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29【継承】

 午前四時過ぎ、神先邸にて。

 意識を失ったサラとマヒロ、そして倒れた男の三人は、現場にいたという証拠を残さず、本邸地下にある牢に運び込まれた。

 ただし、サラとマヒロに関しては、魔術的な繋がりが切れていない可能性と、万が一隔離したことによってカモヒガンナが目を醒ますことがあれば、ほぼ確実に大災厄を招くことから、二人だけは例外的に、同じ牢の中へと収容された。


「して、魔尋(マヒロ)の状況は?」

「……はい。容体は安定していますが、目を覚ます気配はありません。おそらく、魔力導線がカモヒガンナと混線した影響かと」

「魔力導線、ねぇ……」


 神先家代百三十二代当主、神先陰嗣(かげつぐ)。真名は巫路宮(かんろのみや)陰嗣。はるか昔に皇族から分離し、皇室としての血を持ちながら滅多に表舞台には立たなくなった、幻の分家。

 歴史的に巫路宮家が表舞台に出てきた例は限りなく少なく、皇室の子孫がいなくなった場合などを除けば歴史に名を残した回数はほぼゼロ。そのため、その名を知るものは限りなく少なかった。

 ではなぜ巫路宮家が存在するのか? 一つの理由としては、表皇族の暴走を抑えるため、というのが一つの理由だ。越権行為に対する暴力装置、といった方がわかりやすいだろう。

 他にも、子孫を失った皇室でも新たな天皇を擁立できるように、いわば予備の皇嗣を据えるための家系、といったところか。


 そんな状況に数百年、いや、数千年も置かれ続けている巫路宮家であれば、自分たちが真の皇室に挿げ変わろうとする当主が現れるのは、なんらおかしなことではない。

 だが、巫路宮家の不幸な運命なのか、それが成功した例は一度としてない。

 数代前の当主が企てた策では第二次大戦を主導して行なったが、結果は推して知るべし。当時の当主は、同時期の戦争犯罪者とともに、秘密裏に処刑された。

 それが数十年前の話であるから、一応それも現在までは、今のところ鳴りを潜めている。


「巫路宮家は、影に潜む皇族でなければならない」


 厳かに、だが静かに陰嗣は言い放つ。


「承知しております」

「……で、あるならば、此度の彼奴の覚醒は、なんとしてでも阻止する必要があることも理解しているな」

「……はい。もちろんです」


 立派に揃えられた顎鬚を撫でながら、なおも言葉を紡ぐ陰嗣。


「必ずや彼奴を抑え込め。必要であれば、魔尋の命に変えても構わん」


 さすがにこの考えは想定外だったのか、もしくは想定していたとしても本当にその命令が発せられるとは思っていなかったのか、三ノ輪は驚きに思わず声が出てしまった。


「でっ、ですが……!」

「どうした」

「いっ、いえ……。それでは、当主様を継がれる方がいなくなってしまうかと……」


 それを聞いた陰嗣は、ニヤリと笑い三ノ輪に視線を向ける。


「当主が存命のうちから世継ぎの心配とは。随分と偉くなったものだな。なぁ?」

「もっ、申し訳ありません……!」

「いや、よい。愉快である。はっはっは」


 陰嗣はひとしきり笑うと、視線を三ノ輪に戻して言葉を続けた。


「何、それに関しては心配する必要もあるまいて。まだ些か次期当主としての器ではないが、才覚は十分。もし代替わりが必要であれば、史織に任せても問題なかろうて」

「史織様……、ですか」

「ああ。例外的に後継者教育を施してみたが、なかなか覚えの良い娘である。特に暗殺術に関しては、目を見張るものがあるな」


 その話を聞いて、三ノ輪は自分の知らないところで後継者教育を施していたことに衝撃を受けた。

 が、ただの使用人に、いちいち誰に後継者教育を施す、などと報告されるような義務はない。

 三ノ輪が衝撃を受けたのは、自分に知らされていなかった、ということではなく、巫路宮家の家督として受け継がれた、「巫路宮家の血縁者は後継として教育が必要となる時まで、後継者教育はおろか、皇族であることすら血縁者には明かしてはならない」、という掟が破られたことを、今この時初めて知ったからだった。

 陰に潜む一族である、という性質上、その存在は秘匿され続ける必要がある。

 で、あるからこそ、マヒロに対してすら、後継者であることが告知されるのは早くても数年後、遅ければ二十年以上先だったのだ。

 だが、マヒロの妹には、すでに告知済みで、あろうことか後継者教育まで進めている……?

 三ノ輪には信じがたいことだった。


「まぁ、房中術に関してはまだ忌避感が強いようでな。あの性格だと、習得には時間がかかるだろうが……。まぁ、時代の流れを考えれば、無理をして教える必要もあまり感じないがな」

「そ、そうですか……」


 三ノ輪には、これ以上何かを陰嗣に問う余力は残っていなかった。

 あるのは、なんとしてでもマヒロを生かしたままカモヒガンナを封じ込めることだけ。


「それで、報告は以上か」

「はい、そうであります」

「よい。では下がれ」

「……は」


 大部屋を出たあとも、三ノ輪の頭の中には陰嗣がマヒロを軽視しているという事実が頭を渦巻いていた。

 だからだろうか。

 正面からやってきている一人の少女に気づかなかった。


「あら、三ノ輪じゃない。元気してた?」

「こっ、これは、史織様。お気遣い痛み入ります」

「お兄様は、危篤なんだってね?」

「き、危篤というほど重症では……」

「あら、そうなの。まぁ、大変な状況には変わりないんでしょ? せいぜい頑張ってほしいものね」


 そうはいうが、その瞳はとてもじゃないが、誰かを心配しているものとは思えなかった。

 おそらく、今回の件で揺るぎない次期当主の座を獲得したことによる、恍惚の表情。


「それでは、私は仕事がありますので、失礼いたします」

「あら、そう。それじゃあね。私も午後からは巫術のお稽古があるから」


 立ち去り様に言い残したことが、再び三ノ輪の背中に重くのしかかる。


「史織様は、すでに巫術まで習得済みとは……」


 先代から託された、マヒロを当主にするという思いと、それとは別に、マヒロに抱く個人的感情から、三ノ輪はマヒロを次期当主の座からおろしたくはなかった。

 だが、現状ではそれも厳しい。


「頼む、マヒロ君……。カモヒガンナを、どうか……」


 結果、三ノ輪にできるのは祈りを捧げることだけだった。

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