンルは自分でもよくわかっていないので、適当です。予めご了承ください。
ふと目を覚ますと、そこは僕の知っている我が家ではなかった。だけど、少し懐かしい気持ちにもなった。そうだ、今日は久しぶりに地元へ帰ってきたんだった。
「ふぁあ~、眠い。夏休みっていいなぁ、ずっと寝ていられる」
そう、一昨日から僕は、念願の夏休みを手に入れたのだ。大学生活が始まってすぐに、名前も知らない女子から告白され、舞い上がってOKしたはいいものの、彼女はちょっと、いや、結構やばい女だということを、彼女と高校が同じ友人が教えてくれたのだ。
たとえば、彼女が好きになった男が、謎の失踪を遂げているとか、彼女は頭のネジが数本外れており、好きになった男をストーキングするとか、そういった話を。
僕はすぐに彼女をフッた。だけどそれが間違いだった。ストーキングの餌食になったのだ、僕は。だけど幸いなことに、僕は恋愛運はなくても、親のツテで交友関係はものすごく広かったため、親父の友達である、弁護士をしている人に助けを求めて、どうにかストーキングは鳴りを潜めていった。
だが、それだけで僕の心を折るには充分だった。僕は女性恐怖症になり、一週間大学に行けなかった。
今でこそ、楽しく通えているが、それは小学生の頃からの親友である、結城咲玖がカウンセリングという名目で僕を外に連れ出してくれたおかげである。
もちろん咲玖も同じ高校を出て同じ大学に入学しているので、地元は同じである。もうすぐ、俺を起こしに来る頃だろう。
「晋く~ん、かわいい咲玖様が起こしにきてあげたよ~!お~い!」
「はいはい、起きますよっと」
ただその日はちょっと様子が違った。「毎日起こしてあげてるんだから、もうそろそろ私に恋心をいだいてもいいのよん♪」とは、その日、彼女の言い放った爆弾である。
「……は?」
間違いなく、数秒は思考停止していた。
「いや~、ちょっとからかってみたくなっただけっていうかね?それでもそんな反応はちょっと傷つくかなぁ~?」
「いや、お前、僕がどれだけ女性関係で苦労したと思ってるんだ?保育園の時からリスカが趣味のやばい女子に好かれて、小学生の時にはまともな子がいたけど、僕が好きになる人はみんな怖くなっていくんだ、『晋ちゃんがいけないんだよ』とか言いながら、僕を拉致監禁するんだ......。それを知ってるのに、どうしてそんな冗談が言えるんだい......?」
「......なんかごめんね」
泣きながら過去のトラウマを話すと、退いてくれた。そりゃあそうだろう、本物の被害者から話を聞くのはどんな話であろうと、とても現実味があるのだ。
「でも、小さい時の約束、覚えてないの......?」
「......覚えてるさ、忘れられるわけない。けど、僕がこんなのだから......」
「こんなのって何?私はずっど本気なのに、晋くんが、晋くんがそんなことばかり言うから、私......!もう、こんな関係のまんま一生を過ごしていくのは嫌なの......!」
そう言うと咲玖は俺の部屋から飛び出していった。
僕は追う気になれなかったが、朝ごはんを食べにリビングに行くと、両親が「何してんだ、早く追いかけてあげなさい」というような、厳しく、でも眩しいものを見るような視線で訴えてきたので、僕は小さく、「わかったよ」といい、外出の準備を始めた。
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居場所の目処はついている。僕たちが喧嘩したときといえば、近所のだだっ広い庭園しかない。よくそこの子供用スペースでブランコを漕ぎながら、謝り合っていた。
「やっぱりここか」
「......」
「ふてるなよ。僕だって咲玖と付き合いたい気持ちは山々なんだ。だけど、僕はまだ、覚悟が決まらないんだ」
隣のブランコに座りながら僕は言う。
「もし、このトラウマを治してくれるなら。僕はね咲玖、そんな事は言いたくないんだ。心配事がなくなってから僕は咲玖に言いたいことがある。だから、それまで待っていてくれないか」
「......」
ふと気がついた。咲玖の様子が少しおかしい。さっきから咲玖にとって機嫌を直してくれやすいであろう、僕の本心を喋っているのに、返事がない。
「咲玖......?」
顔を覗き込んでみる。すると、咲玖の目に光が灯っていなかった。
「......!」
これはまずいと直感し、救急車を呼ぶ。その後、咲玖の家、そして僕の家に連絡を入れ、救急車を待った。
