2【プリンセス、ショッピングモールを満喫する①】
「こっちの世界の服って、どうしてこんなに精巧にできてるのかしら。一度工場を見てみたいわ」
「お、行くか? 工場見学」
俺は今、プリンセスの私服を買うためにウニクロに来ている。
その原因と言えば、仕事先での会話になる訳だが。
◇◆◇
サラが転移して来てから初めての授業後。
俺は教室長の三ノ輪晶さんと話をしていた。
彼女はふぅ、と電子煙草の煙を吐くと、こちらを向いた。
「と、いう訳なんです。どうしたらいいですかね?」
「ふゥん……。神崎君、一回行っとく? 警察」
「ちょっと、洒落にならないこと言わないでくださいよ!」
三ノ輪さんは俺と数歳しか歳が離れていないにも関わらず、教室長にまでのぼりつめたいわばカリスマだ。
いつまでも講師の俺が何だか情けなく思えてくる。
「ま、私も結構漫画好きだからね。何となく事情は察したよ」
「ありがとうございます。理解者が居ると、少しは心も落ち着きますからね」
「んで、君が気にしているのは彼女の今後かい? それとも君自身?」
「そう言われると……。しいて言うならどっちも、ですかね」
「だったら答えは簡単じゃないか?」
「……簡単?」
彼女は吸殻をケースに仕舞いながらこう言った。
「君が捕まれば丸く収まる」
「いや、そういう話じゃないんだって!」
彼女は俺の返事を聞くとカラカラと笑う。
「いや、冗談だよ。……だが、こんなケースは私も初めてだ」
「こんなこと、経験者なんてこの地球上を探して二桁も居ないでしょ」
「まァね。……まぁ、そのサラちゃんって子に私たちができることなんて限られてるだろうさ。私たちは現代日本に生きている地球人なんだ。我々の知っている物理法則じゃ魔法なんか使えるわけがない。帰る方法がないなら、君が責任を持ってサラちゃんを預かるべきなんじゃないか?」
「やっぱり、そうなりますか……。それ以外の方法はないもんでしょうかね?」
「ないだろうな。君が預かるか、それとも捕まるか。二つに一つだ」
「はぁ……」
正直、彼女の扱いに関しては俺も距離感を図り兼ねている。
どうするのが果たして正解なのだろうか。
自分の子供のように扱うべきなのか? それとも生徒のように? はたまた、それとはまた別の接し方があるのだろうか。
「彼女にとっては、君だけが唯一この世界において信じられる人だろう。彼女と触れ合っていけば、おのずと答えは見つかる筈さ」
「そう、だといいんですが……」
結局、俺はその場では満足できるような答えも見つからないまま、サラの待つ家へと帰ることになった。
◇◆◇
「ただいま……」
「あら、ずいぶんと遅かったじゃない」
俺の帰りに、リビングでテレビを見ていたサラが返事する。
格好は朝と同じTシャツ一枚に、テーブルには酒のつまみに買ってきたスルメイカが乱雑に散乱している。
……この様子じゃ、俺の心配なんか無用だったかもしれないな。
「何私のことじろじろ見てんのよ。ヘンタイ」
「いや、意外と太い神経してるんだなって」
「しょうがないでしょ。こっちの世界じゃ術の勉強だってできないんだもの。なら、やれることなんてテレビ見てゴロゴロするしかないじゃない」
「……お前、強かだって人から言われないか?」
「さぁ? 一本芯の通った考えをお持ちなんですね! って言われたことはあるけど」
「それは頑固のオブラートに包んだ言い方なんじゃないか?」
「うるさいわね、バカ。はっ倒すわよ」
「こら、お嬢様、そんな汚い言葉使ってはいけません」
「いいじゃない、別に。ここ、お城でもなんでもないんだし」
俺はサラとそんなやり取りをしながら仕事用の鞄を置いて着替えなどをする。
そんな様子を見ながら、サラはふと思い出したように俺に声をかけてきた。
「そういえば私、服が欲しいわ」
「は、服?」
そんなもの自分で買いに行けば、と言おうとしたところで、はっと気が付く。
「そういえば俺、お前に小遣いやってなかったな」
「まぁ、それもあるんだけど。あんたのシャツを借りて生活してるだけじゃ、できることも行けるところも限られてくるし」
「……うん。それじゃあ明日、一緒に買いに行くか」
「そうしてくれると助かるわ」
こうして、俺はお嬢様と一緒に服を買いに出かけることとなった。
◇◆◇
翌日。
バスに乗って三十分、俺はサラと一緒にショッピングモールへとやってきた。
サラはさすがにTシャツ一枚の格好で外を歩かせるわけにもいかなかったので、夏用にと買ってあった短パンとなるべくサイズの小さいシャツを用意して、極力違和感を覚えないように配慮した。とはいってもファッションセンスがない俺には難しく、周囲から浮いてしまっているが。
だが、当の本人は特に気にした様子もなく、平然としている。
むしろ目の前に広がっているショッピングモールについての方が彼女の脳内を占める割合は大きいだろう。
「私、こんな大きな商店街に来るのは初めてだわ……!」
「やっぱりそっちの世界だと、ガラスをふんだんに使った施設っていうのは珍しいのか?」
「ガラス自体はあったわよ。こうやって、高温の火が出せる術を使えばちょちょいとね」
そう言いながらサラは人差し指を立てて、指先に火の玉を出す。
「……でも、窓ガラスに使えるようなサイズに成形しようとすると相当な手間がかかったから、一般人にはそう簡単には手が出せないような金額だったんじゃないかしら」
「意外な新事実だな」
異世界でガラスが高い理由、そういうことだったのか。
「そんなこと、別にいいじゃない。それよりも私の服よ、服」
納得している俺を差し置いて、サラはタタタっとかけていく。
「あっ、ちょっと待てって!」
一目散に服屋へと向かっていくサラを、俺は慌てて追いかける。
ここ二日の態度で忘れがちだったが彼女も十四の女の子。年相応に、お買い物ではしゃいでいるんだろう。
そう考えるとなんだか可愛く思えてくるな。
「ちょっと、何してんのよ! 早く来なさいよ!」
「サラが足早いんだって」
サラとのお買い物はまだまだ続く。