表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

10/19

もしも恋物語なら

 せっかくのパーティーを騒然とさせてしまったマリアとルーヴェルトは、早々にオルティス伯爵家から退散することにした。


 オルティス伯爵家のタティアナは「責任を感じることは無い」と引き止めてくれたけれど、これ以上長居しても良いことは無いだろう。迷惑をかけてしまうだけで。




 マリアはルーヴェルトに促され、畏れ多くも王家の馬車に乗り込んだ。

 華美では無いものの美しく装飾された馬車は、内装も洗練されていて。ベルベットの座席はふかふかとしていて、振動も少なく心地よい。


「こんなにも乗り心地の良い馬車は初めてです」

「そうか。それなら俺と結婚して、好きなだけ乗ればいい」


 (な、なにを平然と……!)


 ルーヴェルトが実にサラリとそんなことを言うものだから、マリアは言葉に詰まって俯いた。

 たしかに、彼と結婚すれば乗ることになるのはこの馬車だが。あまりにも世界が違っていて、そんな未来が想像できない。


 隣に座るルーヴェルトはというと、じっとマリアを眺めているようで。二人きりの車内で羞恥心が限界に近付いたマリアは、抗議するように口を開いた。


「……そんなに見ないでくださいますか」

「マリアが着飾っているのに、見ないなんて勿体ない」

「ええ……?」


 ルーヴェルトはきっぱりと言い切った。開き直った彼の視線は、やはり遠慮なくマリアへと注がれる。


「とても似合っている」

「ありがとうございます……」

「色々とドレスを贈りたくなるな。君のドレス姿をもっと見てみたい、きっと何を着ても似合う」

「そ、そんなことありません」


 彼に見られていると思ったら、急に何もかもが恥ずかしくなるのはなぜだろう。ラベンダー色のドレス姿も、ゆるく流した髪型も、薄く施したメイクも、全部。

 無意識のうちに、マリアは晒された首筋を手で隠す。


「なぜ隠す」

「だって恥ずかしいじゃないですか」

「恥ずかしい……!?」


 マリアが恥ずかしがると、ルーヴェルトは目を丸くして驚いた。


「俺に見られて、マリアが恥ずかしい……?」

「はい。恥ずかしいです」


 思えば、図書館ではなぜ平気だったのか分からない。


 馬車の中よりも距離はあるものの、隣からはいつもルーヴェルトに見られていたらしい。

 なのに、まるでそこには空気しか存在しないかのように、彼を意識してはいなかった。本の世界に没頭していたとはいえ、鈍感が過ぎるのではないか。


 どんどん赤くなってゆくマリアの顔に、ルーヴェルトは視線をさ迷わせる。


「──わ、悪かった。見過ぎてしまったようだ」

「いえ……」

「もう見ないようにする」


 彼は申し訳なさそうにそう言うと、今度はマリアからフイと顔を逸らす。金髪から見える耳は、ほのかに赤い。


 (極端な方だわ……)