救急車が到着した、何故か警察も来ていた。そして、僕は事情聴取のため、警察署に行った。
「私は、花岡健吾、といいます、この度は任意の事情聴取にご協力いただき感謝します」
少し名前に聞き覚えがあった気がしたが、名前と顔が一致しないので、気のせいだと判断しておく。
「僕は、何を話せばいいんでしょうか」
「......。では、結城さんとはどのようなご関係で?」
この質問に僕はどう答えてよいかわからなかった。即答できれば、咲玖を失わなくてよかった気がした。
「......小学校からの、親友......です。でも、小学校3年生のときに、結婚の約束をして、お互い本気でした。けど、もう、咲玖には......僕の想いが伝わることは、もうなくなりました......」
「そう、ですか......。その感情は、私には理解できませんが。ですが、あなたに光を与えることはできます。とは言っても、所詮は噂ですので、確認のとりようがないのですが――」
そんな前置きをおいて、花岡さんが僕に語り始めたのは、最近になってこの街に流れ始めた、噂だった。
その噂というのは、『町外れにある無人の館には、何の変哲もない、どこから見ても普通のノートパソコンがある。そのパソコンを起動すると、今の人生でやり残したことをしたくなる衝動に駆られ、今の人生と同じ人生を後悔なく、歩むために、思い出深い地で命を失ってしまう』というもの、らしい。
「最近の私達警察に舞い込んでくる事件の中に、怪死事件がよくあるんですよ、そして、調べていると、最終目撃地が亡くなった人の『思い出深い地』と一致してしまうんですね。これは警察でも頭を悩ませるしかない。なんて言ったって噂と一致しているんだから」
「それで、僕に光を与えるって、どういうことですか?」
「えぇ、もし、記憶を引き継いだまま同じ人生を歩めるとしましょう。あなたは、もう一度結城さんと出会える。そしていままで伝えられなかった想いを、今度は伝えられるかもしれませんよ。まぁ、こちらにも打算的な考えがありますので。もし、記憶を引き継いだまま同じ人生を歩めたなら、もう一度会いに来てほしいんです。連続的で不可解な、この事件を解決するキーマンとして」
「......。」
僕はすぐ返事をすることができなかった。怖かったからだ。そうして硬直していると、花岡さんはふっと笑って、「一週間で、結論を出してください。それ以上かかってしまうと最大限の支援ができなくなる可能性が高いですから。上がなかったことにしようとしていますから。はぁ、全くどうして自分たちの手におえないことを頑張って解決しようとするかねぇ」と最後に愚痴をこぼしてどこかに行ってしまった。
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僕はその夜、眠れなかった。そりゃあそうだろう、結婚を約束していた幼なじみが死んで、あんな噂を聞かされて、更には警察が重要視している怪死事件のキーマンになってくれだって?眠れるはずがない。
次の日、僕は咲玖の葬式に出席していた。咲玖には今年で10歳になる弟、結城綾人がいる。綾人は、姉の棺の前で泣いている、自分の両親を必死になだめている。
対して僕は、36歳の兄、雲雀侑也になだめられていた。
「お前、なんか悩んでることでもあるのか?」
久しぶりに会った兄の第一声がこれだ。
「兄さんは僕と同じ状況で悩まずにいられるか?」
僕は兄が咲玖のことで悩んでいるんだろうと思っていると思っていた。だけど、違った。
「あぁ、悪い。そういう意味じゃなくてだな。なんか、咲玖ちゃんのことじゃない、別のことで悩んでるんじゃないのか?」
ハッとした。僕の心は兄に見透かされていたのだ。それに気がついた僕は泣きながら兄に花岡さんから聞いたことを言った。
「......ふむ。たしかに、そんな噂は流れているが、亡くなった人はいても、挙動不審だった人がいたとは聞いてはいないがなぁ」
「兄さん、警察でしょ。どうにかしてよ」
「そう言われてもなぁ。多分、難しいぞ。お前がキーマンになってくれるんなら話は別だが」
「......。わかった。僕がやるよ、リベンジマッチだ。親父と母さんによろしく、花岡さんのところに行ってくる」
警察署で警官に花岡さんに会いたいというと、待合室のような場所で十数分ほど待たされたあと、花岡さんが笑顔で、「結論はでた?」と、事情聴取のときとは違う、気さくな感じで話しかけてきた。
