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へのへの森田  作者: 風翠ヒバリ
へのへの森田の胸の内
4/7

最終話

 その報告を受けた時、俺は一瞬黒い感情でいっぱいになった。


 甲斐谷は、おそらく胸を痛めているだろう。

 藤堂が傷ついているであろう事に胸を痛め、好きな人が彼女と別れた喜びを感じては自己嫌悪に胸を痛め、俺に対する申し訳なさで胸を痛める。


 そんな原因になりえる二人を恨んだ。

 いや、嫉妬した。


 甲斐谷の心に深く入り込んでいる二人が、甲斐谷を容易に傷つけられる二人が、ひどく恨めしかった。


 こうなって初めて、俺は自覚した。

 俺は甲斐谷を好きになってしまっていた。


 なんとなく、森田と麻見の言葉を思い出した。

 同じ目と鼻と口が付いていて制服まで同じで、他の誰かとちょっとの差しかないはず。

 大した違いはないはずなのに、そのちょっとした違いを、甲斐谷由希という個人を、俺は好きになった。



   ◆ ◆ ◆


 放課後に甲斐谷と話すのは良く考えたら付き合いだした日以来だった。

 帰宅部が下校するには遅く、最終下校時刻には随分早い時間。遠くに運動部の声を聞きながら二人で校内を歩く。


「話ってなにかな?」


 甲斐谷の声が硬い。甲斐谷の事だから大体の予想はついているのだろう。


「俺たち、別れないか?」

「なに言ってるの?」


 まるで用意していた台詞だった。甲斐谷は、笑った。


「村瀬君、私が告白しに行けるように言ってくれてるんでしょ? でもそんな事したら、友達の元カレに告白するために村瀬君を振った女になっちゃうよ」

「甲斐谷は、藤堂の為に今すぐ告白したりしないと思ってるよ」

「だったら、私の事ダメになっちゃった……?」


 今度は少し困った顔だ。


 俺は足を止めた。甲斐谷もそれに気がついて足を止めてくれる。

 甲斐谷が俺を真っ直ぐ見上げる。


「俺、甲斐谷の事が好きだよ」

「言ってる事がメチャクチャだよ……」

「好きだから、こんな風に甲斐谷が選べない状況を、続けられない」


 正直、甲斐谷は自分の気持ちを押し殺して俺を優先させてしまう可能性があると思っていた。

 今、自分の気持ちよりも藤堂の気持ちを優先させているように。


 俺が甲斐谷の事を好きにならなければ、今すぐ別れる必要なんてなかったはずだ。

 俺が甲斐谷の事を好きになってしまったからこそ、今この関係を終わらせておかないと、この先甲斐谷が選択出来なくなる。自分の本当の気持ちに従う事が出来なくなる。

 俺のことなんて好きでもなんでもないのに、俺が甲斐谷を好きだから、甲斐谷から別れられなくなってしまう。


「俺は、人の気持ちに寄り添える甲斐谷って凄い奴だなって思うよ。でも、だからこそ譲っちゃったり流されたりする事も多いと思う」

「それは、私の意志で選んだ事にはならないの?」

「俺は、他の誰でもない、甲斐谷由希が好きだから。誰かの事より甲斐谷の事を考えて欲しいだけだよ」

「私のためだよ。私がそんな自分になりたくないって思ってるだけ」


 これ以上は水掛け論だ。

 俺は握手を求めて右手を差し出した。


「俺のエゴを通させてくれ。俺と、別れてください」


 甲斐谷は俺の手を握り返してはくれなかった。

 ただ一言、分かったと呟いた。



    ◆ ◆ ◆



「お前って、本当に掴み所ないよな。今度はなんだよそれ」


 ノートに棒人間を描きながら森田はふにゃふにゃと笑った。


 今思い返してみると、森田が言っていた「同じ素材で構成されてて、みんな同じなんだ」という言葉。

 あれは体の造形の事ではなくて、精神的な部分の事を言っていたのではないかと思う。


 人はみんな似たような気持ちを抱えて生きている。

 喜んだり悲しんだり、みんな一緒だ。


 ただ、ほんのちょっとだけ違う。そのちょっとの差が俺たちを複雑な個人にしている。

 そう考えると、森田は案外深い事を言っていたのではないだろうか。


「お前、凄い美術部員だよな、本当に」

「凄くないよ?」


 ただね、と森田が言葉を続けた。


「僕は見せたいだけなんだ。僕が見ている世界はこんなに面白いから、共有したい」


 森田はノートをしまうと珍しく真面目な、真面目な微笑みを浮かべた。


「僕は分かっていて貰いたいんだ。僕という人間がどんな風にこの世界を見ているのか。その中心に誰がいるのか」


 森田はそう言うと窓際に視線を向けた。


「村瀬も、ちゃんと話し合わなくちゃ分かってもらえないよ」


 森田が意味深に言うのと、甲斐谷がこちらに向かってきたのは同時だった。


「ごめん、森田君。少し村瀬君と二人で話がしたいんだけど……」

「僕は構わないよ」


 森田が席を立つ。

 甲斐谷は森田が教室から出たのを確認してから森田の席に座った。

 座って、真っ直ぐに俺を見上げてくる。


 その顔が少し拗ねていて、妙に可愛かった。

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