28【過去】
白い光が収まると、俺は豪華な部屋に居た。
中世のお城にある、お姫様の個人部屋というと分かりやすいだろうか。
その部屋の大半を占めている、天蓋付きの大きなベッドの上には、その広さに似合わない少女が一人、膝を抱えて座っていた。
「…………」
その少女はすすり泣きをしながら、ただ無言で座っている。
間違いない。サラだ。
俺と過ごしていたときのサラよりかなり幼いが、その容姿は間違いなくサラだった。
「……おじさん、だれ?」
こちらに気づいた幼いサラが、弱々しく俺に尋ねる。
「俺は神崎。神崎マヒロだよ。サラ、帰ろう」
「カンザキ……? 知らない……」
「知らない……? カモヒガンナのせいなのか……?」
俺のことをサラは覚えていない。
それに、よくよく考えてみれば、コンテナからここに移動してきたのも謎だ。
もしかしたら、俺は、サラが元いた世界に転移してしまったのだろうか?
だとすれば、サラのためを覚えば喜ばしいことではあるのだが、俺としては少々複雑だ。
それに、サラが幼くなっているのも気になる。……どうしたもんか。
「……ねぇ、おじさん、何してる人なの?」
悩んでいると、サラから声をかけられた。
ひとまず、サラの過去のこと、今まで聞けなかったことを知るためにも、話を聞くことにした。
「何をしている人、か……。仕事で言ったら、先生が一番近いのか?」
「先生……? もしかして、お兄様の?」
「いや、君のお兄さん、というよりかは、君の先生と言った方が正解かなぁ」
「私の……?」
その話を聞いたサラは、少しだけ嬉しそうな表情をしたが、すぐに俯き、顔を覆ってしまった。
「うそ。お父様が、私に先生をつけるわけないもの」
「……え」
俺は、動揺した。
正直、サラから聞いた過去の話はあまりにも少ない。
前の世界でお姫様をしていたことは知っていたが、それ以上の情報はほぼないに等しい。
当然、サラが元の世界でどういった扱いを受けていたのかなどは、俺が知る由もなく。
ここで初めて、本当の意味で、俺はサラがかなり酷い状況だったのだと察した。
「サラが俺に過去を隠したがっていた理由は、これか……」
本来であれば、たとえ王女で継承権が低くても、王妃教育は受けるはずだ。
だが、それさえ受けさせてもらえず、扱いも、おそらくこの部屋の状況を見た限りじゃ、家族からはいい扱いを受けたとは思えない。
おそらく、元の世界に戻って別の人生を歩みたがっていたのも、この環境が理由なのだろう。
「なぁ、ちょっと散歩に出かけないか?」
俺は、自分の考えを整理するためにも、サラの気分転換のためにも、外出に誘った。
まぁ、あとはこの世界の外の様子を知りたかったから、っていうのもある。
「……だめよ、お父様に怒られちゃう」
だが、サラから帰ってきたのは否定だった。
しかも、自らの意思の否定ではなく、強制されての否定。
この様子から察するに、おそらく自由な外出も認められていない、ということだろう。
従者がいれば出られるのではないか、とも一瞬考えたが、俺が同行しても出られないという事実を思い出し、それもすぐに霧散した。
「それじゃあ、サラちゃんのお話を聞かせてもらってもいいかな?」
「先生のくせに、教えるのは先生じゃなくて私なの?」
「そ、そうだよ」
……なんか、この歳ですでに、現代のサラの片鱗を感じるな。
「……私、好きな人がいるの」
「そ、そうだったのか!」
……なんだか、ちょっと悲しい。娘がバレンタインで、同じ幼稚園の子にチョコを作っているときの父親の気持ちはこんな感じなんだろうか。
「でも、その子がしばらくしたら、戦争に行っちゃうって。死ぬかもしれないって……」
話しながら、徐々に涙ぐむ幼いサラ。
その様子を見て、胸が痛くなった。