「はい、僕は捜査に協力します。それに、僕もなんで咲玖が死んじゃったのか、気になるんです」
「それは良かった。じゃあよろしく頼むよ。晋也さん」
---花岡健吾視点---
その後、私と晋也さんですぐに例の館へと向かった。
侵入することは思っていたより簡単であっさりしていた。
しかし、侵入したあとが大変だったのだ。この館は広すぎる。それが不動産としては最大のメリットであるのだが、この状況では最大のデメリットであった。
だが私にとっては何度も経験したことである。迷いなく足を進める私に晋也さんという今までのループで言うところの第二特異点が、不可解なものを見たというような視線を向けてくる。
「なんか迷いなく進みますね?」
「それはそうだろう、捜査で何度もきたことがあるのだから」
「たしかにそう言われればそうですね。......なんか嫌な予感がするんだよなぁ」
こんな反応にもなれたものだ。
私は今まで何人もの罪なき人々をループという地獄に叩き込んできた。ループという苦しみを他人と共有するために。私の苦しみをわかってもらうために。未来永劫続く地獄に、寄り添ってくれる人を見つけるため。
だが、今まで誰も私のように記憶を持ってループしていない。私は考えた、どうすれば記憶を持ってループしてくれるのか。そして思いついた。私と同じような存在、世界にとってのイレギュラーをこの世に産み落とせばいいと。そしてイレギュラーこと第二特異点を生み出すのには苦労しなかった。私の生まれた境遇を再現すればいいだけだ。これ以上簡単なことはない。
しかし予想外だったのはいつまで経っても、その第二特異点がループしないことだった。
ループの条件はわかっている。だが、いくらやっても、第二特異点はループしなかった。
――だから今回のループは強硬手段に出た。
まずは館の噂を広め、何人かの人々をループさせる。そして第二特異点である雲雀晋也を捜査に巻き込む。今の段階ではここまで順調。あとはどうなるか。
「ついたよ」
「これがあの噂のノートパソコン......」
そう言って第二特異点は、ノートパソコンを起動した。
---雲雀晋也視点---
ノートパソコンを起動する直前に、ちらりと花岡さんの顔を見ると気持ち悪いくらいの笑顔だった。本当に嫌な予感があたっている気がして怖くなってきたが、ここまで来るともう戻れない。覚悟を決めて、パソコンを立ち上げた。
すぐに自分の肉体が自分のものじゃない感覚になった。意識はあるが、身体が無意識に動く。自分の足で歩いているのに、自分の足じゃないみたいだ。
それから少し経って、周りを見渡すと、あの庭園の子供用スペースのブランコに座っている自分の姿を見ることができた。一瞬で理解した。僕は――死んでいた。
---二周目---
結論から言おう、僕は一周目の記憶をもっていた。そのことに気がつくまでに、8年も費やしてしまった。今、僕は小学2年生、咲玖とは違うクラスだが、それなりに友達も多いので、咲玖のことが好きだという男子諸君の悩みを聞いてあげている真っ最中だ。人生2周目の僕から言わせると、小学2年生で、女子とお付き合いしたいという男子は猿みたいだと思う。
まぁ、それだけ咲玖はかわいいんだから同時にしょうがないとも思っているが。ちなみに咲玖は告白してきた男子をどんどんさばいて、惨めな屍を量産していた。らしい。
そろそろ、3学期も終わりに近づいている。最近気になった事がある。果たして咲玖も記憶を保ったままなのだろうか。もし記憶を保ったままなら、僕たちは両想いの2周目となるわけだ。
だから、僕はちょっとかわいそうだと思っていながらも、もしかしたら自分が付き合えるかもという夢を抱かせる発言を夢見る男子諸君に言い放って、玉砕させるという遊びで人知れず楽しんでいた。男子諸君が非常に哀れだけど。
3年生の始業式が終わって、さぁ帰ろうかと思ったとき、突然僕は咲玖に呼び出された。ここまではいい。でも、それからなにかおかしいと思った。一周目の記憶が正しければ、3年生の終業式で『結婚しようね』と言われるのにだ。
とりあえず、真実を知るには呼び出された場所に行ってみるしかないわけで、そこまで考えたところで僕はもう一つ思い出した。
始業式では、だいぶヤバメな女子からの告白イベントだったことを、そして、僕がそれを断ったことで、咲玖はその子からいじめられるということも、思い出してしまった。
自分の恋愛運のなさを僕は今まですっかり忘れていたのだ。
