7【プリンセス、本心を語る】
どれだけの間意識を失っていたのだろうか。
朦朧とする意識の向こう側から青年たちの声がすることから、倒れていた時間はそれほど長くはないだろう。
「……べっ、……って……逃げ……!」
青年たちは何かを口々に言った後、ここから立ち去っていく。
よかった、助かったんだ。
そう思いながら重い瞼を開く。
「……ザキ! カンザキ!」
すると、目の前に涙を瞳一杯にため込んだサラが居た。
跪いた俺に視線を合わせるためか、サラ自身もかがんでいる。
大丈夫だよ、俺はこうやって意識もあるし、不良たちは居なくなったんだ。もう安心すればいいさ。
そう思いながら立ち上がろうとして、腹部に違和感を覚える。
「……え?」
視線を下すと、俺の視界には脇腹に深々と突き刺さったナイフが。
「……え?」
もう一度、溜息をこぼすように言葉を漏らす。
ナイフが、刺さった?
……俺は、死ぬのか?
それが俺にとって衝撃的な事実だったからだろうか。
俺はそこで、再び意識を手放した。
◇◆◇
「……て、…………ですので……」
何やら声がする。
ここは天国だろうか?
「……うぅ、あ、あぁ……」
意識もはっきりしないまま体を起こそうとする。
「あっ、ちょっと! ダメです、まだ安静にしてないと!」
しかし、その体は何者かに押し倒された。
「……はぇ?」
自分の存在をはっきりさせるように、ゆっくりと瞼を開く。
最初に目に入ったものは白いカーテン。
続いて看護師と、視界の端に眠っているサラを見つけた。
「目が覚めましたね」
「……どうしてここに?」
「もう少し遅ければ死んでましたよ。たまたま通りかかったパトロールの警察の方二人には感謝ですね」
「……警察」
不良たちは、意識を手放す直前に何か慌てた様子を見せていた。
……そうか、俺は警官に助けられたのか。
青年たちからサラを守るため身を挺して、殴られ蹴られ、そして……。
「……ナイフはっ!?」
そこまで考えて俺は脇腹に視線を向ける。
「大丈夫ですよ。処置はもう済みました」
「……病状は?」
「数針縫いました。ですが、幸い内臓には重篤な後遺症が残る恐れはないです。……ただ、現状その恐れがないだけで経過観察をしている最中に違和感を覚えることもありますので、しばらくは安静にしていただくことにはなりますが」
……良かった。
安心すると体の緊張がほぐれたのか、唐突に眠気が襲ってきた。
俺はその眠気に身を任せ、再び眠りの海に落ちた。
◇◆◇
翌日。
俺は目が覚めると医者から詳しい話を聞いた。
俺はそのときの話を思い出す。
刺さったのは左脇腹でも割と臓器の無い位置。
医者が言うには迅速に処置ができて良かった、とのこと。これで現場でナイフを抜いていたり横隔膜が切断されていたら蘇生は不可能だったという。
「……俺は、いつ頃退院できますか?」
「最低一週間は様子を見ます。一週間経過時点で再び診察を行い、退院できそうであればその際に報告します」
今後の生活に関してはそう言った返答が帰ってきた。
少なくとも俺はこの後一週間は病院で生活することになるらしい。
その間サラはどうすればいいのだろうか。
「やあやあ、どうやら随分と散々な目に遭ったそうじゃァないか」
「三ノ輪室長……」
ちょうどいいところに適任がやって来た。
「医者から状態は聞いてるよ。大事をとって、今後一か月分は代講を立てておくから生徒に関しては安心しておいてくれ」
「会ってすぐ授業の話なんですか?」
「あぁ、そうだったね。神崎君、具合はどうだい?」
「そんな、ついでみたいに……。……一日経って、ようやく脇腹の痛みに自覚が出てきた、という感じですね。刺された直後はそれどころじゃありませんでした」
「そうか。まぁ無事そうで何よりだ。まぁ、とりあえずこれでも受け取ってくれ」
そう言って三ノ輪さんは手に下げた紙袋を渡してくる。
「見舞いの品だよ」
「ありがとうございます」
紙袋を受け取り、中身を確認する。
出てきたのは博多とんこつラーメンのもとと棒ラーメン。
「脇腹を刺された人間に渡す見舞いの品にしては結構重くないですか?」
普通こういうのって果物とかヨーグルトとか、そういうのじゃないの……?
