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【超短編小説】些細なこと

作者: sugar

文字数:1898文字 読了時間:約4分



「君が、くせ毛で良かったと思えるような日がきっと来るよ」


ある日から、私はよく、小学校からの帰り道に近くの公園に立寄るようになりました。仲のいい友達と遊具で遊ぶ約束をしているとか、そういった〝普通〟の子供たちがするような事ではありません。とても、家に帰る足取りが重いのです。テストで、目も当てられない点数を取ってしまった、学校の備品を壊してしまった、私の家庭環境が良くない、といった理由ではありません。むしろ、クラス内では成績上位だと思うし、素行も落ち着いていて、お母さんにはとてもたくさんの愛情を注がれて育ってきました。お母さんは、私の事が大好きです。もちろん、一方的な愛情ではなく、ちゃんと両思いです。お母さんは、私に溺愛してると言っても過言ではないでしょう。私は素直に嬉しく思っています。だから、私は学校でも、たくさんの人から愛情を受け取るものだと思っていました。でも、私の家庭と学校では、当たり前だと思っていたことが違うのだと思い知らされました。どうやら私は、少しみんなと違うようでした。今まであまり気にしていなかったのですが、一度気にしてしまうと、もう思考を放り出すことは出来ないのでした。お母さんにとって、私のくせ毛は、愛しい子供の一部と見えているようでしたが、友達からは変だと言われました。〝普通〟じゃないと言われました。確かにみんなの髪の毛は、私の髪とは違って、一本一本が真っ直ぐで、風が吹くと、蝶々のように羽ばたいていました。私の髪はと言うと、いつもごわついていて、風が吹いても全くなびいてくれません。私の髪がみんなの髪と違うのだと理解した時、顔が沸騰するかと思うくらい、熱くなりました。多分、その時の私の顔は、真っ赤なリンゴみたいになっていたと思います。みんなが何気なく言ったその一言は、私の頭の中で何回も衝突を繰り返し、走り回っています。いつも、私を愛してくれるお母さんに凄く申し訳ない気持ちなのですが、私は私の髪の毛を、嫌いになってしまったのです。お母さんが好きな私の一部を、私は嫌いになってしまったのですから、お母さんと顔を合わせずらいのは、至って正常な反応でしょう。だから、今日もまた一人でブランコに座り、モヤモヤとした気持ちと戦うつもりでした。


今日は、地元の高校の制服を着た、色白で綺麗なお姉さんが先に私の定位置に座っているのでした。この公園のブランコは2つしかなく、知らない人の隣でブランコを漕ぐ勇気が私にはなかったので、踵を返そうとしました。彼女は私の存在に気づき、優しく微笑みながら、隣のブランコの席を二回軽く叩きました。それが、座っていいよという合図だと私は知っていたので、大人しくブランコに腰掛けました。


「一人でブランコ漕いでると、少し、気持ちの整理がつくんだよね」


隣のお姉さんが、目の前の空中を見つめながら私に話しかけてきました。なんだか、この人とは仲良くなれそうな気がすると思いました。


「お姉さんも、悩み事があるの」


「人は誰しも、色んな悩みを背負って生きているんだよ。君も持ってるみたい」


「ん」


「言ってみて」


初対面の人に弱い部分を見せるのは、危険な事だと本能的に分かっているのですが、この時の私の口は、簡単に開いてしまいました。


「私は自分のくせ毛が嫌なの。みんなの髪は真っ直ぐ伸びてて普通でしょ。だから、私は少しみんなと違う。それがすごく嫌」


お姉さんは、両目を見開いて私を見つめていました。そして、すぐ先程みたいに優しく微笑みました。


「自分のことを嫌いになったり、否定したりすることはね、私は凄く素敵なことだと思うよ。自分のことで思い悩んだ人は、他人のことを思いやれる優しい気持ちを持っているんだ。だから、君がくせ毛で良かったと思えるような日がきっと来るよ。」


私がお姉さんを初めて見た時、凄く悲しく、暗い顔をしていました。私の悩みなんて、お姉さんの苦悩に比べれば、回転草みたいなものだとすぐ分かりました。このお姉さんの言葉は、すっと胸の底に落ちていくような感じがしました。それからすぐ、お姉さんは去っていきました。少ししてから、私もブランコを後にしました。


中学入学後、私のくせ毛は、縮毛矯正で綺麗になった。見た目で馬鹿にされることがなくなり、不快な思いをしなくなったが、私の遺伝子情報が書き換えられた訳では無い。私の毛根からは、これからもくせ毛が生え続ける。その度に、縮毛矯正をして、くせ毛であることをひた隠して生きていくだろう。だから、私は私のくせ毛を、嫌い続ける。


でも、私はもう、くせ毛であることを嘆いたりしない。


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