戦争とは、外交の手段としてなくてはならないものだ。円滑に政治交渉を進めるためには、武力を目に見える形で披露することが最も効率的であることも往々にしてある。
だが、こうして実際に目の前に戦争というものの悲惨さを、一端でも見せられてしまうと……。どうしても、かける言葉が見当たらなかった。
人類が平和であってほしい。それは誰しもの願いだ。だが、皆が求める『平和』とは、階級社会での支配者として居座り続けることを望んでいるのと意味は等しく、『無給で酷使されるが、争いが起きない世界』は望んでいない。
結局、人類は皆、自分に都合のいい平和を思い描き続けるのだ。
であるならば、人間が人間という種族で居続ける限り、争いは無くならない。必ず。誰しもが上に立とうとし続けるなら、真の意味での平和は訪れない。
戦争は良くない、それは頭ではわかっている。だが、戦争をしないという選択は、その結果として、戦争をした場合より酷い扱いを受ける、ということを受け入れなければならない。いや、世界的にみれば、むしろその末路を辿った国家や地域の方が多いだろう。それだけに、サラの想い人が戦争に向かうことになったと聞いて、どう声をかけたらいいのかはわからなかった。
生半可な励ましでは、かえってサラを傷つけることになりかねない。
だから俺は、励ましの言葉や気休めの言葉を吐くことはできなかった。
「私が、結婚すれば……」
だから、彼女がそう呟いたとき、俺は絶句した。
彼女くらいの歳であれば、「戦争なんてなくなればいいのに」などと言いそうなものだが、戦争の存在を拒否することなく、その上で、政争の道具として自分を使うことを選んだのだ。
自らの価値がわかった上での発言か、はたまた上位者からの強制なのか。どちらにしても、彼女にとってはとてもいい環境とはいえないだろう。
「それで、君は幸せになれるのかい?」
「わからない。……でも、そうすることでみんなが幸せになるなら、それでもいいと思う」
「………………そうか」
とてつもないほどの、自己犠牲の精神。
彼女の言葉を聞いて、俺はいたたまれない気持ちと、その優しさとに、言葉すら出なくなってしまった。
「私、生きてていいのかな……?」
「…………」
急に尋ねられて、俺は咄嗟に答えられなかった。
受験がつらくて死にたい、親が嫌いで死にたい、人間関係が嫌で死にたい……。そういった言葉は今までも、何度か生徒から聞くことはあった。
その度に状況をヒアリングして、そして解決方法を模索していく方に持っていったが、サラは彼女たちとは、あまりにも状況が違いすぎる。
薄っぺらい俺の慰めの言葉をかけていいのかは、すぐに判断できなかった。
「私に、生きる意味はあるのかな……?」
ポロポロと涙を流す彼女。
それを見て俺は情けないことに、横に座り手を握ってあげることすらできなかった。
やがてしばらくして、静かに涙を流し続けた彼女は、ふと立ち上がると併設されたベランダへと歩き始めた。
「もう大丈夫なのか?」
「……うん。先生には初めて会ったばっかりで悪いんだけど、お父様やお兄様には、私は家出したって伝えておいてほしい」
手すりに腰掛けたサラは、そう言って全てを諦めたような、悲しいほど美しい笑顔をこちらに向けた。
そのセリフを聞いて、俺は嫌な予感がして考える隙すらないほどのスピードで、彼女の元へとかけだした。
手すりに腰掛け、そしてそのまま身を投げるサラ。
その身体は、まとった純白のワンピースごとキラキラと輝き、今際の際でありながら、美しいと感じてしまった。
そして、倒れた上半身が逆さまになり、とうとう腿から先までベランダを離れる。
──その瞬間。なんとか間に合った俺の右手が、サラの左足首を掴んだ。
「なん、で…………」
驚くサラ。
その表情を見て、考えるまでもなく言葉が溢れ出した。
「甘えてんじゃねぇ!!!!」