僕は逃げた、咲玖から、ついでに咲玖がいじめられるという現実から。そして、咲玖はあろうことか僕を追いかけてきたのだ。
「なんで、追いかけて、くるの......!」
「なんでって、私が、話したいことがあるのに、晋くんが、にげるから、でしょ......!おいついたよ、話聞いてもらうよ」
咲玖に捕まってしまった、僕は咲玖より足が遅いんだった。
「......わかったよ......。でも、僕は、いやな予感がするんだ」
「なにが、いやな予感なの。こんな美少女から逃げるなんてよっぽど怖かったのね。......ふぅ、ちょっと疲れちゃった。ジュースおごりで逃げたことは許してあげるよ?」
「僕お小遣いいまないよ、所持金0円」
「......じゃあ許してあげない」
「うん......。そうだ、話したいことって何?」
そこで咲玖は少しだけ目をそらしてから、言った。
「......高校生になっても一緒にいてくれる?」
「うん、ずっと一緒だよ?どうしたの?」
僕は1周目と同じ言葉を言った。咲玖も1周目と同じセリフを、言うんだろうと思っていた。
でも違った。一周目は「同じ大学に入って。そうして。私達、その時結婚しましょう。」だったのに対して。今回は、
「高校......卒業したら、付き合ってくれる?」
「......え?」
僕は、本当に、困ってしまっていた。なんだかセリフが違う。しかも、結婚じゃなく付き合うって......。
「......どうして?どうして返事してくれないの?」
そんな言葉で我に返る。
「わかった、じゃあ同じ大学に行こう。そうしよう。そのあと、僕たち結婚しよう」
一周目も含め、僕の、一世一代の告白。絶対に決まった、そう思っていると、咲玖は泣きながらこういったんだ。
「私のこと、ずっと大事にしてくれる......?」
もちろん僕はこういったんだ。
「絶対にそうするよ。君に誓う」
その時、僕は確信した。咲玖は一周目の記憶を持っている。
---一周目の咲玖の命日:結城咲玖視点---
私は、なんてひどいことを言ってしまったんだろう。晋くんの古傷をえぐるようなことを言ってしまった。
「私って嫌な女だなぁ......。いっそ、同じ人生をもう一度歩めたらいいのに」
「お嬢さんどうしたんだい?」
いつの間にか、ブランコの隣に知らないおじさん警官が座っていた。
「うわっ、びっくりしたぁ」
「ごめんね。ただ、ひとりで子供用のブランコに座ってどうしたのかと思っただけなんだ」
私は、今朝あったことを話すか迷って、結局話すことにした。
「へぇ~、そんな事があったのか。その子もきっと悪いことを言ってしまったと公開してると思うよ。君がそうしていたようにね。だけど、同じ人生をやり直すことはできるんじゃないかなぁ。この街に流れているこんな噂を知ってるかい?」
そこで、おじさん警官が話してくれた噂話に私は感銘を受けた。
「その噂って、本当のことなんですか?」
「さて、私にはわかりませんがね。ただ言えることは、お嬢さんたちが仲直りしてくれることを願ってるっていうことかな」
どういうことだろう?わからないけど、話を聞いてくれたお礼は言っておかなきゃいけないよね。
「まぁ、本当かなんて自分で確かめればいいですもんね。話を聞いてくれてありがとうございました」
「いやいやとんでもない、お礼を言われるようなことはしてないよ?」
なんていい人なんだろう。
「まぁ、確かめてくれてもいいけどね、気を付けなよ?」
「どういうことですか?」
「噂が本当だった場合、君は彼に想いを伝えられなくなるかもよ。噂なんて都合のいいようにしか伝わらないんだからね。今の記憶を持ったままもう一度やり直せるとは限らないってことだよ」
「忠告ありがとうございます、でも私、確かめに行ってきます!」
私はすっと立ち上がると、館のほうへ走っていった。
---一周目の咲玖の命日:花岡健吾視点---
もうこれ以上の犠牲は出したくなかったが、もう一人をループに取り込むことに成功した。万が一のための保険だが、第二特異点の幼馴染だ。記憶は保てないだろうが一応経過観察のために私自身も次のループに行くための準備をしよう。
次回が楽しみだ......。
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卒業式はつつがなく終わった。僕が誰かに告白されて、咲玖がすねるなどといったこともなく、とてもスムーズに。一周目とは難易度が違いすぎる。これが一周目の19年間と二周目の12年間の合計31年間費やして鍛え上げたやばい女の子を避ける技術の最終到達点......。素晴らしい。