「実家が福岡にあるもんでね。ちぢれ麺にするかどうかで迷ったんだぞ?」
「どっちにしてもラーメンなのか……」
「そのラーメン、結構うまいぞ。インスタントの癖に店で食べる博多ラーメンと同じようなクオリティでラーメンが作れるって評判なんだ」
「……ありがとうございます。退院したら食べさせて貰います」
「……今食べないのか?」
「病人を何だと思ってるんですか! うっ……」
思わず大きな声を出してしまったせいで傷口が痛む。
「おっと、すまない。冗談のつもりだったのだがね」
「そういう冗談よくないですって……」
「それじゃあ私はお暇させてもらうよ」
「あ、ちょっと……」
俺の痛みに悶えながら呼び止める声に気づかなかったのか、三ノ輪さんはパイプ椅子から立ち上がるとそのままいなくなってしまった。
「これじゃあサラの面倒を見る人がいない……」
まぁいいか。
後でメッセージで三ノ輪さんに頼んでおこう。
見舞いの品にとんこつラーメンを持ってきた罪は重い。
三ノ輪さんが病室を立ち去ると、それと入れ替わるようにサラが入ってくる。
「……ねぇ、具合はどうなの」
「……サラか。大丈夫、思ったほどひどい状態じゃないよ」
「そうなのね」
サラはしかし、俺の返事を聞いても曇った表情をしている。
「……ねぇ、なんであなたはあの時私を守ったの?」
静かにその疑問を口にするサラ。
そのニュアンスには、見て見ぬふりをすることも出来たでしょ? というものも含まれている気がした。
「だってあそこでお前を見捨てたらお前を守る人は居なかっただろ」
サラが頼れる人間は、この世界に唯一、俺しかいない。
警察だって頼れるだろうが、真に信頼できるかどうか、という意味では俺は今一番信頼に近い立ち位置にいると思う。
「俺は教育者だし、教育者である以前にお前の保護者だ。少なくとも俺はそう思っている。だったら、保護者っていうのは利益だとか不利益だとか、そういう尺度で行動はしないんだよ」
本来保護者とはそうあるべきだ。
例自体は少ないが、稀に生徒の中には保護者が「育ててやってるんだから言うことを聞け」というスタンスで子供の進路を一方的に決めようとする例もあった。
育ててやっているとか、それをやって俺に何の利益があるとか、そういうことを子供に向かって平然と投げかけることができる親というのは、残念ながらいる。
そういう家庭の子供は大抵卑屈になって自己主張をしない性格に育つか、自分の親の毒親さに家をすぐに出たがるかの二つに一つの行動をとることが多い。
そういう親を多く見ているからこそ、せめてサラに対しては利益がどうとか、メリットがどうとか、そういったことを度外視して行動したいと感じたのかもしれない。と、今になって思う。
「……そうなのね」
サラは少し黙る。
「なんで私があの時公園に居たと思う?」
「誘拐かと思ったが、多分違うよな」
俺の返事にサラは首を振る。
「家を出た理由自体は大したことないわ。家に夕食が無くて、おなかが空いたからあなたを迎えに行ったのよ」
「……成程。それはすまない」
「それで、記憶を思い出しながら塾の前にやってきて、その時に塾から出てくる、同い年くらいの女の子たちとすれ違ったの」
「…………」
俺はサラの話に耳を傾ける。
「私は前の世界に居た頃はほとんど王城に軟禁されているような状況で、同世代の人は兄弟くらいしかいなかった。……その兄弟だって政治敵同士だから馴れ合いみたいな関係は築いてくれなかった」
「…………」
「だから、私は結局一人遊びをするか使用人に相手をしてもらうかしか選択肢は無かった」
年頃の女の子が同世代の女の子と全く話ができず、兄弟からでさえ冷たい扱いを受ける、というのは、俺では想像できないくらい苦しいことだろう。
「……ねぇ、同世代の友達ができるってどんな気持ちなの?」
サラは俺に、うつむきながら聞く。
「友達が欲しいのか?」
俺は質問するが、しかし返事は無い。
「……まぁ、俺の主観でしかないが、友達っていうのはいいものだぞ。友達っていうのは自分の好きな事とか嫌いな事とかを共有したり、喧嘩したりできるんだ」
「……それって、楽しいの?」
喧嘩、という単語に引っかかったのか、サラはそんな質問を投げかけてくる。
「ああ、楽しいさ。本気で喧嘩できる相手なんて、家族と友達位だからな。日本語には喧嘩するほど仲がいい、なんて言葉もあるくらいなんだぞ」
「……ふーん」
サラは一人で何かを考えるそぶりを見せ、そして一言口を開いた。
「私、学校に行くわ」
「……ほんとか!?」
「冗談だったら死ぬほどつまらないでしょ」
「……良かった!」
俺はサラが学校に行くことに関して興味を示してくれたことが純粋にうれしかった。
「それなら鞄に制服、体操着に部活の道具も用意しないとな!」
喜々としながらサラにそう言うと、サラは少しだけ元気を取り戻したように、
「ちょっと、まだ行くって決めたわけじゃないから!」
と怒ったように言った。
「行かないのか?」
俺はサラにそう質問した。
「……行くわよ」
するとサラはむすっとした顔をしてそうつぶやいた。
その顔をじっと見つめる。
「何よ、ヘンタイ」
俺と目を合わせると、照れくさそうに笑いながらサラははにかんだ。
その目じりには若干涙が浮かんでいた。




