鏡のなかの……
子供の頃から鏡を見るのが嫌いだった。
鏡に映る私は流行りのメイクをして、流行りの服を着ている。
小首を傾げると茶色に染めた長い髪がさらさらと流れる。きっと時間をかけて櫛けずったんだろう、そう思う。
ふ、と口許を歪ませると紅い扇情的な唇が可愛らしく笑う。
……なるほど、こう見えるのか。
着たきりのくたびれた白衣と、度の強い眼鏡をかけたスッピンの私は、ボサボサで真っ黒いショートボブの頭をぼりぼり掻いた。
鏡の向こう側でも同じ事をしている。心もち不満そうな顔をして。
……まぁ、そうよね。こんな動作したくないよね。似合わないもんね?
とはいえ、研究室に籠り切りで髪を洗う暇が無いのだ。痒いんだよ。
いつの頃からだろうね、鏡のなかの『貴女』が私そっくりの格好をしなくなったのは?
あぁそうだ、柄にもなく先輩にちょっとときめいた頃からだ。思えば最近メイクきつくなったんじゃない?
『貴女』は「こうしていればよかった」っていう私の願望?そんな格好していれば先輩と付き合えて、ひょっとしたら『貴女』の思う幸せをつかむ事が出来た、とか?
……そう思っているなら代わってあげようか?
そっちでも研究は続けられそうだし。
『貴女』はこっちで好き勝手に遊びほうけていられるでしょ?
私が鏡に手をつくと、向こう側の『貴女』がその手を握りしめる。
期待に瞳を輝かせた『貴女』と入れ代わりに、私は鏡のなかへ足を踏み入れた。
……どうして?
どうしてこうなったの?
安っぽい派手な服。
あかぎれた指。
化粧で隠した痣。
男は財布を持ち出して夜中まで帰ってこない。子供は私の言う事を聞かず一日中煩い。
毎日がくだらない事に埋没していく……
鏡を見れば、あの頃とさして変わらない『あの女』が、白衣姿で映る。
眼鏡ごしに隈の寄った目で冷ややかに私を見詰める。
ねぇ!代わってよ!
私が鏡に手をつくと、向こう側の『あの女』は握りもしない。
ねぇ!お願い、代わってよ!
鏡の中の『あの女』が口許を歪ませる。
貴女の望んだ事でしょう……と、声が聴こえてきそう。
子供の頃から鏡に映るのが嫌いだった。
……『私』の顔を見て『あの女』が嗤うから。
────────終
主人公が本当に入れ代わったのか
それとも妄想なのか
捉え方は貴方次第