ちなみに卒アルにはちゃんとクラス全員分のメッセージが書いてあります。コミュ力は高いからね、僕。
「これでみんな入学式までは一時的にお別れか......。ちょっと寂しいな」
「そうね、さみしいね。でも、中学校は大半が同じなんだからいいじゃない」
咲玖の言う通りで、田舎の小学校なので中学受験をしない限りは大半が同じ中学校に入学するのである
「ちょっといいかい?ここらでこんな人を見かけなかったかな?」
警察官に話しかけられた。何の話だ?と思っていたら、その警察官は花岡さんの写真を持っていた。
「「あ」」
僕らの声が被った。そして、よく見るとその警官は花岡さんだった。
「よかった、二人とも記憶があったんだね。おもしろい結果だね。まぁそれは今はいい。ところで、君たち、卒業おめでとう。それと、もう一度想いを伝えられるじゃないか、お嬢さん」
「咲玖、どういうこと?」
「......」
咲玖は泣いていた。そのまま泣き続けるのかと思ってなだめようとすると、「いい、大丈夫」と言って、笑った。久しぶりに見た、咲玖の心の底からの笑顔に僕は少し、いや、すごくドキッとした。
「私、この人から噂を聞いて、もう一度、この初恋をしようって思ったの。記憶を持っているのは私だけ、晋君は一周目の記憶なんて持ってないと思ってた。でも、一周目の私の言葉、覚えててくれた。うれしかった。私は、あなたのことがもっと好きになったよ、晋君。女性恐怖症で、私も怖かったはずなのに。私に気を使わせないように、克服しようとしてくれてたの、知ってた。大学生になって、そのあと結婚しようって言ってくれた。記憶がなくても、晋君は晋君なんだって思ってた。でも、違った。晋君は記憶を持って追いかけてきてくれてた」
「僕は咲玖、君のことがずっと好きだったから、君のことを想うだけで何でも頑張れた」
ここで今まで黙って聞いていた花岡さんが突然震えだした。どうしたのかと思ったが、次の瞬間彼は行き過ぎた狂気をちらつかせながら高笑いし始めた。
「アハハ!......素晴らしいね。これで世界に拒まれた者同士が結ばれる。この世界に『忌み子」が生まれるんだ!やっとだ、やっと私の念願がかなう。ありがとう。第二特異点である雲雀晋也くん、そして、忌み子の母体であり第三特異点である、結城咲玖!」
「忌み子......?第三特異点......?私はそんなものになった覚えないよ......?」
僕は、その言葉を聞いた途端、一周目の幼いころの記憶を思い出していた。
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僕は物心つく前から施設で暮らしていた。その施設は、とある研究施設と提携しており、成人になっても引き取り手が見つからない場合は、そこの研究員に就職する子がほとんどだった。ただ、施設といっても、学校には通わせてもらえていたし、外出も門限を守ってさえいればどこへ行ってもよかった。
一部の例外を除いて。その例外が僕と咲玖だった。僕たちは毎日研究室にて何のためにしているかわからない血液検査や、IQテストなど、いろいろなことをさせられていた。
そんな僕らの唯一ともいえる救いの時間は、成人しても研究者にならずに施設を出て行き、警官をしていた花岡健吾という男の人が週一日くらいのペースで収穫してくる外の話を聞かせてもらう、その時間だった。
「最近はおかしな事件ばかりさ」
そういう彼に事件の詳細をねだると、子供相手だからか、「しっ、誰にも言うなよ。これから話すのは、最近のおかしな事件についてだ。話を聞かせてあげる代わりに、事件のことについて何かわかりそうなら私にこっそり教えてくれよ?」という調子で、詳細を話してくれた。
その事件を簡単にまとめるなら、『町外れにある無人の館には、何の変哲もない、どこから見ても普通のノートパソコンがある。そのパソコンを起動すると、今の人生でやり残したことをしたくなる衝動に駆られ、今の人生と同じ人生を後悔なく、歩むために、思い出深い地で命を失ってしまう』という噂が彼の管轄の地域で広まっており、その噂の館も存在しているらしい。しかも、その館の中にノートパソコンは確かにあり、そのノートパソコンを起動した警官2名がそれぞれの『思い出深い地』でなくなっているのが発見されたという。
「僕わかったよ」
「お、何がわかったんだ?晋君」
