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寂しさの答え

 オルティス伯爵家から一時間ほど馬車に揺られて。

 二人を乗せた王家の馬車は、マリアをシルヴェストレ伯爵家まで送ってくれた。


「送って下さり、ありがとうございました。ルーヴェルト殿下も、我が家で少し休憩されていかれては」

「いや、俺はここで失礼する」

「でも……お疲れでしょう」

 

 乗り心地の良い馬車とはいえ、やはり一時間も乗っていれば誰だって疲れてしまうだろう。けれどルーヴェルトは何も顔に出さず、マリアの申し出を辞退する。


「突然お邪魔しては、使用人達に迷惑をかけるだろう。またの機会に」


 彼はマリアに「では、また」と言い残して、名残惜しそうに去っていった。




 (少しくらい、寄っていって下さっても構わないのに……)


 去ってゆく王家の馬車を見送りながら、少し寂しく思ったけれど。


 マリアはふと思い出した。

 夜会の翌日、ルーヴェルトが先触れを寄越したあとの、ドタバタ感満載であったシルヴェストレ家を。


 突然ルーヴェルトが来ることで、父ベルトランは興奮状態となってしまった。

 メイド長を筆頭に、使用人達は特別体制を敷いて忙しく走り回り、応接室にはお宝級の花瓶まで登場して……


 我がシルヴェストレ伯爵家にとって、ルーヴェルトを招くということは、とんでもない一大イベントであった。

 気を遣って遠慮した彼は、このことを分かっていたのだろう。自分の浅慮な考えが恥ずかしい。


 (そうよね、ルーヴェルト殿下は『王子様』だものね……)


 流れで気軽に誘ったりしてしまったけれど、彼は王族なのだ。

 この国で、敬われるべき立場の存在。最上級のおもてなしで迎えるべき人。本来なら、生きている世界が違う人間なのだ。


 けれどルーヴェルトがこんな自分を特別扱いするものだから。いつの間にかマリアは、彼に気安くなっていたのかもしれない。


『俺にとって、ヒロインはマリアだけだよ』


 まっすぐに見つめながら、そんなことを言われたら。相手が王子とはいえ距離感を見誤っても仕方がないと、マリアは自分で結論づけた。




 (それにしても、私なんかをヒロインって……)


 ないない、とルーヴェルトの言葉を受け流そうとするけれど、一方で『真剣に考えろ』と真面目なマリアが顔を出す。なので考えては見るけれど。


 たとえば昨日、王立図書館で読んだ本──いつも愛読している恋物語も、王子が相手の話だった。

 ヒロインの町娘は王子との身分差に苦しみながらも前向きに奮闘し、様々な障害を乗り越えて結ばれるのだが──


 幸いにもマリアの場合は伯爵令嬢で、町娘という彼女に比べたら王子との恋愛も現実的なところにある。

 けれどそれはあくまで『町娘と比べたら』というだけであって、一介の地味令嬢であるマリアにとってルーヴェルトは尊すぎる人物であり……そこの関門を突破しない限り、スタート地点にすら立てない気がするのだ。


 (やっぱり私、ヒロインには向いてないわ)

 

 マリアの場合、気にすることが多過ぎて物語が進まない。


 今だって、もしあの物語のヒロインならきっと「もう少し一緒にいたい」などと言って、遠慮する王子を留まらせていたことだろう。そして二人の仲は進展して────


 (あっ……)


 そこまで考えて、やっと気づいた。

 別れ際に感じた、寂しさの答え。

 気付いた途端、全身が火照ったようにカッと熱くなる。


 (私……もっと一緒にいたかったのだわ)


 恐れ多いと……住む世界が違うと、言い訳ばかりしていたのに。


 認めざるを得ない気持ちに戸惑いながらも、同時に納得してしまう。ルーヴェルトのような人に求婚されて、気持ちが動かないはずがない。

 

 すっかり遠ざかってしまった馬車の音を、恋しく思う。

 後ろ髪引かれながら、マリアは屋敷へ戻ったのだった。






「マリア様、マリア様」


 その日、夜もふけてから、自室の扉がノックされた。

 扉をたたいたのは、気心知れた年長のメイドである。彼女は遠慮がちに扉を開くと、マリアへ縋るように口を開いた。


「あの、ニコラス様なのですが」

「ニコラス……まだ部屋から出てこない?」


 弟ニコラスは、日も沈んだ頃に屋敷へと帰ってきた。

 その時の彼は見たことも無いような暗い顔をしていて。誰とも目を合わさずエントランスを通り抜け、まっすぐに自室へと引っ込んでしまった。


 恐らくあの騒動の後、ずっとペトロナのそばにいて彼女を慰めていたのだろう。

 それもこれも、冷たい言い方をしてペトロナを泣かせてしまったマリアのせいだ。ニコラスには、また迷惑をかけてしまった。


 せめて詫びを入れようと、マリアはすぐに彼を追いかけて部屋の前へと向かったのだが、ニコラスの部屋からは返事がない。いつもはノックすれば、明るい声とともに招き入れてくれるのに。

 

 (当たり前だけれど、私に怒っているのかもしれないわね……)


 温厚なニコラスが怒るなんて、とても珍しいことだった。けれどマリアには、それだけの事をしてしまったという自覚はある。


 それ以上待っていても仕方がないと諦めたマリアは、一旦ニコラスの部屋を後にした。

 そして……現在に至るのだが。


「ニコラス様……まだお食事も召し上がらないのです。コック長も心配しておりまして」

「分かったわ。食事は私が持っていくから皆はもう下がって大丈夫よ。遅くまでありがとう」

「よろしくお願いします、マリア様」




 マリアは厨房からニコラスへの軽食を預かると、もう一度彼の部屋へと出向いた。


 扉をノックしてみるが、やはり中からは返事がない。起きているのか寝ているのかも分からない。


「ニコラス……今日はごめんなさい」


 ペトロナの言動に怒りがこみ上げたとはいえ、ニコラスの恋人である彼女を傷つけたかったわけじゃない。

 けれど結果として、大人げなくペトロナを泣かせてしまった。それが間接的にニコラスをも傷つけた。


「明日、ペトロナにも謝罪に行くわ」


 マリアが扉越しに声をかけたところで、ガチャリと内側からドアが開いた。真っ暗な部屋からは、辛そうなニコラスが顔を出す。


「やめてよ」

「ニコラス……?」

「もう、いいんだ。だからやめて」


 ニコラスは、ともすれば聞き逃してしまいそうになるくらい、小さな声で呟いた。


「……ニコラス、あなた何があったの?」

「別れるって」

「え?」

「ペトロナから、別れようって言われたんだ」


  涙をためたペトロナが、テラスを去って。ニコラスはすぐさま彼女を追いかけた。

 まさかあの後、別れ話になってしまっていたなんて。


「彼女は、これ以上惨めな思いをしたくないと……もう、どうでもいいと言って」


 真っ青なニコラスの顔が、ショックの大きさを物語っている。

 

 (私のせいだわ……)


 たとえマリアが謝っても、ニコラスの気持ちは戻らない。彼の笑顔を取り戻せるのは、ペトロナただ一人だけ。


 不用意な言葉が、ニコラスとペトロナの仲を引き裂いてしまった。


 やっぱり自分はヒロインなんかじゃない。

 ペトロナにとって悪役そのものじゃないか──

 責任を感じたマリアは何も言うことができず、ただ暗い廊下で立ち尽くした。

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