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23【受難】

 何かが爆発したような音と、その直後に響いた何かが飛び散る音を聞いて、混濁する意識が徐々に鮮明になっていった。

 この世の何物と比べるよりも重く感じられる瞼を持ち上げ、その状況を視界にとらえようとする。

 目を開けて最初に目に入ったのは、肉片と血をまき散らして倒れている男性。

 よく目を凝らして見てみると、よく知った男であることが分かった。


「ちょっと、どうして……っ!」


 慌てて駆け寄ろうとして、四肢が拘束されていることに気づく。

 両手両足は触手のような生命体に拘束されており、脱出しようと身体を捩っても抜け出せないほどだった。


「なにっ、これぇっ!?」


 引きちぎろうと強く腕を引いても、魔術だけを鍛えてきた非力な王女には脱出することは到底かなわない。


「ようやくお目覚めかな、サラ」

「なによ、これ! ゼノヴァス、私を離して!!」

「暴れると危ない。今すぐ解放するから、少しおとなしくしていてくれ」


 ゼノヴァスはそう言って触手に一言二言告げると、言うことを聞いたように拘束が緩んだ。


「……カンザキ!!」


 拘束から解放されると、いの一番に私はカンザキのもとへと駆け寄った。

 腹部からは既に致死量とも思えるほど出血しており、呼吸を確認しても微かにしか確認できなかった。


「……ゼノヴァス! どうしてこんなことをしたの!?」


 私は半狂乱になりながら詰め寄る。


「落ち着け。サラと奴の契約を断たねば、サラは元の世界には帰れない。これでいいのだ」

「いいわけないでしょ! こんなっ……、どうしてくれるのよ!」

「なぜ悲しむ? なぜ奴を想う? 少し一緒に居ただけで、なぜそこまで奴を考える?」

「だってカンザキは、憎たらしいところもあって、ひどいことだって言う男だったけど、私のことをちゃんと見てくれた! 私に、本心から向き合ってくれた!」


 そう言葉をぶつけ、カンザキの出血を抑えようとする。

 しかし、どれだけ傷口を布で塞いだところで出血は止まらなかった。


「諦めろ。使ったのはホローポイントだ。弾は体内に残り、助かったとしても後遺症は残る」

「……ッ!? ど、どうしてそんなひどいことができるの……!」

「酷いのはこの世界の人間だろう? 正気であれば、こんな武器など思いつかない」

「……最低ッ!」


 私はすっかり過去の面影など無くなってしまったゼノヴァスから視線を外し、カンザキの蘇生に努める。

 しかし、手を尽くしたところで息を吹き返すことはなかった。

 ……昔は、人を傷つけることすら躊躇っていたはずのゼノヴァスが、今ではこれほどまでに変わってしまった。

 どれもこれも、お父様の死者蘇生のせいで……。


「……はっ」


 そこまで考えて、私はふと人を生き返らせることを考えた。

 ……失敗すれば、もしかしたらカンザキもゼノヴァスと同様記憶と正気を失って、蘇生者の操り人形となってしまうかもしれない。

 第一、蘇生の呪文は一度見ただけで正しく扱えるかどうかも分からない。

 ……でも、この状態のカンザキを救うためにはもう、それしか方法が残されていなかった。

 少しでも、一縷でもカンザキが生き返る望みがあるのなら。

 私は、カンザキを生き返らせる。


「『aoajosken nogsortos』」


 かつて見た、詠唱の術を思い出す。


「『oajakgg sol tenndelzoy』」

「お、おい……! 正気か!?」

「『beddes orhael』」


 手に魔力を込め、それを術に乗せてカンザキの体内へと流し込む。

 どうか、これで息を吹き返してくれと。


「『jazzign enodoen varvalylys』」

「いますぐ詠唱を辞めろっ!」


 地面に流出していたはずの血液が、傷口から体内へと回帰する。


「『vigrasso depeh nov』」


 傷口も徐々に塞がり始め、内臓からは花形に炸裂したホローポイント弾が転がった。


「『jeyz gghol nem teth qol』」


 そして完全に、傷口は消えてなくなる。

 死者蘇生の術は成功した筈だ。

 口元に手を当て、呼吸を確認する。

 ……異常はない。どうやら一命はとりとめたようだった。


「……良かった」


 安心して、魔法に使っていた全集中力を解く。

 その反動からだろうか。

 身体は、意識を手放しそうなほどにだるく、重くなった。


「えっ……?」


 下腹部につけられた呪いが発動する。


「だから辞めろと……っ! 元の世界に戻れば解呪する予定だったのが、早まった……!」


 ゼノヴァスがこちらに駆け寄り、私の下腹部に刻まれた呪いの解呪作業を始める。

 おおかた、私に呪いを埋め込みカンザキへの脅しの材料として使ったのだろう。

 だが、カンザキはそれに応じず、そして私も蘇生のために魔力を使い切った。

 ゼノヴァスからしてみればなんて非合理的なことを、と思っているのだろう。

 だが、意思を持った人間というものは往々にしてそういう、非合理的な選択をするものなのだ。それを、私はカンザキと一緒に過ごしてきた短い期間で嫌というほど思い知った。

 自分の身を挺して悪漢に立ち向かうことも、自分にメリットが無くても私の将来のために身銭を切ることも知った。

 それもこれも、全部カンザキが教えてくれたことなのだ。

 ……だから。

 最後に私がカンザキを助けられてよかったと思う。

 自らを省みず他者を一番に行動するカンザキを、助けられてよかった。


「……でも、最後に一つ、言っておきたかったな」


 ……許されるなら。


「私は、もっとカンザキに……」


 だが、その言葉を最後に語り切る前に、私は呪いに飲み込まれた。

 全身を闇が包む。

 そして、私は再び意識を失った。

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