 ルーヴェルトはどうやら全力で申し訳なく思っているらしい。マリアから顔を背けた彼は、もう一度「悪かった」と呟いた。そんなに、謝らなくてもかまわないのに。


 馬車は度々、道の悪い場所を通りかかった。砂利の多い田舎道を、ガタゴトと馬車が揺れる。

 揺れるたびに、マリアとルーヴェルトは、近づいたり、離れたり。けれど彼は、頑なにこちらを見ない。


「ふふっ……」


 第二王子ともあろう人が、マリアの「見ないで」という一言を、律儀にも守ろうとしている。


 頑張って、目を逸らし続けている彼の姿がどうしてもおかしくて。マリアは耐えきれずに笑ってしまった。

 隣から聞こえるマリアの笑い声に気付いてやっと、ルーヴェルトは遠慮がちに視線を戻す。


「……笑ってるのか」

「申し訳ありません、おかしくてつい」


 笑ったりして失礼だっただろうかと思うけれど。

 照れたようなバツの悪いような、彼のそんな表情も、マリアを温かく解してゆく。


「君の笑う姿を初めて見た」

「そうでしょうか」

「俺の前でマリアは、本を読んでいるか困っているか、そのどちらかで……ああすまない、また君に見とれてしまっている」


 もう見ないと言ったのに──と、ルーヴェルトが再び顔を逸らすから。

 マリアはとっさに彼の服をつかんでしまった。


「か、構わないのです。恥ずかしいけれど、ルーヴェルト殿下になら見られても……」


 つい先ほど、あまり見ないでと言ったのはこちらなのに。


 彼の顔が逸らされると、寂しさを感じた。恥ずかしいと思うのに、見て欲しいとも思う。

 なんて矛盾しているのだろう。どうしたというのだろう、自分は。


 ほら、ルーヴェルトだって困っている。

 何も言えずに、ただ黙ってマリアを見ている。


「すみません、訳が分からないですよね……私も分からないのです」

 

 このように衝動的に誰かを巻き込むことは初めてで。掴んだこの手を、このあとどうすれば良いのかも分からない。

 変に思われてしまったらどうしよう、この手を振り払われたらどうしようと、今になって彼の服をつかんだことに後悔をした。

 

 けれど、戸惑うマリアの手を、ルーヴェルトの大きな手は優しく包む。


「マリア、君はもしかして」

「え?」

「……あれほど恋物語を読んでいるというのに、自分の気持ちとなると分からないのか」

「何の話でしょう?」


 ルーヴェルトが何のことを言っているのかさっぱり分からず、マリアは首を傾げて思案する。そんな彼女を見て、王子はフッと微笑んだ。


「例えばだ。もし恋物語なら、君はこの後どうなる?」

「恋物語なら……?」

「そうだ。伯爵令嬢のマリアは出会いを求めて、王子と出会った。そして求婚されて、それから──」


 ルーヴェルトは、熱い眼差しでマリアを見つめる。期待する答えを求めて。


 もし恋物語に、もし自分が居たのなら。

 ちゃんと分かっている。自分の立ち位置は。


「この後、私は……なんらかの罰を受けることになります」

「は?」

「分かっております。私は恋物語なら、完璧に悪役令嬢ですものね」

「何?!」


 常々思っていた。自分はペトロナから見れば邪魔者で、ふてぶてしい悪役であるのだろうと。


 今日なんてペトロナのことを「身内ではない」なんて冷たい言葉で突き放して、彼女のことを泣かせてしまった。たとえ悪気は無かったとしても、誰から見ても悪者だ。


 仮にマリアの生きる世界が物語であるのなら、ヒロインは当然、華やかなペトロナだろう。

 彼女は伯爵令息と恋仲である。しかし、伯爵家に居座る恋人の姉に邪魔をされ、なかなか恋人と婚約することができない。

 それでも愛する恋人──ニコラスと結婚するため、ニコラスの姉マリアに男性を紹介しようとするのだが、意地の悪いマリアは、ペトロナの善意をすべて跳ね除けてしまうのだ。


 依然として伯爵家に居座り、二人の仲を邪魔するマリア。

 このあと悪役令嬢マリアの行く末は領地送りか修道院か、はたまた平民落ちか──




「義妹になるペトロナにとって、意地悪なお邪魔役なんです。私は」

「マリアこそ、何の話をしている?」

「えっ。もしも恋物語なら……ですよね」


 マリアの答えに、ルーヴェルトは深くため息をついた。どうやら、彼の期待するような展開では無かったらしい。


「そうじゃないだろう」

「……といいますと?」

「いいか、ヒロインは君だとする」

「私!?」


 思いもかけぬ配役に驚くしかないのだが、彼は至って真剣だ。


「俺にとって、ヒロインはマリアだけだよ」


 ルーヴェルトの手には、徐々に力が込められてゆく。


 優しい瞳からは彼の想いが伝わってくるようで、マリアは目が離せなくなってしまった。

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