「そのパソコンに何かあるんだ!」
「それを捜査してるんだよ?晋君はちょっと天然ね」
「むぅ、でも、咲玖ちゃんだってわかってないでしょ?」
「そんなことありえないと思うわ、私。花岡さんの作り話でしょ?きっと」
「それが、本当の事件なんだな、これが」
そういいながら僕たちに新聞を手渡してくる。新聞の見出しには......残念ながら子供だったので読みはまだできないのだ。
「「読めない......」」
数年後には読みができるようになっていたが、その時はすでに引き取り先は決まっていた。
研究員と花岡さんと見知らぬ男女2組が話していた、その内容に『特異点』という言葉が出てきていた。そして、『忌み子』という言葉も。
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「さぁ、『忌み子』よ!降臨しろ、この腐れ切った世界に!」
僕は本能的に理解していた、おそらくその場にいた全員も理解していただろう。何かが起ころうとしていることを。だがそれが何かはわからない。僕ら当事者だってまだ完全には理解できないんだ。いや、花岡さんは理解していて何かをしている。そうとしか思えない。
その時に咲玖のおなか辺りから何かが出てきた。その直後、
「あぁああああああああ!」
叫び声、いや、もはや発狂といえるだろう。僕には何が起きているかわからない。
「どうした、晋君。もう記憶は完全なんだろう?早く第二特異点の能力を使うんだ、さもなくば君の想い人は、消えてなくなるぞ......?」
「能力......?何を言ってるんですか?」
「な......?まだ記憶が完全でなかっただと?それなら、『忌み子』は不完全な状態で......?ここまでの運命を......?素晴らしい!やはり私の目に狂いはなかった!これで私の研究が......!」
この人が何を言っているのかがわからない。それよりもこの状況をどうにかしなくては。でも、どうしろと?小学6年生を卒業したばかりの小さく、力も弱いこの肉体ではどうしようもない。考えろ、考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ。
そうしているうちに咲玖の発狂が落ち着いてきていることに気づいた。ふと視線をそちらにやると、少し透明な赤ん坊が咲玖のへそのあたりから延びるへその緒のようなものにつながっているのが見えた。
「そうか」
理解した、僕、第二特異点の能力は咲玖、つまり第三特異点に『忌み子』を産ませる能力。第三特異点の能力は、『忌み子』を産む能力。そして、第一特異点の能力は、人を『特異点』にする能力。ただし、適性のあるものだけという条件付き。そうでなければ二人しか特異点を生み出せないわけがない。
「『忌み子』は、花岡さんの能力の制限をなくしてくれるから、花岡さんは僕たちを特異点にして、僕らが子供を望むように仕向けた。僕らは特異点であり、花岡さんの理想のための道具の一部でしかなかったと」
「そういうことだ、やっと思い出してくれたか、被検体15602号」
僕は、こいつを許せそうにない。なんて言ったって、僕はまだしも咲玖やまだ生まれてもいない命を自分の理想のためだけに使おうとしたのだ、僕の愛する、咲玖を、だ。
「花岡さん、てめぇだけは殺す、ループなんかで逃げられると思うな。永遠の死を味合わせてやる」
「ほぅ、私を完全に消すのか? どうやって?どうせ君のことだ。昔のように何も考えずに発言しただけだろう?」
「僕を、馬鹿にするのはまだいい。だが、僕の大切なものを傷つけるのは、許せない。世界の理から外れしものよ、覚悟はいいか?」
「世界の理から外れている?アハハ!何をいまさら。君たちも世界の理を無視しているんだよ?現に君たちも一周目の記憶を持っているじゃあないか!特異点にしかない特徴だよ。いつだって君たちは多数派の意見と違うものは排除してきた。だから、これはその報いさ!私たちはその虐げられてきた少数派だ。仲良く世界に復讐といかないか?」
「そんな都合のいい解釈をするな。僕たちは第二特異点と第三特異点は、生命を生み出す秩序の器だ。だが、第一特異点は、人間から秩序の器を生み出している。この意味が分かるか?お前は人間は人間であるという理を乱している、よって秩序の代行者である僕が裁きを与える」
僕の意識は何かに乗っ取られているかのようで、今僕は自分の意志で花岡と話していなかった。
そして心の奥底で何かが語りかけてくる。
『君の身体少し借りるよ、すぐに返す』
『咲玖は、どうなってる?』
『第三特異点のことだね。今意識はないけれど、この代理戦争が終わったら、すぐに意識は戻るよ。さっきも言った通りすこし、身体を借りてるだけだから』
『よかった。じゃあ心置きなく、第一特異点をこのループから解放して、そしてこの世界から、消して』
そこまで言うと僕は、底なし沼に沈んでいくような感覚で、意識が沈んでいった――。
---第三特異点の意識の深層---
今、私の身体は私だけのものではない。この新しい命と、私と、もう一つ、何かが意識を乗っ取ろうとしている。
でも、それが悪いものだとは思わない。だってこんなにも暖かく、優しい。その何かが私に話しかけてきた。気のせいじゃなく、本当に。
『私にあなたの身体を貸して、ほんの少しの間でいいの。お願い、あの世界の理から外れた悲しい存在を、消さなきゃいけないの』
『いいよ、もう、好きに使って。あの男が私は憎い。思う存分に消してあげて』
『ありがとう、あなたいい子ね。きっといいお母さんになれるわ』
そういわれて、私は意識を手放した――。
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僕は意識はないけど、最終戦を代行者の視界を通じてみることができた。会話の内容も聞こえている。
「私の理想は特異点を多数派として、凡人を蹴落とす、そんな世界だ。私は第一特異点として、この世界を変えていく義務がある!」
「そんなのはお前の理想の押し付けに過ぎない。現に秩序の器であるこの子たちはそんなもの望んではいなかった」
「私が間違っていると?馬鹿を言うな、私の今までの研究を、私の今までのループを、無駄だったというのか?」
そんなことを言っている花岡に対して、秩序の代行者を名乗った者は、冷静に、かつ的確に言葉を返している。だけど、もうそろそろ花岡に限界が来る。僕にはなぜかわかった。
「そんなことはない、努力はすべて報われるべきだ、それなのに秩序を名乗る貴様がなぜその報われるべき努力を否定する?もう問答は終わりだ、もうすぐ、『忌み子』が誕生する。その時になればもう手遅れだ。貴様ら秩序も私の無制限の能力で特異点という秩序以下の存在に引きずりおろしてやる!」
「残念、そうはいかないのが現実だよ~。今第三特異点の身体の制御権は私が持ってる。『忌み子』を産むも産まないも私の気分次第ってところかな~」
あれは別の秩序の代行者......?なんで咲玖の身体を......?僕が考えてもわかるわけがないな。超常的なことが起きてるんだから。
「ちなみに~、君は『忌み子』って呼んでるけど、代行者の間では、『神の子』って言われてるんだよ~、この子。だからあなたの能力を無制限にしてくれるかはこの子の気分次第ってところなんだよね~」
「......もう、そんなこと、どうでもいい、私は、世界に拒まれていた。だから、『忌み子』が『神の子』であるなら産むことを阻止して、世界に復讐するんだ......」
「そろそろ消しちゃう~? 」
「そうしよう、僕ももう愚かすぎて見てられない」
そういったかと思えば、二人の代行者は息ぴったりの動きでいつの間にか手に持っていた片手剣で、花岡を十字に切り裂いた。そして、視界は光に覆われた――。
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あれから7年がたち、いま僕らは大学一年生の夏休み真っただ中である。あの後、中学に入学し、特に何もなく、また特に何も感傷に浸ることもなく、中学を卒業し、僕たちは約束通り同じ高校に入学、晴れて、付き合うことになった。
あの出来事ののち、代行者たちは記憶処理を僕ら以外の人間に施していった。だから、花岡の存在を覚えているのは僕と咲玖だけだったがそれも思い出そうとはしなかったが、大学一年生の夏休みという、僕らの一周目の人生におけるターニングポイントに到達したから、二人で思い出してしまった。
だけど、もう二度と思い出さないようにしようと思う。あんなやつのことを思い出しても、ロクなことがないと思ったからだ。
そういえば、二周目では「大学生になったら結婚」と言っていたがさすがにお金が足りなさすぎるので、妥協として、卒業後5年間お金をためてから、結婚することにした。
代行者や、秩序の器など、今になってもわからないことだらけではあるけど、僕らは今を幸せに生きてく。